第24話 最後のピース 準決勝(後編)
前衛では、Scarletとミカエルが別種の格闘戦を繰り広げていた。
Tempestは作戦変更後、ブレイドダンサーの猛攻でミカエルに執拗に張り付こうとしていた。SSR同士ならミカエルが圧倒的に有利だが、Tempestのプレイヤースキルは尋常ではない。空中に逃れるミカエルの着地タイミングを完璧に読み、ブレイドダンサーの三連斬を着地狩りのように合わせてくる。
『くっ……このSSRでURに食らいつくなんて! しつこい!』
「Scarlet、Tempestはお前の着地を狙ってくるパターンだ。空中から降りずに攻めろ」
『空中から……了解! ホーリーランスッ!』
ミカエルの上入力スキル――空中からの光の槍が、ブレイドダンサーの肩口を貫く。ブレイドダンサーのHPが大きく削れた。だが、Tempestはすぐに態勢を立て直し、シールドナイトのカバーに入る。
ミカエルのHP一三〇〇 対 ブレイドダンサーのHP九五〇。絶対的なステータス差がある。だが、TempestのプレイヤースキルがそのSSRの限界を強引に引き上げていた。
ミカエルの攻撃の半分はシールドナイトのボディブロックに吸われ、ブレイドダンサーの急所への攻撃はホーリーナイトの回復で戻される――だが、徐々に削り合いの天秤はミカエル側に傾いていく。URの暴力的な性能差は、時間が経てば経つほど覆しがたい壁のように立ちはだかる。
* * *
試合時間が三分を超えた頃、盤面は確実に動き始めた。
まず、瀕死だったScarlet側のSSR『レーザーナイト』が、Ravenのストームアーチャーの流れ矢で撃破された。だが、その代償としてScarletのミカエルがTempestのSR『シールドナイト』をセラフィムスラッシュで粉砕。
【 SR シールドナイト ―― 撃破 】
【 SSR レーザーナイト ―― 撃破 】
俺の陣営では、ミストメイジの霧の中で耐え続けたマッハガンナーが、ついにRavenのストームアーチャーの集中射撃に捉えられた。風で霧が薄まった瞬間に、三連射が正確にマッハガンナーの胴体を貫く。
【 SSR マッハガンナー ―― 撃破 】
「マッハガンナーが落ちた――!」
俺の主力射撃ユニットが消滅する。だが、マッハガンナーが後方で三分間耐え続けた間に、ScarletのミカエルはブレイドダンサーのHPを四割まで削り込んでいた。
「Scarlet、仕上げだ。ブレイドダンサーを落とせ――その後、一気にストームアーチャーへ向かえ」
『任せなさい! ―― ジャッジメント!!』
ミカエルの左入力スキル――画面全体に降り注ぐ聖なる光柱。四・〇倍の大火力が、消耗しきったブレイドダンサーを完全に呑み込んだ。
【 SSR ブレイドダンサー ―― 撃破 】
Tempest:「くっ……! ミカエルを止められなかった――」
前衛の柱を失ったTempest側の陣形が崩壊する。
ミカエルが光速でRavenの後衛に急転回する。ストームアーチャーが必死に迎撃の矢を放つが、上空から襲いかかる大天使の前では無力だった。ゲイルメイジのウィンドブラストが展開されるも、ミカエルのディヴァインチャージがその風ごと切り裂いて――ストームアーチャーとゲイルメイジを一気に薙ぎ払う。
同時に、俺のミストメイジが最後の霧を展開し、ホーリーナイトと連携してTempestの残存ユニットを挟撃。数秒の掃討戦の後――。
【 MATCH END 】
【 WINNER : ZERO & Scarlet 】
* * *
観客席から爆発的な歓声が上がる。
だが、コンソールを握る俺の手は微かに震えていた。勝った――だが、薄氷の勝利だ。
(マッハガンナーが落とされた。Ravenの射撃精度は、ミストメイジの霧を以てしても完全には防ぎきれなかった。……上位層のプレイヤースキルが上がっている。後衛の俺自身にまで脅威が届くようになってきた)
SSRしか持たない俺の後衛では、もはや最上位の射撃プレイヤーに対して「霧で隠れて生き延びる」ことしかできない。明確な攻撃の手段が足りない。
