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第25話 決勝の舞台 vs Night Hound / Viking (決勝戦前半)

1. それぞれが見つめる舞台


(第三者視点)


「同時接続数、五十万突破だって! やばくない!?」 スマートフォンを強く握りしめた星野ひかりの甲高い声が、通話の向こうの中村舞の鼓膜を物理的に叩いた。

「うるさいわね、心臓に悪いからちょっと静かにして。……でも、あの子たち、ホントにやるのよね。全財産賭けて」

「やるよ。だって、あの二人だもん」

ひかりは画面の中の決勝ロビーを見つめ、ギュッと唇を噛んだ。


    *


瀬川陸は自室のモニターに映し出された決勝アリーナのカメラアングルを眺めながら、静かにペットボトルの水を喉に流し込んだ。 「……俺じゃ、あそこには立てないな」

その言葉は悔しさというよりは、どこか清々しい、完全な敗北宣言だった。

あの頑固で不器用な計算機男と、あの自由奔放で予測不能なハリケーン女が並び立つ場所。あそこは、瀬川陸という人間が逆立ちしても辿り着けない、彼ら二人だけの特等席サンクチュアリだ。

「……やれよ、青野。赤井を泣かせたら絶対承知しないからな」


    *


赤井誠は社長室のノートPCで、娘の選んだ相棒の姿を、初めて「ゲームの仮想空間の中」で見た。

ZERO。画面の中の黒いアバターは、現実世界で自分と真っ直ぐに向き合った時と同じ、一切の無駄を排除した冷徹な目をしている。

「あの目だ。……やはり、あの少年は面白い」 社長は重厚な革張りの椅子の背もたれに深く沈み込み、腕を組んでその戦いの始まりを待った。


    *


(青野冷・視点)


Game Nexus 本戦トーナメント決勝アリーナ。 五十万を超える観客の視線ヘイトが集中する仮想空間の中央に、四つのアバターが降り立った。


『棄権はしなかったか』 Night Houndの低い声が、アリーナの静寂を切り裂く。 「俺は棄権などという非合理的な選択はしない」

俺(ZERO)は、かつてこの男に「一人用ゲームの住人」と嘲笑された時の屈辱を、静かに噛み締めていた。

「それに、今の俺は一人ではない」 隣で、空色の光を纏ったScarletが不敵に笑う。

『さあて、王様。その玉座、アタシたちが丸ごと頂くわよ!』


対面に立つViking――巨大な戦斧を肩に担いだ黄金の鎧を着た戦士のアバター――が、獰猛な笑みを浮かべた。 『いい度胸だ、小娘。だったら力で超えてみせろ』


四人の天才が向き合い、決勝のゴングが、仮想世界を物理的に震わせた。


2. 序盤 ―― 斥候と地形の応酬


【 MATCH START 】


開始と同時に、俺は盤面の情報を限界の速度で処理した。

八×八マスの決勝マップ。中央に遮蔽物が少ない開けた平地が広がり、両サイドに岩場と森林が配置されている。射線が極めて通りやすい――Night

Houndの射撃型デッキに有利な地形で構成されている。


「Scarlet、前衛は急ぐな。まず布陣を固める」 『了解!』


俺はSSR『ミストメイジ』を自陣後方に展開し、即座に魔法『アンノウンミスト』を発動した。三×三マスの濃霧が自陣の後衛エリアを覆い隠す。SSR『マッハガンナー』をその霧の中に配置。これで外からは俺の射撃ユニットの位置が一切視認できない。


対面では、Viking側が恐るべき速度で陣形を構築していた。

地形カード『回復エリア』が自陣後方に展開される。さらにドワーフメイジの魔法『アースヒール(回復地形設置)』が追加され、壁ユニットの永続回復体制リジェネが完成した。

そして前面に――UR『ゴッドウォーリアー』とSSR『鉄将軍』が、山のように並び立つ。

二重のボディブロック。背後への射撃弾を全て肉体で受け止める、理不尽極まりない最強の人間城壁だ。


Night

Houndは地形カード『毒沼』を中央通路に設置し、Scarlet側の接近ルートを一本に限定した。ここを通れば手痛い毒のスリップダメージ、迂回すれば致命的な時間のロス。どちらを選んでも不確定要素のデバフを被る。

(さすがだ。開幕の三手で、すでに盤面の主導権を半分近く持っていかれている)


「斥候を出す――R『アーチャー』、右翼から偵察しろ」 俺のアーチャーが岩場の影を縫うように前進する。同時に、敵陣からNight

Hound側のN『ラット』が猛スピードで中央を駆け抜けてきた。

小さな体躯を活かした高速の偵察ユニット。こちらの霧の中に突っ込んでくる気だ。


「ミストメイジ、迎撃しろ――ミストスラッシュ!」

霧の刃がラットを斬りつけるが、致命傷には至らない。ラットはHP残少のまま霧の奥へ潜り込み――マッハガンナーの現在座標を視認した直後、俺のマッハガンナーの連射で撃ち抜かれて消滅した。

だが、ラットは自らの命と引き換えに役割を果たしていた。


Night Hound:『情報は確保した。霧の中にマッハガンナーがいるか……面白い』 Night

Houndのテキストチャットが観客席にも表示され、大きなどよめきが走る。


(ラットに霧を突破されたか……。Night Houndの情報収集能力は、俺の想定のアルゴリズムをわずかに超えている)

たかがNユニット一体。だがその一体の犠牲が、俺の隠蔽戦術の核心を初手で暴いたのだ。


並行して――Viking側のもう一体のラットがScarletの前衛布陣を偵察し、ホーリーナイトとレーザーナイトの配置を確認している。俺のアーチャーは毒沼の位置と壁の配置を視認しつつ前進するが、ダークガンマンの射程圏に入った瞬間、闇色の弾丸が矢継ぎ早に飛んできた。

