第34話:第四の宮 美貌と鞭と親父ギャグ
――テテテテテテーン……!
どこからともなく、いつもの安っぽいBGMと、女神アスタルト本人によるわざとらしいナレーションが響き渡る。
『――サンクチュアリ決戦の火蓋は落とされた! 第三の宮、氷獄宮を辛くも突破した女神の戦士たち! 一方、セブンセンス(笑)に目覚め復活を遂げた魔王(麗奈)は、仲間との合流を果たすべく、第四の宮を目指す! 急げ、女神の戦士たちよ! 世界のリセットまで、あと3時間!』
「……だそうだ」
(ふぅ、麗奈様、無事でよかった……)
俺は動かない鎧の中で安堵の息をつく。
第三の宮でフィーリアたちを置いてきた俺たち――俺とカインと女神(ナレーター兼、荷車引き)――は、第四の宮の入り口で途方に暮れていた。
「よし、麗奈が来るまでここで待つ。下手に突っ込んで俺が死に戻りループに入るより、戦力が揃うのを待つべきだ。常識的に考えて」
「ダメですよ、健太さん!」
俺の常識的な提案を、カインが即座に否定した。
「麗奈様のご無事、本当によかった! だからこそ、我々が先に麗奈様の『露払い』をしておくべきです!」
「露払い? お前、俺が動けないの見えてるよな? どうやって……」
「もちろん、健太さんの出番ですよ」
俺を乗せた荷車の取っ手を、女神から奪い取り、カインが力強く握りしめる。
その美しい瞳が、獲物と餌(俺)を同時に捉える肉食獣のように細められた。
(……おい、まさか)
「麗奈様が到着した時、トドメを刺しやすいように……そうですね、ジャブ一発で倒せるくらいまで、健太さんに削ってもらわないと」
(削る!? 俺がどうやって!?)
「おいカイン、どうやって消耗させる気だ?」
カインは答えなかった。
ただ、美少年らしからぬ邪悪な笑みを浮かべ、荷車(俺)の車輪を宮殿の入り口へと向けた。
「ふ、ふざけるな! 待て! お前、俺を盾にする気か!」
「ご安心ください、健太さん。その鎧の防御力は四天王相手でも実証済み。それに、健太さんには【強制リザレクション】があります!」
(やっぱりかこのクソガキ!)
「大丈夫、大丈夫。痛いのは最初だけですから、すぐに気持ち良くなるから」
なぜかドヤ顔で親父ギャグをかますカインに、俺の怒りが沸点を超える。
(どこで覚えてきたそのオッサン臭いセリフは!)
「やめろ! 押すな! 死ぬ! 俺が死ぬんだよ! 押すなっつってんだろ!」
俺の絶叫も虚しく、カインは荷車をフルスピードで押し始めた。
ガラガラガラガラ!!
凄まじい勢いで、俺(in 鎧 on 荷車)は第四の宮へと突入した。
◆ ◇ ◆
「……なっ!?」
宮殿の奥。
咲き乱れる薔薇の園の中心で、玉座に腰かけていた『美貌の薔薇』ディアナが、猛スピードで突っ込んできた荷車(俺)を見て、素で呆然としていた。
キキィィッ!
荷車はディアナの数メートル手前で急停止する。
「……醜悪なる者どもが。今度は何を企んでいるのかしら」
ディアナはすぐに気を取り直し、玉座から立ち上がると、まるで床に落ちた汚物でも見るかのような目で俺たちを蔑んだ。
その手には、薔薇のイバラで編まれた、しなやかな『鞭』が握られている。
「まぁ、いいですわ。その汚らしい荷車ごと、まとめて塵にして差し上げます」
(うわ、武器が鞭とか……絶対性格悪いだろ)
俺が戦慄していると、荷車の陰(俺の背後)からカインが顔を出し、ディアナを挑発した。
「やれるものならやってみろ、この厚化粧! お前の顔、美しさ(笑)とか言ってるけど、こっちまでファンデーションの匂いが漂ってきて吐き気がするぜ!」
「……なんですって……!?」
ディアナの完璧な美貌が、怒りでプルプルと震える。
(バカ! なんで煽るんだよ! 死ぬのは俺だぞ!)
「この……下郎があああぁぁっ!!」
ヒュッ! バシイイイィィン!!
怒りに任せて振り下ろされた鞭が、荷車の上で動けない俺の鎧を、情け容赦なく打ち据えた。
「ぐっ……!」
「おお! 健太さん今の受け方、綺麗でしたよ! もっと腰を入れて!」
(応援するな! どっちの応援だ!)
バシン! バシン!
ディアナはキレた。
俺は、ただひたすらに鞭で打たれ続けるサンドバッグと化した。
(クソ! 痛覚はねえけど、衝撃が! 衝撃がエグい! 脳が揺れる!)
「健太さん、いいですよ! その調子で体力を奪うんです!」
(てめえええええ!)
「死に戻りまであと何発耐えられますか!?」
(知るかあああ!)
俺がキレ続けていると、いつの間にか横に来ていた女神アスタルトが、ポンと手を叩いた。
「健太! 今こそあなたの神力を燃やす時です! セブンセンスに目覚めろ!」
「神力とか持ってないし! どうしろって言うんだよ!」
「カイン! アレを! レグルスから貰ったアレを健太の頭に!」
(アレ=アルミホイル!)
