第18話 光速の賢者
健太が医務室代わりのテントで応急手当を受ける中、リング上では第二回戦の天王山、「姫川麗奈 VS レグルス」が始まろうとしていた。
先の試合で規格外の力を見せた二人の対決に、会場の興奮は最高潮に達している。
健太も、全身に走る激痛に耐えながら、テントの隙間からリングの様子を窺っていた。
隣では、ギデオンが新たな胃痛の種を前に、もう祈るような顔で戦況を見守っている。
リングの上で、麗奈とレグルスが静かに対峙していた。
「魔王、だったか? 面白い」
レグルスは、値踏みするように麗奈を見つめ、優雅な笑みを浮かべた。
「貴様のその規格外の力が、この世界の理にどれほど愛されているか、この私が見極めてやろう」
「何言ってんのか分かんないけど、あんた、さっきの鎧女と同じくらい強そうじゃん!」
麗奈は、先ほどフィーリアに技を止められた屈辱を思い出し、挑戦的な目でレグルスを睨みつけた。
「いっちょ、全力で行くから!」
◆ ◆ ◆
試合開始のゴングが鳴り響く。
「先手必勝!」
麗奈は叫ぶや否や、いきなり必殺技を放った。
「くらえ! ライトニング・プラズマ・フィスト!」
麗奈の拳から放たれた無数の光弾が、音速を超えてレグルスに殺到する。
観客席から「おおっ!」というどよめきが上がる。
しかし、レグルスはその場から一歩も動かなかった。
彼は、まるでそよ風の中を歩くように、最小限の動きだけで、全ての光弾をひらりひらりとかわしていく。
健太の目には、レグルスの周りだけ、時間の流れが歪んでいるかのように見えた。
麗奈が、信じられないという顔で目を見開く。
その耳元で、いつの間にか背後に回り込んでいたレグルスの声が、囁くように響いた。
「遅いな。光の速さで拳を放った経験でもあるまい」
「なっ…!?」
麗奈は驚愕し、慌てて飛び退いて距離を取る。
そして、短期決戦を決意し、最大最強の技の構えを取った。
「星々よ、砕け散れ! ギャラクティック・ノヴァ・エクスプロード!」
再び、麗奈の背後に銀河が砕け散る幻影と、荘厳なナレーションが響き渡る。
宇宙そのものを消滅させるほどのエネルギーが、彼女の右拳に収束していく。
だが、その膨大なエネルギーが解き放たれる、まさにその瞬間。
ポンと。
レグルスの指先が、麗奈の肩に、そっと触れていた。
「大振りだな。そんな大技、当たるはずもなかろう」
「え……」
麗奈の放った一撃はターゲットを失い、遥か上空の雲を跡形もなく吹き飛ばすだけに終わった。
◆ ◆ ◆
「はぁ…はぁ…はぁ……」
麗奈は、必殺技を連発したことで魔力(MP)が尽きかけ、荒い息をついて膝に手をついていた。
「なんで…なんで当たらないのよ…!?」
目の前に立つレグルスは、一切汗もかかず、涼しい顔で彼女を見下ろしている。
その姿は、まるで出来の悪い生徒を諭す教師のようだった。
「分かったか、小娘。貴様の力は、ただ女神の気まぐれに垂れ流しているだけの奔流だ。制御もなければ、思想もない。ただ技名を叫ぶだけの、空虚な力だ」
その言葉は、麗奈のプライドを深く傷つけた。
そして、彼は麗奈にしか聞こえない声で、核心を突くアドバイスを囁いた。
「本当の強さとは、力を無秩序に『叫ぶ』ことではない。世界の理と『対話』し、最小限の力で最大限の効果を発揮することだ。その意味が分からぬ限り、貴様はあの鎧女にも、そしてこの私にも、永遠に指一本触れることはできん」
レグルスはそれだけ言うと、興味を失ったかのように麗奈に背を向け、審判役のギデオンに向かって手を上げた。
「つまらん。俺の負けでいい。これ以上、この茶番に付き合う気はない」
彼は、そのまま自らリングを降りてしまった。
麗奈は、彼の言葉の真意を理解できず、ただその場に立ち尽くすだけだった。
◆ ◆ ◆
「しょ、勝者、姫川 麗奈! 理由は……試合放棄であります!」
ギデオンの苦し紛れの勝利宣言に、観客たちは何が起きたか分からず、困惑のざわめきに包まれた。
医務室で見ていた健太も、その異常な試合展開に絶句していた。
(なんだ、あいつ…圧倒的に強いのに、とどめを刺さなかった…。それどころか、まるで麗奈を導くようなことを…)
フィーリアは、リングを降りて人混みに消えていくレグルスの姿を、兜の下で鋭い目つきで見つめていた。
彼女は、レグルスが自分と同等か、それ以上の「本物」であることを見抜いていた。
リングの上で一人、麗奈は悔しそうに拳を握りしめ、レグルスの最後の言葉を反芻する。
「対話…?」
その呟きは、誰の耳にも届かなかった。




