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第19話 Night Houndの視線と上位世界の圧

Game Nexus、ゲーム内のグランドロビー。


きらびやかな装飾と無数のモニターが立ち並ぶ仮想空間の広場にログインした瞬間、俺(ZERO)の視界は、未だかつて経験したことのない異常なシステムアラートの大群に埋め尽くされた。




【フレンド登録のリクエストが 142 件届いています】


【ダイレクトメッセージが 87 件届いています】


【ギルド『黒の円卓』からのスカウトメッセージが――】




「……なんだ、これは。大規模なDDoS攻撃か?」


俺は飛来する数百のウィンドウを処理しきれず、思わず顔をしかめた。


開いたメッセージのいくつかに目を通すが、文章の羅列は俺の理解領域を超えていた。




『本戦出場おめでとうございます! 弊社の大手エナジードリンクブランド「スパーク・テック」のロゴを、お二人のアバターの肩に表示させていただけないでしょうか。報酬は――』


『初めまして。ゲーミングデバイスメーカーの――』




企業からのスポンサー打診。


プロのeスポーツシーンでは大会上位者にスポンサーがつくことは知っていたが、本戦のトーナメント表に名前が載っただけで、これほどまでの『社会からの接触ノイズ』が発生するとは完全に計算外だった。




「どうすればいい。この不確定要素の群れ……全ブロック推奨か?」


俺が完全にフリーズしていると、ポンと肩を叩かれた。


ピンクのスーツに身を包んだ相棒――Scarletだ。昨夜、マイク越しに互いの正体(同じクラスの赤井温)を認識し合った直後だが、仮想空間のアバター越しに見ると奇妙な安心感があった。




「あんた、ログアウトしそうな顔してるわよ。……あー、なるほど。スポンサーのDMね」


Scarletは俺の虚空に浮かぶウィンドウ群を横から覗き込み、躊躇なく指先でスワイプし始めた。


「このエナドリの会社はダメね。独占契約の期間が長すぎるわりに金額が安いわ。こっちのデバイスメーカーは……アバターへのロゴ表示だけだから、とりあえず保留にしておいて相見積もり取れそう。あ、この無名ブランドのやつはウザいからブロックで完了、っと」