カインが「これですね!」と懐からアルミホイルを取り出し、俺のヘルメットにベチャリと巻き付けた。
「ふざけるな! 何も見えねえだろ!」
「さあ、健太! セブンセンスを燃やすのです!」
「なんでありもしないセブンセンスを燃やせるんだよ!」
俺がツッコミを入れた、その時。
ガコン。
「「「!?」」」
俺の体が、動いた。
鎧が、荷車の上でむくりと起き上がったのだ。
「……え? なんでなの?」
俺は困惑した。
訳が分からないまま、とりあえず荷車から降り、大地に立つ。
「ほぅ。面白い見世物ですわね」
ディアナは面白そうに見ていたが、すぐに侮蔑の目を向け、再び鞭をしならせた。
ヒュッ! バシン!
「ぐあっ!」
動けるようになったものの、盲目状態の俺は、的確に鞭を食らい続けた。
「動けるようになったけど、何も見えない!」
「セブンセンスを究極まで高めるのです! そうすれば敵の姿が神力で見える!」
(だからその理論はなんだよ!)
「存在しないセブンセンスでどうしろっていうんだよ!」
「フフフ……! なんて滑稽なのかしら!」
ディアナの高笑いが響く。
盲目のまま鞭でしばかれ続ける俺。
(やってられるかあああ!)
俺はブチ切れ、ヘルメットのアルミホイルをベリッと剥がし、床に投げ捨てた。
視界が開ける。目の前に、嘲笑するディアナ。
(よし! これで……!)
ガシャン。
「…………あ。」
鎧が、再び沈黙した。
そして、無慈悲な鞭が俺を襲う。
(詰んだ……!)
ドゴオオオォァァン!!
ディアナの渾身の一撃が俺を吹き飛ばす。
壁に叩きつけられた衝撃で、懐から『それ』が滑り落ちた。
異世界に来てから一度も起動しなかった、俺のスマートフォンだ。
それは床を滑り、偶然にも、先ほど俺が投げ捨てた『アルミホイル』の上に重なった。
ピコン。
「!?」
真っ暗だったスマホの画面が、突如として起動した。
表示されているのは、謎の『パフォーマンスモニター』。
【ASTARTE-SERVER_01】
[CPU: 100%] [MEM: 90.8%]
[TASK: SYSTEM_BACKUP.EXE (Running...)]
(スマホが起動!? なんだこれ……CPU使用率100%!? マジかよこいつ……!)
俺が画面に釘付けになっていると、勝利を確信したディアナが、勝ち誇ったように宣言した。
「この世で絶対の正義は美しさ。そして、私より美しいのは、ただ御一方……全知全能の女神アスタルト様だけです」
その言葉に、物陰からアスタルトがノコノコと姿を現した。
「えへへ、そんなに褒められると……照れるっていうか、マジ卍? ありがと」
「……は?」
ディアナは、心底不快そうにアスタルトを一瞥した。
リソース不足で、ちょうど顔の一部が粗いポリゴンで表示されていたアスタルトを見て、軽蔑の息を吐く。
「勘違いしないでいただきたい。私が言っているのは、崇高なる『概念』としての女神様のこと。そこにいる『チンクシャ』のことではありませんわ」
シン――。
宮殿の空気が凍った。
アスタルトが、笑顔のまま固まっている。
(あ、こいつ、スイッチ押したな)
アスタルトが静かに、なぜか拳を握りしめ、ボクシングのファイティングポーズを取り始めた。
「内角に抉りこむように……打つべし」
(待て女神!)
「打つべし!」
(なんでジャブの練習でアッパーのフォームになってんだよ! しかもそのネタ古すぎるだろ! 令和だぞ今!)
「打つべし!!」
次の瞬間、アスタルトの姿が消えた。
いや、消えたのではない。常識外れの速度でディアナに突貫していた。
(回避不能!?)
ディアナは余裕で避けようとしたが、その表情が驚愕に変わる。
それは、この世界の『システム』そのものによる、強制的な座標指定攻撃。回避も防御も、不可能だった。
ズドンッ!!
スローモーションのように、アスタルトの小柄な拳が、ディアナの完璧な顎を真正面から撃ち抜いた。
「…………」
ディアナは、白目を剥き顎を上にむけ、垂直に10メートル近く吹っ飛んだ。
そして、重力に従い、一切の受け身も取れず、その美しい顔面から大理石の床に激突した。
ゴシャァッ!! という鈍い音を残し、四天王最後の女は完全に沈黙した。
(車田飛びに、車田落ち……四天王を、古のネタで、ワンパンしやがった……)
◆ ◇ ◆
俺は呆然としながらも、手元のスマホ画面を凝視していた。
「CPU100%……メモリ90%……。『SYSTEM_BACKUP.EXE』?」
俺の目は、実行中のタスクの一行に釘付けになった。
TASK: SYSTEM_BACKUP.EXE (Running...)
TARGET: [EXTERNAL_DEVICE: ARMOR_KNT_01]
(ターゲット……外部デバイス……ARMOR_KNT_01?)
俺は、自分が着ている重たい鎧を見た。
KNT……健太(KENTA)の01号機。
(そうか……すげえ性能がついてるのに使えないと思ってたが……この鎧、戦闘用じゃねえ)
この鎧の本当の役割を理解し、俺は背筋が凍るのを感じた。
(こいつ(女神)がフリーズする前に、データを退避させるための……外部バックアップ装置だったのか!)
――テテテテテテーン……!
俺の緊張感をぶち壊すように、どこからともなくBGMが鳴り響き、アスタルトが胸に刺さった矢を(自分で)グイッと押し込んだ。
『第四の宮、見事突破! だが、女神の命の灯火が消えるまで、あと2時間! 教皇の間はすぐそこだ! 急げ、女神の戦士たちよ!』
「お前が一番元気じゃねえか! あと自分で矢を押し込むな!!」
俺の魂のツッコミが、薔薇の散らばる宮殿に虚しく響き渡った。




