第29話:賢者の悪口地獄と、唯一の脱出者
――テテテテテテーン……!
どこからともなく、またしてもあの古臭いBGMが鳴り響く。
それに合わせて、天から仰々しい声が降り注いだ。
(アスタルトの裏声だ……)
『サンクチュアリ決戦の火蓋は、切って落とされた!』
『自らの胸に呪いの矢を受けた女神! その命が尽き、世界がグレート・リセットされるまで、残された時間はわずか9時間!』
『健太たち女神の戦士は、最初の関門、光速の賢者レグルスが待ち受ける「賢者の宮」へと、今、足を踏み入れたのであった!』
◆ ◇ ◆
荘厳な第一の宮『賢者の宮』に、一行は足を踏み入れた。
フィーリアが荷車を静かに降ろし、健太は鉄の棺桶の中から、ただならぬ気配を感じ取っていた。
広間の最奥、玉座に気だるそうに腰かけた『光速の賢者』レグルスが、一行を冷ややかに見下ろしている。
「来たか」
レグルスは立ち上がろうともせず、退屈そうに言い放った。
「貴様らでは、この先の四天王には勝てん。彼らが別格なのは、特別な方法で女神の力を引き出す『セブンセンス』を使えるからだ。だが、慈悲深い私が、その力の使い方について、特別にアドバイスを授けてやろう」
彼は、深遠な真理を語るかのように、厳かに告げた。
「いいか、よく聞け。女神の力とは、いわば電波のようなものだ。届きが悪い時は位置を変えろ。それでもダメなら、頭を振れ。最終手段は、アルミホイルを頭に巻くことだ」
一行がそのオカルト理論に言葉を失う中、女神アスタルトだけが、雷に打たれたかように目を見開いた。
「な、なんですってー!? そんな方法があったのか! なるほど、受信感度の問題だったのね!」
◆ ◇ ◆
「だが」
レグルスは、感心している女神を無視し、一行に視線を戻した。
「次の相手へのアドバイスもくれてやろう。第二の宮で待つのは、女神に最も近い女、最強の四天王と謳われるイシスだ」
彼は一度言葉を切ると、心底嫌悪に満ちた表情で言い放った。
「いいか、何があっても、やつの口を開かせるな」
その言葉に、姫川麗奈のゲーマーとしての勘が反応する。
「口を開かせるな……!? まさか、何か封印された力が解放されるとか、そういうタイプのギミック!」
「いや」
レグルスは、麗奈の推測を、虫けらでも見るかのような目で一蹴した。
「奴の甲高い声が、生理的に受け付けん。聞いているだけで吐き気がする」
あまりにも個人的で、くだらなすぎる理由。
神殿は、気まずい沈黙に包まれた。
(今ってアドバイスとかもらえる場面だよね? なんでナチュラルに悪口言ってんの!?)
健太の心の声に呼応するかのように、レグルスの悪口はそこから堰を切ったように溢れ出した。
「案ずるな、イシスの相手は赤子より楽だ。なにせ、思考というプロセスが脳に実装されていない。あれが放つ『至高の光輝』とは、単に頭の中身が空っぽで光が素通りしているだけのことだ。奴に話しかける時は、単語を三つまでにしろ。四つ目になると、一つ目の単語を忘れる。鳥頭という言葉があるが、鳥に失礼だ」
◆ ◇ ◆
開始から十五分後。
「あ、あたし、トイレ!」
完全に飽きた麗奈が、まるで教室を抜け出す生徒のように軽く手を上げ、くるりと踵を返して出口に向かった。
レグルスは、そのあまりにも俗な申告に、眉をひそめ、侮蔑したように鼻を鳴らした。
「フン、下劣な。貴様のような俗物には興味はない。失せろ」
彼は、あえて止めようともしない。
麗奈は「ラッキー!」と小声で呟きながら、神殿を駆け出していった。
チャンスと見たフィーリアとカインが、それに続こうとする。
しかし、次の瞬間、二人の目の前に、いつの間にかレグルスが回り込んで立っていた。
「だが貴様らは別だ。私の有り難い講義を最後まで聞くがいい」
(お前の悪口から何が学べるんだよ!)
健太のツッコミも虚しく、レグルスの舌鋒は衰えを知らない。
◆ ◇ ◆
麗奈が脱出した後、残された三名(+女神)は、さらに二時間四十五分にわたって、レグルスの悪口を聞かされ続けた。
「もっとも、その次に控えるライアスも救いようがないがな。奴は氷の騎士などではない。ただの『拗らせた兄』だ。奴の放つ絶対零度より、妹との関係の方がよほど冷え切っているだろうよ。いつも教会の正義だの秩序だのとうるさいが、その根源にあるのは『妹にプリンを取られた』程度のことだ。世界の危機より、昼飯の献立を気にするような男だ」
最初は仁王立ちで聞いていたフィーリアも、やがて壁に寄りかかり、最後には床に座り込んでいた。
「最後に控えるディアナに至っては、もはや論外だ。あれは美しいぞ。なにせ、脳の皺一本一本まで薔薇の花びらでできているからな。見た目は良いが、機能性は皆無だ。奴は自分が女神様の次に美しいと信じている。参加者一名の美貌コンテストで、見事銀メダルを獲得した女だ。実にめでたい」
カインは、あまりの負のオーラに当てられたのか、床で十字を切って祈りを捧げ始めている。
◆ ◇ ◆
そして、三時間が経過した。
悪口をすべて言い切り、スッキリした顔のレグルスが、満足げに立ち上がり、片手に持ったアルミホイルを健太に手渡した。
「どうやら、我が魂の講義によって、貴様らもセブンセンスに目覚め始めたようだな。だが、まだ目覚め始めてるにすぎない。セブンセンスを極め、究極まで神力を高めろ」
健太は手渡されたアルミホイルを見つめるだけ。
フィーリアとカインもぐったりしたまま、反応すらできない。
レグルスは満足げに一行を見下ろすと、光の粒子となって消え去った。
広間に、虚無と沈黙だけが残される。
その静寂を破ったのは、女神アスタルトだった。
「うっ……!」
彼女は、思い出したように胸の矢をぐいっと1センチほど押し込んだ。
『――女神の命の炎が尽きるまで、あと6時間! 急げ、女神の戦士たちよ!』
健太は、もはやツッコむ気力もなく、麗奈がいないという新たな問題に気づきながら、次なる宮へと続く、長い長い廊下を、絶望的な目で見つめるのだった。




