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第23話 光速の忠告と、三様の当惑


聖域への旅が始まって、既に数日が経過していた。


街道を、木製の荷車がガタゴトと単調な音を立てて進んでいく。

その荷台には、神の鎧をまとった健太が、まるで市場へ運ばれるマグロのように、ただただ揺られていた。


「俺の役目って、なんだっけ…? ああ、そうだ、粗大ゴミだった…」


兜の中で、健太は虚ろな目で青空を見上げた。


鎧が重すぎて身動き一つ取れず、食事はフィーリアに兜の隙間から干し肉をねじ込んでもらい、仲間との会話は鉄板越しにくぐもって届く。

あまりにも情けない。


「ねー、まだー? ボスとか出ないのー? このゲーム、移動時間長すぎじゃない?」


荷車の隣を歩く麗奈が、すっかり退屈しきった顔で文句を言う。


「魔王様、ご安心ください。このカイン、いかなる強敵が現れようとも、必ずや魔王様をお守りいたします」


麗奈の背後で、カインがキラキラした瞳で忠誠を誓う。


「健太の護衛が私の役目だ。お前たちは静かにしていろ」


荷車を引くフィーリアが、淡々と告げる。


(こいつら、俺がただのお荷物だってのに、律儀に護衛してくれてるんだよな…)


健太が、少しだけ申し訳ない気持ちになった、その時だった。


◆ ◆ ◆


一行が進む街道のど真ん中。

十数メートル前方の空間が、何の予兆もなく陽炎のように揺らめいた。


空気中の塵が、まるで意志を持ったかのようにその一点に集まり始め、瞬く間に人の形を成していく。

光の粒子が収束し、そこには、銀色の長髪を風に靡かせた一人の男が立っていた。


「げっ、またお前かよ…」


健太のうんざりした呟きと同時に、フィーリアが荷車を止め、その手を大剣の柄へと滑らせる。

全身から放たれる殺気にも似た闘気が、周囲の空気を張り詰めさせた。


「お、ランダムイベント発生! レアNPCだ!」


麗奈は、退屈な道中での予期せぬ出来事に、目を輝かせている。


現れたのは、言うまでもなく『光速の賢者』レグルスだった。

彼は、まるで最初からそこにいたかのような涼しい顔で、一行の前に立ちはだかっていた。


◆ ◆ ◆


レグルスは、フィーリアが放つ殺気や、麗奈の場違いな歓声など意にも介さず、その視線を荷車の健太に固定した。


だが、彼が一方的に投げかけた言葉は、明らかに健太、麗奈、フィーリアの三人に向けられたものだった。


「聖域にたどり着いたところで、今の貴様たちでは、そこに立つ四天王には勝てん」


その声は、絶対的な自信に満ちていた。


「彼らを倒すには、貴様らもまた『七識覚醒セブン・センス』に目覚めねばならない」


レグルスは、まるで深遠な真理を説く預言者のように、言葉を続ける。


「五感を研ぎ澄ますのではない。五感を断ち切り、その先にある無の境地…そこにこそ、第七の感覚、セブン・センスへの道は開かれる。それに至らぬ限り、教皇への謁見は夢のまた夢だと思え」


◆ ◆ ◆


レグルスはそれだけを告げると、一行が何かを問い返す間も与えず、再びその身体を光の粒子へと変え、風と共に跡形もなく消え去った。


後に残されたのは、あまりにも曖昧で、あまりにも物騒な「ヒント」だけ。


そして、彼の言葉を受けた三人は、それぞれが全く異なる、致命的に噛み合わない思考に陥っていた。


麗奈は、キラキラと目を輝かせ、興奮気味に呟く。


「セブンセンス! 隠しスキルツリーの解放条件きた! 絶対、特定の修行クエストをこなすパターンだよ、これ! よし、フラグ探ししなきゃ!」


フィーリアは、レグルスが消えた空間を睨みつけながら、静かに、しかし固い決意を瞳に宿して言った。


「五感を超えた先…己の肉体と精神を極限まで追い込むことで至る境地か。なるほど、理にかなっている。修行あるのみ、だな」


そして、健太。

唯一、その言葉の元ネタを正確に理解してしまった彼は、動かせない鎧の中で、かつてないほどの恐怖に震えていた。


(セブンセンス!? それって、どう考えてもあの聖衣がガチャガチャ装着される古い漫画のやつじゃん!)


(五感を断つって、目が見えなくなったり耳が聞こえなくなったりしてパワーアップする、あの無茶苦茶な理屈のやつだろ!?)


健太の脳裏に、自ら目を潰したり、滝に打たれ続けたりする仲間たちの姿が、鮮明に浮かび上がる。


(冗談じゃない! こいつらが、あの無茶苦茶な設定を真に受けたらどうなるんだ!? 俺たちのパーティ、物理的に崩壊するぞ!)


健太の魂の叫びは、しかし、兜の中で虚しく反響するだけだった。


一行の旅は、最も厄介で、最も危険な「勘違い」という名の暗雲に、今、覆われようとしていた。

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