第18話 正体判明と"勝った気"になる瞬間
「「っしゃあああああっ!!」」
俺の自室と、ヘッドセットの向こう側。本来交わるはずのない二つの場所で、全く同じ歓声が完璧にシンクロして響き渡った。
『やったぁっ! 本戦初勝利よ、ZERO! あのマッハガンナーの弾幕、マジでやばかったんだけど!』
「……ああ。だが、お前が前衛を突破する速度は俺の予測をわずかに上回っていた。バーサーカーの撃破が想定より〇・三秒速い。いつもながら、お前の処理速度は俺の計算の上限を逸脱するな」
俺は深々と息を吐きながら、VRのヘッドギアを外した。
極限のマルチタスクが生み出した強烈なアドレナリン。だが、身体の奥底に熱く残るこの絶対的な手応え――不確定要素だらけの誰かと歯車が完璧に噛み合い、一人では絶対に出せない出力が生まれる感覚は、文化祭の放送室で感じたあの興奮と、あまりにも似ていた。
『もうっ……ほんっとに最高! ZERO、アンタがいっつもチマチマ計算してるオタク頭、やっぱりただの飾りじゃなかったのね! ――って、あれ?』
ボイスチャットの向こうで、Scarletの言葉が不意にピタリと止まった。
『……ねえ。なんかアタシ今、すっごいデジャヴってるんだけど。この台詞、最近リアルで全く同じこと言った気が……しかもその時も、「不要な評価だ」みたいに塩対応されたのよね……』
「不要な――」
俺もまた、反射的に定型文を返しかけて――完全に凍りついた。
文化祭の中央会議室。
赤井温に面と向かって言い放った『非論理的な評価だ』という言葉。
俺の脳内で、断片化されていた記憶の照合処理が、轟音を立てて走り始めた。
――『アタシが前で暴れて、アンタが後ろから撃つ。それでいいじゃない』。これはScarletの口癖だ。
――『面倒な計算は全部青野に任せたわよ! 私たちで説得に走るわよ!』。これは文化祭での、赤井温の台詞。
構造が同じだ。跳ね上がるような生意気なイントネーションも。
何より、俺がMAPで最短ルートを送信した瞬間に迷いなく飛び出す異常な反応速度と、文化祭であの赤いサイドテールが『りょーかいっ!』と叫んで弾丸のように駆け出していった、あの直感的な爆発力。
言語化のプロセスをすっ飛ばして、身体が先に最適解を掴む、あの狂ったヒューリスティクス(直感)――。
全・件・一・致。
文化祭の運営指揮と、Game Nexusの戦場指揮。
俺がバックエンドで盤面を設計し、彼女がフロントで暴れ回る。あの構図は、現実でも仮想空間でも、完全に同一のアルゴリズムだったのだ。
「……赤井、なのか?」
『青野……なの!?』
沈黙。
数秒間、お互いの脳がオーバーヒートしたような完全なフリーズ。
同じクラスの「陰気で孤立した学年一位」と「最上位カーストの人気者ヒロイン」が、毎晩VR空間で背中を預け合い、死線を潜り抜けていた『最強にして最悪の相棒』だった。
『えっ、ちょっ……嘘でしょ? アンタがZERO?』
「……論理的には否定できない。俺の文化祭での指揮スタイルとZEROの盤面構築のパターン――お前が後先考えずに暴走して、その尻を俺が緻密な計算で拭くという不合理な構造が、完全に一致している」
『暴走じゃないし!! 先走ってるだけだし!!』
その怒り方も、語尾の跳ね上がり方も、あまりにも赤井温そのもので。
俺は額に手を当て、深くため息をついた。
そしてどういうわけか、自分でも信じられないことに、小さく笑い声を漏らしてしまったのだ。
「ふっ……くくっ」
『な、なに笑ってんのよ!』
「いや。あまりにも全てのデータが完璧に繋がりすぎた。文化祭の指揮室とこのゲームの指揮画面で、俺はまったく同じコードを走らせていたらしい。……相棒が同一人物だった以上、同じアルゴリズムが走るのは極めて合理的な帰結だ」
温は数秒だけ黙った後、耐えきれなくなったようにお腹を抱えて大爆笑し始めた。
『あーはっはっはっ! なによそれ! アタシたち、現実でもゲームでもおんなじ事やってたんじゃない! 現実じゃあんなに冷たい塩対応だったのに、ゲームじゃアタシにベタ惚れの最高の相棒とか――もう、ウケるんだけど!』
「ベタ惚れというパラメーターは俺のデータベースに存在しないがな」
ひとしきり笑い転げた後、温はマイクの向こうで少しだけ真面目な声になった。
『……ねえ、冷。アンタさ、なんで現実じゃあんなに人と距離置いてんの? こっちの世界だと、こんなに息ぴったりなのにさ』
「……制御可能な変数だけで構成された世界の方が、処理負荷が低いからだ。他人は不確定要素のノイズでしかない」
『ふーん。でもさ、文化祭はどうだったのよ? 結構楽しそうに指揮してたでしょ?』
反論、できなかった。
あの放送室で三つのモニターを睨みつけながら、赤いサイドテールの暴走を必死に制御していた数時間が、俺にとって不快だったかと問われれば――それは明らかに『偽』だったからだ。
『でしょ?』
温のニヤニヤした顔が、モニター越しに見えるようだった。
『アタシにとっては現実の学校も、こっちのゲームも、両方とも「最高の遊び場」なのよ。冷がどっちの世界を大事にしてもいいけどさ――アタシたちが組めば、どっちの世界でも「ぶっちぎりの最強」ってことには変わりないわよね?』
「……肯定する」
俺はマイク越しの、現実でも仮想でも変わらない『相棒』に、生まれて初めて明確な対抗心と絶対の信頼を込めて告げた。
「このまま本戦も、俺たちが全て奪い取るぞ。――温」
『当然よ! ――冷!』
その夜、俺たちは完璧な全能感に包まれていた。
現実のヒエラルキーも、他の強豪プレイヤーたちも、今の俺たちなら全てを圧倒的なロジックと熱量でねじ伏せられると、本気で信じていたのだ。
この後、さらに広大で残酷な『上位世界』が口を開けて待っていることなど、微塵も知らずに。
* * *
同時刻。
配信サイトの観戦モードで、Aブロックから早々に本戦出場を決めていた二つの影が、対戦のリプレイログを精密に解析していた。
『面白い手駒を見つけたな。ZEROめの制圧力が一段階上がった』
後衛の影――Night Houndが、データリンクの中で冷たく嗤う。
『だが、あのSSRマッハガンナーも所詮はMAP制圧の駒に過ぎない。アクション側の起点は、未だにScarletの反射神経という属人的な能力に完全依存している。……あんな歪なアルゴリズムなら、俺が指先一つでハッキングして崩壊させられる』
『ハハッ! 細かい理屈はどうでもいいぜ』
隣で武器の調整音を響かせていた前衛――Vikingが、凶暴に牙を剥いた。
『あの生意気な赤いお嬢ちゃん、ずいぶんと成長してるじゃねえか。……本戦の先で跡形もなくぶちのめすのが、今から楽しみで仕方ねえぜ』
『どれ、対戦する前に軽くあいさつでもしておくか・・・』
Night Houndはそう言うと、Vikingを連れてロビーに向かっていった。




