第九話 昔のわたしと宙ちゃん
これは今年の春頃にあった、宙ちゃんとわたしが仲良くなる前の話だ。
この頃のわたしは、規則正しい生活をしない人を矯正するのが趣味だった。
そして、宙ちゃんもわたしのターゲットの一人だった。
「ちょっとあなた、学校でゲームをしないこと!」
「は? あたしの勝手だろ。つーか黒髪ロングで優等生女子とか、漫画みてーなやつだな」
「とにかく、わたしの言うことを聞きなさい!」
「やだね」
「……どうして?」
「…………あのな、急に『自分の言うことが正しいと思ってるやつ』の言うことを、おめーは聞くのか?」
「うーん……聞く! だって、自分のためを思ってくれてるんでしょう? なら、その人の気持ちを尊重したい」
「あっそ。なら、実はこれは人を擬似空間で殺めることにより、生命の尊さと戦争の危険さを知ろうとしてるんだ」
「へー……」
冷や汗をかきながら誤魔化す宙ちゃんをわたしは眺める。
でも、この頃のわたしは少しバカだったから、すぐに信じてしまった。
いまのわたしなら、「殺めたら意味なくない?」って思うのにね。
「……ならいいんじゃない? ただし、スマホのバッテリーが減りやすくなるから気をつけてね」
「へーい……」
これが、わたしと宙ちゃんとの出逢いだった。
わたしは帰っても勉強しかしない。
でも、学校では勉強以外のことができる。
だからわたしは、学校には早めに行って、放課後は居残って、わざと遅く帰るのが日課になっていた。
そんな毎日を過ごしていると、いつも居残りしている生徒がいることに気付く。
そう、宙ちゃんだ。
毎日宿題を終わらせてから、予習に移るとき、いつも彼女の存在があった。
なので、ある日話しかけてみた。
この頃からわたしたちは隣の席だったから、コミュニケーションを取るのも不自然ではなかった。
「あなた、帰らないの?」
「あー? んー……おう」
「どうして?」
「うるせーな。そんなに知りたいのか?」
「ええ。だって、ずっとゲームしてるもの。毎日……」
「実はな、家に帰っても誰もいねーんだ。おっと、甘いぜ」
「ふーん……なら、なんで家でゲームしないの?」
「あー? つまんねーから」
「ふーん。わたしは逆だけどね」
「そうかよ。悪いけど、おめーの話は聞かねーぞ?」
「うん、べつにいいけど?」
いま思うと、こういうところが似てたのかもしれない。
シンパシーってやつ?
「でもさ……あなた、生きてて楽しい?」
「さぁな。生きてりゃわかんだろ」
「わたしはつまらない」
「ほー。まあ、成績は学年一位で、勉強しかしない勉強バカだもんな」
「そうなんだよね……じゃなくて、そうなの。だから、学校に残るんだ」
「じゃあ、あたしは帰る」
「えー? ……じゃなくて、そう。気をつけてね」
「ははっ、ウチ来るか?」
「いや、いい」
「なら、しつこくは誘わねー。あたしは自由が好きだからな。他人を縛る趣味はねーから、じゃあな」
そう言って帰る宙ちゃんが、わたしはとっても羨ましく思えた。
ある日、宙ちゃんがゲームのコントローラーを持ってきたこともあった。
わたしは久しぶりにゲームと関わりたいと思い、コントローラーを持つと、つい壊してしまった。
そのとき、初めてわたしは誰かと喧嘩することになる。
そして、わたしの周りからの信頼がどん底に落ちた。
原因は当然、無断でコントローラーを持って壊したからだ。
――でも、宙ちゃんだけは違った。
「なにやってんだおめー!」
「ご、ごめんなさい」
「…………クソガリ勉女」
「……弁償はする」
「そんなことしなくていい。一つ条件がある」
「な、なに?」
「あたしとダチになれ」
「……わかった」
それからは、つまらない日常が楽しい毎日に変わった。
例えば、これは初めて昼休みに膝の上に乗ったときのことだ。
「膝の上乗んな!! おめーの黒髪ロングのせいで画面見づれーんだよ!」
「なら横を向けばいいでしょう! 自分でなんの工夫もしていないのに、文句ばかり言わないの!」
「もういい! 絶交だ!」
「いいわね、それ。それじゃあ、最後に握手しましょう?」
「いいぞ? 早く立てよボンクラ」
そう言って握手しようとする宙ちゃんに指相撲を仕掛けてから、指相撲で勝つわたし。
そのあと、こう言ってやった。
「はい、わたしの勝ち! あなた、得意なゲームで負けて、その上絶交までするんだ。なら、わたしの勝ち逃げね!」
「ちょっと待てこら! 絶交はなし! 次は負けねーからな!!」
「ええ!」
そんなふうに、宙ちゃんを上手くあしらっていた。
そしていつかの放課後で……
「はい、宿題終わり!」
「おっ、終わったか? あたしの方ももうすぐ終わる」
「宙……さん? 宙ちゃん……? 宙……? あなたはどれがいいと思う?」
「はっ! 好きに呼べ。あたしは自由が好きだ。それと……」
「な、なに?」
「話し方変えろ」
「は?」
「いちいち他人の顔色を伺うのは窮屈だろ? ならせめて、あたしの前では変えろ。じゃなきゃあ、本当に絶交だ」
「…………わかった」
そうして、わたしたちは親友になった。
「宙ちゃん、おはよう」
「おう、おはよーおはよー」
「本当にゲームのコントローラーを弁償しなくていいの?」
「おう。おめーをコントロールできる権利をもらったから……なんてな。あんなちっぽけなもんより、もっとおもしれーもん見つけたから」
「へー! なになに?」
「おめーだよ」
「でも、わたしコントロールされてなくない? それに、面白いかどうかはわからないよ?」
「なら、もっと遊ばねーとな! ゲームっつーのはそういうもんだ! 今度学校以外で遊ぼうぜ?」
「勉強するの?」
わたしがキョトンとしながら聞き返すと、宙ちゃんは当然のように言う。
「なわけねーだろ! パフェとか食うんだよ!」
「わたし、甘いもの苦手なんだけど」
「なら食わせてやる」
「ええっ!? そういう問題じゃなくない?」
「ダチってのは、そういうもんなんだ」
「まあ、宙ちゃんが言うのなら、わかった」
「おう! あと、おめーさ……」
「な、なぁに?」
「縛られてない……っつーか、自由になったな! 前のおめーより、あたしはいまのおめーの方が自由で好きだわ!」
「うん、ありがと!」
「じゃあ優、これからもよろしくな」
「うん!」
わたしの物足りない生活を豊かにしてくれたのは、宙ちゃんだった。
だから、本当に感謝している。
宙ちゃん、これからもずっと一緒だよ!
……なんて言葉、何度も口にした。
そして、宙ちゃんは恥ずかしがらずに「おう」と相槌を打つ。
そういうところ、本当に大好きだよ。
もちろん、親友としてね!