凄まじい速度で、殺到する企業からのメッセージを仕分けしていく。


俺は唖然として彼女の横顔を見つめた。


「お前……なぜ、そんな社会的な交渉ロジックを瞬時に判断できる」


「は? うちのパパ、スポーツ用品の社長って言ったでしょ? 家でこういう契約の話とか、選手のスポンサードの話とか、腐るほど聞いてるんだから」


Scarletは得意げに鼻を鳴らした。


「あんたみたいな超引きこもりの計算オタクには、こういう生々しい大人との駆け引きは無理でしょ! コミュニケーションや営業対応は、アタシに任せなさい!」




文化祭の時と同じだ。俺が処理しきれない『人間の感情』や『社会的な立ち回り』を、彼女は一切の負荷すら感じずに物理的に薙ぎ払っていく。


「……合理的だな。対人処理のプロセスはお前に一任しよう」


俺が少しだけ口元を緩めかけた、その時だった。




「道を開けろ」




ざわめいていたロビーの空気が、モーゼの十戒のように真っ二つに割れた。


他のプレイヤーたちが、怯えたように、あるいは憧憬の眼差しで道を譲る。


その中央を堂々と歩いてくる巨大な二つの影。


公式ランキング最上位チーム。


全身に黒服と狙撃ライフルを背負った軍服の男『Night Hound』と、身の丈を越える巨大な戦斧を担いだ金色の狂戦士『Viking』だ。




「おいおいおい。えらい生意気な口を叩く赤ん坊がいるじゃねえか」


Vikingが、凶暴な笑みを浮かべてScarletを見下ろした。


「本戦まで上がって来たのは褒めてやるがな、ピンクのお嬢ちゃん。テメェのその安い剣が俺の斧に届く間に、何回泣き叫ぶことになるか……今から楽しみで仕方ねえぜ」


「はっ! 大きいのはガタイと口だけのくせに! あんたのそのノロマな斧ごと、アタシが真っ二つに叩き斬ってあげるわよ!」


大柄なVikingの威圧を正面から受け、Scarletが一歩も引かずに噛み付く。




その傍らで。


Night Houndの氷のように冷たく、機械的なスコープの瞳が、俺(ZERO)だけを真っすぐに射抜いていた。


「久しぶりだな。ZERO。……いや」


Night Houndが、周囲には聞こえないほどの低い声で囁いた。


「俺は、お前を『Mozeモゼ』と呼ぶべきか?」




俺の心臓が、冷たい手で鷲掴みにされたように収縮した。


「……なぜ、お前がその名前を知っている」




Moze。


VRゲームが主流になる前の、Steamなどのシミュレーションゲームや、文字とUIだけで構成された地下のRTSリアルタイムストラテジーのランキングボード。そこで俺が使っていた、誰とも関わらず一人で盤面を制圧し続けるためのハンドルネームだ。




「お前の多重展開処理と、あのマッハガンナーを使った独特の制圧アルゴリズム。……かつての同じゲームの別サーバーの見本プレイとしてアップロードされた動画で見た『Moze』と完全に一致した。同じ場所で1位を競いたいと思っていたが、どうりで


その後に探しても見つからなかったわけだ」


Night Houndはゆっくりと腕を組んだ。


「お前ほどの思考のバケモノが、なぜ今までNexus Cupのようなメジャーな大会に出てこなかった?」




俺は奥歯を噛み締め、事実だけを絞り出した。


「……シミュレーションに特化したゲーマーにとって、現実のチェスや囲碁以外のオンラインゲームでは、純粋に思考力を競う巨大な大会などほとんど存在しなかったからだ」


「ご名答」


Night Houndが、初めて薄暗い笑みを浮かべた。


「大衆が求めているのは、分かりやすい派手なアクションや反射神経の応酬だ。お前がどんなに完璧なアルゴリズムを脳内で組んでいようと、それを現実に実行するための『肉体』や『仲間』を持たなければ、日の目を見ることはなかった」




男の言葉は、俺という存在の脆弱性を、メスで解剖するように暴き出していく。




「お前は今まで、安全な一人用の暗闇の中で、無限の時間をかけて盤面を眺めていただけだ。だが、この本戦(上位世界)のステージは違うぞ、Moze」


Night Houndが一歩踏み出し、俺の耳元で囁く。


「何万という観客の視線。スポンサーの重圧。そして何より――お前は今、あの『感情豊かな生身の少女』を、自分の手足として動かしている」




息が詰まった。


「……お前は、生身の人間の感情ノイズやプレッシャーを計算式に組み込んだ経験がない。本番の重圧の中で彼女が予想外のミスをした時、お前の孤独なアルゴリズムはフリーズする。お前が信奉する完璧なロジックは、この上位世界のノイズの前では砂上の楼閣に過ぎない」




「……っ」


俺は何も言い返せず、ただ拳を固く握りしめた。


俺がこれまでの人生でずっと抱えてきた『現実の人間と関わることへの恐怖』と『自分が大舞台に出ずに安全圏に引きこもっているだけの存在だという劣等感』。


それを、同じロジックの最上位に立つNight Houndに、容赦なく言語化され、突きつけられたのだ。




「行くぞ、Viking」


「へっ。決勝まで這い上がって来いよ、赤ん坊ども」


二人の絶対王者が、足音を高く響かせてロビーの奥へと消えていく。




「……ちょっと、ZERO? 大丈夫? なんか顔色悪くない?」


Vikingとの睨み合いを終えたScarletが、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。


俺は彼女の、少しも裏表のない澄んだ瞳を見返す。


昨夜の「勝った気になった」完璧な全能感は、すでに跡形もなく消え失せていた。




『生身の人間を動かすプレッシャー』


『仲間がミスをした時、お前の論理は崩壊する』




(……違う。俺は……)


「問題、ない……。ただの、不要なノイズだ」


強がりにすらなっていない掠れた俺の声を、冷たい上位世界の風が吹き抜けていった。

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