第14話 女神のお告げと世界の歪み
その夜、ギルドマスターのギデオンは悪夢を見ていた。
健太たちという「歩く災害」の対応に追われ、心身ともに疲弊しきった彼は、執務机でうたた寝をしてしまっていたのだ。
夢の中、彼は真っ白だが、所々ノイズの走る不安定な空間に立っていた。
目の前に、完璧な美貌と棒人間を高速で行き来する、奇妙な少女が立っている。
昼間、健太が「ちょっと夢見がちな魔術師見習い」と紹介した少女の背後で、一瞬だけ幻視した存在。
本能が、それがこの世界の理を超えた何かであると告げていた。
少女――女神アスタルトは、親しげな笑みを浮かべて語りかけてきた。
「やっほー、ギルマスのおっちゃん。君、面白いから良いこと教えてあげる」
「街の東の牧場にある、一番でっかい樫の木の下を掘ってみな。超すごい、わたくしの聖なる鎧が眠ってるから」
「鎧……だと?」
ギデオンが呆然としていると、女神は楽しそうに続けた。
「で、その鎧を賞品にして、武闘大会を開いてね! 名前はそうだな……『銀河大戦』! イケてるっしょ?」
「ぎ、銀河……!?」
そんなバカな! と叫んだ瞬間、ギデオンは椅子から転げ落ちそうになりながら目を覚ました。
心臓が激しく鼓動し、全身は冷や汗でぐっしょりと濡れている。
「……夢、か」
彼は、疲労が見せたただの悪夢だと、自分に強く言い聞かせた。
◆ ◆ ◆
翌朝。
寝不足の重い頭を引きずるように、ギデオンはギルドへ向かった。
酒場スペースの隅では、案の定、健太たちが小さな騒動を起こしていた。
なけなしの銅貨で買った一本の黒パンを、四人でどう分けるかで揉めているらしい。
「なんであたしの取り分が一番小さいのよ! 昨日のMVPはあたしでしょ!」
「お前が一番カロリー消費してないだろ! 大体な、お前が洞窟ごと吹っ飛ばさなきゃ、報酬ももっと…」
「む。健太の言う通りだ。それに、このパンは私が買ったものだ。よって、采配は私が決める」
「まあまあ、魔王様! わたくしの分をどうぞ!」
ギデオンがその光景に新たな頭痛の種を感じた、その瞬間だった。
ピシャアアアン!
窓の外が、真昼間にも関わらず、閃光で真っ白に染まった。
街中の人々が「何事だ!?」と騒ぎ出す。
ギデオンが慌てて窓から外を見ると、街の東の方角――牧場のあたりから、天を貫くほどの巨大な光の柱が、一瞬だけ立ち上るのが見えた。
ギデオンの顔から、サッと血の気が引いていく。
光が立ったのは、昨夜の夢で女神が告げた「東の牧場の一番でっかい樫の木」の場所と、完全に一致していた。
あの悪夢が、紛れもない『女神のお告げ』であったことを、彼は悟った。
◆ ◆ ◆
ギデオンは、死刑執行を待つ罪人のような顔で、数人の屈強な冒険者と、元凶である健太たちを連れて問題の樫の木へと向かった。
「本当に、ここを掘るんですかい、マスター?」
冒険者の一人が訝しげに尋ねるが、ギデオンは「いいからやれ」と力なく返すだけだった。
彼らが恐る恐るシャベルで地面を掘り始めると、世界に異変が起きた。
それまで快晴だった空が、急速にインクを垂らしたように黒く染まっていく。
風は完全に止み、鳥の声も聞こえなくなり、世界から一切の音が消えた。
そして、暗黒の空に、無音で不気味な紫色の稲妻が走り、大気がビリビリと濃密な魔力で満たされていく。
健太は、その天変地異に「な、なんだこれ…!」と怯えるが、麗奈だけは違った。
「うわ、ワールドイベント始まった! 超クールじゃん!」
一人だけ目を輝かせていた。
◆ ◆ ◆
その頃、世界の二つの極点で、二人の管理者が同時に絶望していた。
教会総本山の教皇グランディスは、『天の御座』が発する最大級の警報に目を見開いていた。
「これは…魔法ではない! 創造だ! あの愚かな女神め、自らのリソースを削り、禁忌の神器を顕現させようとしておる! 世界をリセットする気か!」
その声は、珍しく怒りに震えていた。
一方、悪魔ベルフェゴールの執務室では、明かりが激しく点滅し、全てのモニターがエラーログで埋め尽くされていた。
「アスタルト様、また無茶な処理を…! これでは女神の寿命が…!」
彼は、本気で狼狽し、羊の頭を抱えた。
◆ ◆ ◆
健太たちが掘り進める穴の中心が、突如としてまばゆい光を放ち始めた。
「うおっ!?」
光の中から、眩い輝きを放つ、神々しい装飾の鎧がゆっくりと浮上してくる。
それは、人間が作ったものとは到底思えない、あまりにも美しく、そして強大な力を秘めた武具だった。
鎧が完全に地上に顕現した瞬間、空の暗闇は嘘のように消え去り、世界は元の穏やかな昼の姿を取り戻した。
ギデオンと冒険者たちは、目の前の神の武具を前に、声もなく立ち尽くす。
ギデオンは、このとんでもない代物をどうすればいいのか数秒間逡巡した後、全てを諦めたように天を仰いで力なく宣言した。
「……武闘大会を開く。その名も…『銀河大戦』だ…」
彼の疲労困憊の声が、戻ってきた青空に、虚しく響き渡った。
新章の幕は、最悪の形で、こじ開けられたのだった。