Scarletの側は――ミカエルが多少のダメージを受けているが、URユニットの絶対的な性能差のおかげで致命傷には至っていない。俺ほどの苦戦ではなかったはずだ。
ただの勢いでも、窮屈な管理でもない。Scarletが俺の計算を信じて最高速で動き、俺が彼女の直感のすべてをロジックで昇華させた、真のタッグプレイの完成だった。
だが同時に、俺は冷酷な事実を思い知っていた。
(……俺の手札では、この先が足りない)
熱狂の準決勝から数時間後。決勝戦までの休息時間。
俺は一人、自室のデータルームの画面に向き合っていた。
「Night HoundはUR『ナイトメアスナイパー』……。そしてVikingはUR『ゴッドウォーリアー』か……」
先ほど行われた、もう一方の準決勝のリプレイデータ。
Night Houndのナイトメアスナイパーが透明化から放つ狙撃は、Ravenのストームアーチャーの比ではない。射程七マス、索敵六マス、さらにゴーストクロークによる透明化――ミストメイジの霧では誤魔化せないレベルの、暴力的な情報戦能力を持っている。
Vikingのゴッドウォーリアーは、Tempestのブレイドダンサーを遥かに超える基礎HP一五〇〇とスーパーアーマー、そして不屈のパッシブスキル。
あの二人は、今の俺たち――SSR主体の後衛と、URミカエル一枚の構成――では、純粋なステータスの暴力の前に算数ごと叩き潰される。
(……最後のピースが欠けている。俺自身の、URユニットだ)
俺はゲームからログアウトし、現実世界のPCで銀行口座のオンラインページを開いた。
そこに表示された残高――「二〇〇〇万円」。
VR研究者だった両親が遺した研究資金の残りと、死亡保険金。それに加えて、俺がMOZE時代に稼いだ大会賞金やスポンサー収入の蓄積。
他の高校生には想像もつかない額だが、天涯孤独の十六歳にとってのこの数字は、「将来を一人で安全に生き抜くための絶対防御」そのものだった。大学の学費、生活費、万が一の医療費――これさえあれば、誰の助けも借りずに一人で生きていける。俺が構築してきた「一人用ゲーム」の最後の砦だ。
「……計算上、この二〇〇〇万を全て突っ込めば、URを引く確率は現実的な数値に収束する」
だがこれは、俺が最も嫌悪する「運(LUCK)」という名の不確定要素への全面依存だ。
一歩間違えれば……いや、確率が収束しなければ、親が命と引き換えに残してくれた全財産がゼロになる。
準決勝の賞金分が入ったとしても、全額回復はしない。
マウスを持つ手が震える。
額に冷たい汗が滲む。
だが――あのNight HoundとVikingという二人の王者が待つ決勝の舞台において、彼女の隣に「対等な相棒」として立つためには、俺自身の覚悟を示す最強の手札がなければならない。
さっきの準決勝で思い知ったはずだ。SSRの霧で隠れて生き延びるだけでは、もう足りないのだ。
「俺は……一人で安全な世界に引きこもるのを、もうやめたんだろう」
恐怖を噛み殺し、俺は震える指でガチャ画面の『全額投資』ボタンに触れた。
呼吸を止める。
――クリック。
画面上で無数の光が弾ける。
ガチャの演出が回り始め、数千枚のカードが一瞬で消費されていく。口座残高がみるみる減っていく――一五〇〇万、一〇〇〇万、五〇〇万、二〇〇万……。
光が、止まった。
爆発するようなレインボーエフェクトの先に――奇跡のように、ただ一枚の虹色のカードが浮かび上がった。
【 プレイヤー ZERO が UR 『ウラヌス』 を獲得しました! 】
地の底を支配する古代の魔神。盤面を一瞬でリセットする戦略級のURユニット。
「……引けた」
声が掠れている。
「確率は……気合で捻じ伏せた」
額の冷や汗を拭い、俺は力強く立ち上がった。
口座残高は――二〇〇〇円。もうほとんど残っていない。
だが、もう恐怖はない。
準決勝勝利の賞金分で、当面の生活をしていくことぐらいは出来る。
本当に怖いのは、決勝で無様に負けて、温と自分の決意を無駄にすることだ。
これで、役者は揃った。
過去に羨ましかった『大舞台の王たち』を引きずり下ろし、俺たちの新しい居場所を証明するための――すべての準備が。




