第22話 三者三様の神託と、動かせない鉄の棺桶
洞窟からの帰り道は、地獄だった。
少なくとも、田中健太にとっては。
「ねえねえ、ケンタ! その鎧、鑑定させてよ! どんなスキルがついてるの!?」
姫川麗奈が、目を輝かせながら健太の周りを飛び跳ねている。
鑑定スキルなどあるはずもないのだが、その言葉に反応したのは、世界のどこかにいる創造神だった。
健太の脳内に、何の脈絡もなく、ウインドウのようなものが直接表示された。
【神器:アスタルトの神衣Mk-Ⅱ】
〈性能一覧〉
・銀河創造:任意の銀河系を一つ創造する。
・因果律操作:気に入らない現実を少しだけ書き換える。
・神格化ブースト:装着者の神格レベルを一時的に引き上げる。
・自動修復機能:壊れても勝手に直る。
・全自動洗濯乾燥機能:汚れてもボタン一つで綺麗になる。
「ツッコミどころが多すぎるわ!」
健太は思わず絶叫した。
「銀河創造ってなんだよ! スケールがデカすぎて使い道がわからねえよ! ていうか、最後のだけ性能が所帯じみすぎだろ!」
「うわー! 神装備! ぶっ壊れ性能じゃん!」
麗奈は、そのオーバースペックぶりを素直に絶賛している。
しかし、その神の如き性能とは裏腹に、装着者である健太は、その一歩を踏み出すことすらままならなかった。
「お、重い…! 関節が…油の切れたブリキ人形みたいにギシギシ鳴る…!」
ガシャン!
健太は、足元の小石につまずき、派手な音を立てて転んだ。
視界が狭すぎて、足元が全く見えないのだ。
「うぐ…起こしてくれ…自力じゃ起き上がれん…」
まるで、ひっくり返った亀だった。
しかも、鎧は「所有者と魂が完全に同期するまで強制装着」という迷惑極まりない仕様らしく、脱ぐことすらできない。
◆ ◆ ◆
街に戻り、ギルドマスターのギデオンに事の顛末を報告すると、彼の顔からすべての感情が消え去った。
歩く災害兵器(麗奈)に加え、神の鎧(ただし中身は亀)までセットになった一行を見て、ついに彼の堪忍袋の緒が、音を立てて切れた。
「もうたくさんだ…」
ギデオンは、震える声でそう言うと、カウンターの奥からなけなしの金貨と古びた地図を掴み出し、健太たちの前に叩きつけた。
「頼むから、もう出ていってくれ。この街を…いや、俺を、静かに暮させてくれ…!」
その目は、もはや懇願であり、祈りだった。
こうして、一行は街を事実上追放され、再び路頭に迷うことになったのだった。
◆ ◆ ◆
その夜。
一行は街の外れで野営をしていた。焚き火のそばで眠りにつくと、健太と麗奈は、それぞれ奇妙な夢を見る。
健太の夢の中は、以前と同じ、真っ白な光の空間だった。
そこに、完璧な美女の姿で安定している女神アスタルトが、腕を組んで立っていた。
「やっほー、ケンタ。あの鎧、イケてるじゃん! 主人公感マシマシだね!」
「お前のせいでもうめちゃくちゃだよ…」
健太がげんなりしながら言うと、アスタルトは急に真面目な顔になり、健太の胸ぐらを掴んで詰め寄った。
「そんなことより、本題よ! あの石頭の教皇、マジむかつくの! わたくし、あいつの顔、もう見たくない!」
「だから、あんたが代わりにギャフンと言わせてきて!『もっと民と直接コミュニケーションとりたいなーって女神様が言ってたよ』って! いい? これ、創造神からの勅命だから! 絶対だからね!」
それは、神の命令というよりは、完全に面倒な上司からのパワハラだった。
◆ ◆ ◆
一方、麗奈の夢の中。
そこは、いつもの羊頭の紳士、悪魔ベルフェゴールの薄暗い執務室だった。
しかし、今日の彼はいつになく深刻な面持ちで、その瞳には本気の焦りが浮かんでいた。
「魔王殿、緊急事態です」
ベルフェゴールは、麗奈の前に深く、深く頭を下げた。
「先日、女神様が『神の鎧』を創り出したことはご存知のはず。あれは禁忌の所業。あの無茶なリソース消費により、この世界のサーバーは今、フリーズ…つまり、サービス終了の危機に瀕しております」
「え、サ終!?」
麗奈が、初めて事の重大さに気づいた顔をする。
ベルフェゴールは続ける。
「その元凶は、女神様の力を不正に独占し、無駄遣いさせる元凶…教会という名の、悪質なチートギルドです!」
彼は、最も敬意を払った声で、麗奈に懇願した。
「つきましては、魔王殿に、大型レイドクエストを発注いたします。教会の総本山『聖域』に乗り込み、ラスボスである教皇を討伐してください! この世界のサービス終了を、どうか、お救いください!」
「聖域攻略レイド! ボスは教皇!」
麗奈の瞳が、カッと輝いた。
「超大型アップデートじゃん! 面白そう! 任せとけって!」
彼女は、世界の危機を最高のイベントだと勘違いし、満面の笑みで、その依頼を二つ返事で引き受けた。
◆ ◆ ◆
翌朝。
焚き火の火が消えかけた頃、健太と麗奈は、ほぼ同時にむくりと起き上がった。
そして、示し合わせたかのように、高らかに宣言した。
「よし、教会総本山『聖域』に行くぞ!」
「「え?」」
二人の声が、綺麗にハモった。
健太はげんなりした顔で、麗奈はウキウキした顔で、互いの顔を見合わせる。
「女神のパシリとか、最悪の出張だよ…」
「いよいよラスボス戦だ! 腕が鳴るね!」
その絶望的な温度差に、フィーリアとカインは不思議そうに首を傾げるだけだった。
こうして、一行は「女神の愚痴の代弁」と「世界のサービス終了を救う大型レイド」という、全く異なる理由を胸に、同じ目的地を目指すことになった。
なお、鎧が重すぎて自力で歩けない健太は、フィーリアがどこからか調達してきた荷車に乗せられ、ガタガタと揺られながら運ばれていく。
その姿は、勇者というよりは、粗大ゴミに出された甲冑のようであった。




