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第16話 立て!立つんだ健太!(死ぬから)


大会当日。


普段は牛や羊がのんびりと草を食むだけの牧場は、どこから集まったのかと思うほどの人だかりで埋め尽くされ、異様な熱気に包まれていた。

急ごしらえの観客席は満員で、立ち見の客がリングの周りを幾重にも取り囲んでいる。


リングの中央に立ったギルドマスター、ギデオンが、大きく息を吸い込んだ。

その顔には、一睡もしていないのであろう、深い隈が刻まれている。


「えー…これより、女神様だか何だか知らんが、そのお告げにより、『銀河大戦』を執り行う…」


張りのない、覇気のない声。


「ルールは一つ、相手を戦闘不能にするか、降参させれば勝ちだ。……怪我と弁当は自分持ちだ。以上」


あまりにもやる気のない開会宣言。

しかし、神の鎧という途方もない賞品を前にした観衆は、「うおおおおお!」と、地鳴りのような歓声で応えた。


その頃、選手控え室代わりに建てられたテントの中で、田中健太はガタガタと震えながら、なけなしの金で買った羊皮紙に、必死の形相で何かを書きつけていた。


遺書だった。


◆ ◆ ◆


大会の前座として、地元の農夫や、一攫千金を夢見るチンピラ冒険者たちの、泥臭いが微笑ましい試合が数試合行われた。


そして、会場の空気が一変する。


「第三試合! 紅の戦斧”ボルグ対、“漆黒の守護者フィーリア!」


フィーリアがリングに上がると、会場がどよめいた。

相手は、この近辺では名の知れた賞金稼ぎで、その巨体には無数の傷跡が刻まれている。


「女が戦場に出るとはな。怪我したくねえなら、さっさとママのおっぱいでも吸ってな」


ボルグの下品な嘲笑に、しかしフィーリアは兜の下で無反応だった。


試合開始のゴングが鳴る。

ボルグが雄叫びを上げて突進する。

対するフィーリアは、一歩も動かない。


ボルグの、岩をも砕くという拳がフィーリアの顔面に届く寸前。

彼女はただ、人差し指を一本立て、相手の額を軽く、本当に軽く、コツンと突いた。


それだけだった。


巨漢の傭兵は、まるで全身の力が抜けたかのように白目を剥くと、糸の切れた人形のように、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。


「……え?」


会場は一瞬、何が起きたのか分からず静まり返り、次の瞬間、これまでで最大の歓声に包まれた。


健太はその光景をテントの隙間から見ていた。


「俺の仲間、強すぎだろ…そして、俺はこれから、あれよりヤバい奴と戦うのか…」


遺書を書くペンの先に、一層力がこもった。


◆ ◆ ◆


「さあ、お待ちかね! 一回戦メインイベント! 村人A田中健太 対、魔王姫川麗奈!」


ついに、その時が来た。

健太は、処刑台に向かう罪人のような足取りで、リングに上がる。


一方の麗奈は、観客に「麗奈ちゃーん!」と呼ばれ、アイドルのように軽やかに手を振りながら登場した。


「ケンタ! いい試合にしよーね! あたし、手加減とかできないから、全力で行くよ!」

「は、はは……」


(頼むから手加減してくれ! 息をするくらいの力で殴ってくれ!)


健太の心の叫びは、虚しく空に消えた。


ゴングが鳴る。

健太が取った作戦はただ一つ――「全力の逃走」。


彼はリングの端から端まで、社畜時代に培った「締切から逃げる力」を総動員し、必死の形相で走り回った。

観客席から「金返せー!」という野次が飛ぶ。


麗奈は「あはは、鬼ごっこだ! 面白い作戦じゃん!」と楽しそうに健太を追いかけていたが、数分後、そろそろ飽きてきたようだった。


「よし、そろそろ決めさせてもらうね!」


麗奈はリング中央で足を止め、健太が最も見たくなかったあのポーズを取った。


「星々よ、砕け散れ! ギャラクティック・ノヴァ・エクスプロード!」


◆ ◆ ◆


「ひいいいぃぃぃ!」


健太は、人生で最も素早い動きで地面に突っ伏した。


光の奔流が、彼の頭上わずか数センチを通過し、会場のはるか後方にある岩山を跡形もなく消し飛ばす。

ズウウウン、と、会場全体が地震のように揺れた。


直撃は避けた。

だが、健太の身体は凄まじい衝撃波によって軽々と吹き飛ばされ、リングの支柱に背中から叩きつけられた。


「ぐはっ」という短い悲鳴を最後に、健太の意識は途絶えた。


死。

健太の死に戻りが発動しかけた、その刹那。


健太の脳内に、直接、女神アスタルトの声が響いた。


「ストップ! ストップ! 今、一番良いシーンなんだから!『友の拳によって心臓を止められ、死の淵を彷徨う』っていう、あの感動の名場面を再現しないと!」


女神の理不尽な権能により、健太の時間は「死ぬ直前」で強制的に止められた。

彼の心臓は鼓動を止め、意識も肉体も動かせない、完全な仮死状態に陥る。


麗奈が心配そうに駆け寄ってきた。


「ケンタ? 大丈夫?」


と声をかけるが、反応がない。

その時、麗奈の脳内にだけ、どこからともなく荘厳な天の声(女神の声)が響いた。


『少女よ…彼の心臓は止まっている…彼を救うには、背中から、今の一撃と全く同じ威力の打撃を与えるしかない…!』


◆ ◆ ◆


「なるほど、蘇生イベントか!」


麗奈は「天の声」を、ゲームのヒントかクエストナビゲーションだと即座に解釈した。


「『同じ衝撃を背中から』…分かった!」


彼女は、ぐったりしている健太の上体を、観客に見せるように優しく抱きかかえる。


(やめろ…やめろぉぉぉぉぉ!)


健太は、かろうじて残った意識の片隅で絶叫するが、声は出ず、指一本動かせない。


会場の観客も、ギデオンも、一体何が起きるのか分からず、固唾をのんでその光景を見守っている。


麗奈は、健太を支えながら、彼の背後に回り込むと、再びあの宇宙を揺るがすポーズを取った。

そして、満面の笑みで、元気いっぱいに叫んだ。


「いくよ、ケンタ! 起死回生の一撃だ! ギャラクティック・ノヴァ・エクスプロード!」

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