一発目を岩場でかわし、二発目を被弾しながらもアーチャーの上入力スキル『貫通矢』でカウンターを返す――ダークガンマンの装甲に矢が突き刺さり、わずかにHPを削った。

だが視認していないユニットからの三発目が正確にアーチャーの胸を捉え、Rユニットの華奢なフレームが砕け散った。


【 R アーチャー ―― 撃破 】


(カウンターは入れた。だが、ダークガンマンだけではなく、ナイトメアスナイパーの追撃を索敵範囲外のブラインドから撃ち込まれた。逃げ切れなかったか。……想定より、射撃の精度が絶対的すぎる)


R・Nの低コストユニットが盤面から消えた。斥候フェーズの終了。 互いの手の内が薄皮一枚剥がされた状態で――本当の殺し合いが始まる。


3. 中盤・前半 ―― 後衛の知略戦


「マッハガンナー、射撃開始。ダークガンマンを狙え」

霧の中から、マッハガンナーの一・五秒間隔の連射が戦場を横切った。ゲーム中最速の射撃間隔が生み出す弾幕が、Night

Hound側のSSR『ダークガンマン』に降り注ぐ。 一発一発の威力は軽い。だが絶え間なく飛んでくる弾丸は、ダークガンマンのHPをじわじわと削っていく。


だが、ダークガンマンも黙ってはいない。射程四マス――マッハガンナーの射程三マスより一マス長い。その差を活かして、霧の外縁からマッハガンナーの推定位置へ向けて精緻な逆射撃を仕掛けてくる。

「チッ……射程差がある。正面からの撃ち合いではシステム的な不利が残る」 俺はミストメイジの霧を微調整し、マッハガンナーの位置を一マスずらした。だがNight

Houndはラットの偵察で得た情報を元に、おおよその座標を正確に推測しているはずだ。 ならば、霧ごとポジションを変えて攪乱する――。


その時、Night Houndが動いた。


UR『ナイトメアスナイパー』の特殊能力――『ゴーストクローク』発動。 Night Houndのアバターが、一瞬にして透明になった。


(消えた……!)


索敵六マス・射程七マスという異常なスペックを持つナイトメアスナイパーが、姿を消したまま移動している。俺のミストメイジの霧は自陣側を覆っているが、透明化したNight

Houndが霧の外側を迂回すれば、カバーされていない角度からマッハガンナーを直接狙撃できる。


「ミストメイジ、霧を再展開――」 だが、アンノウンミストのクールダウンは二十五秒。まだ回復していない。


ぱぁん、と乾いた銃声が、霧の横――俺が想定していなかった角度から響いた。 マッハガンナーのHPが一瞬で三割削られる。 「っ……! 右斜め後方か!」

透明化したナイトメアスナイパーが、霧の死角を突いて狙撃してきた。射程七マス――俺のマッハガンナーの射程三マスでは反撃すら届かない絶対的な安全距離から、弾丸が正確にマッハガンナーの装甲を貫いている。


さらに、致命的な追い打ちが来た。 Night HoundのSSR『クロノメイジ』が魔法を詠唱する。

『ヘイストゾーン――指定一マスに加速魔法陣を設置。上にいる味方の射撃間隔を五十パーセント短縮』

ナイトメアスナイパーの足元に、淡い水色の魔法陣が浮かび上がった。


射撃間隔 二・〇秒 → 一・〇秒への超絶強化。


「……まずい」 その言葉が口をついた直後、嵐のような弾丸の雨が降り注いだ。 一秒に一発。ゲーム中最高威力の狙撃弾が、休みなくマッハガンナーの装甲を貫く。


Night Hound:『位置を確認した。霧の中でも、もう逃げ場はないぞ』


さらにダークガンマンが別角度から追撃の射撃を合わせてくる。ナイトメアスナイパーの狙撃一発 → 〇・五秒後にダークガンマンの弾丸 →

また〇・五秒後にナイトメアの次弾。まるで工場の精密機械のように、二人の射手が交互にマッハガンナーを削っていく。

HP七五〇のSSRユニットでは、この二方向からの同時射撃クロスファイアに耐えきれない。


ミストメイジのホーリーミスト(毎秒十五回復)で延命を試みるが、合計で一秒ごとに一〇〇ダメージ以上が飛んでくる集中射撃の前では、完全に焼け石に水だった。

俺はマッハガンナーの位置を一マスずらし、霧の濃い場所へ退避を試みるが、Night

Houndはマッハガンナーの反撃射撃の軌道から座標を正確に逆算し、霧の奥深くまで狙撃を通してみせる。


Night Hound:『無駄だ。弾道の反射角から、お前の座標は〇・五秒ごとに更新されている』


機械のように冷徹な、精度の暴力だった。


マッハガンナーのHPが残り一割を切る。もう長くは持たない。


(……だが、まだ死なせない。こいつにはもう一つ、絶対に必要な仕事がある)


俺は瀕死のマッハガンナーを霧の中で耐えさせながら、前衛の展開を見据えた。

歯を食いしばる。だが、俺の頭脳は感情とは別の回路で、もう一つの極めて重要な情報を冷徹に記録していた。

(Night

Houndはヘイストゾーンから一歩も動いていない。あの加速魔法陣の恩恵を最大化するために、ナイトメアスナイパーはあの『一マス』に完全に固定されている……)

射撃間隔が一・〇秒になる恩恵は絶大だ。だが、それはNight Houndがヘイストゾーンという『固定された座標』に縛りつけられていることを意味する。

俺はその座標を、アルゴリズムの最深部へと深く刻み込んだ。


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