第17話 公式試合 本戦1試合目の勝利!
文化祭の熱狂という非論理的な特大のバグが処理され、ようやく俺の日常に平穏が戻ってから一週間。
だが、ヘッドマウントディスプレイを被った俺(ZERO)の視界は、日常の静寂とは対極にある極限の熱量で沸騰していた。
Nexus Cup 本戦トーナメント――第一回戦。
予選Cブロックを全勝で突破した俺たちが、全国の猛者十六チームが凌ぎを削る本当の戦場に足を踏み入れた瞬間だった。
環境が、予選とはまるで違う。
観戦モードの同時接続者数は二万を超え、視界の右端ではコメントの文字列が滝のような速度でスクロールし続けている。
『うっわー……なにこの人数! 予選の百倍はいるんじゃないの!?』
ボイスチャット越しに響くScarletの声は、興奮と僅かな緊張で上ずっていた。
「不確定なノイズは視界から弾け。ワーキングメモリの無駄遣いだ」
俺は極めて平坦な声で返しつつ、手元のコンソールに意識を集中させた。強がってはいるが、俺自身の脳にかかっている並列処理の負荷も、間違いなく過去最大だ。
画面中央に、対戦相手のデータがポップアップする。
『GateKeeper & HellRaven』。予選Fブロックを二位通過してきた、極めて強固な守備・連携型のタッグ。
カウントダウンと共に、八×八のシミュレーションMAPが構築されていく。
引いたステージは『第十二セクター:霧の教会廃墟』。中央に朽ちた教会が鎮座し、森と岩の遮蔽物が視線を遮る。索敵範囲にデバフがかかる、泥沼の乱戦を誘発しやすい最悪のMAPだ。
* * *
即座に敵の初期配置をスキャンする。
GateKeeper側のデッキは典型的な籠城戦術だ。教会内に強固な『SRナイト』を置き、その背後から『SRスナイパー』と『Rアーチャー』がクロスファイアを敷く。奥の安全圏にはデバフ要員の『Rダークメイジ』。さらに地形カード『回復の泉』で壁の耐久値を底上げしている。
一方、相方のHellRaven側は完全な遊撃型だ。『SRバーサーカー』と『Rウルフ』二体で教会の側面から挟撃を狙う構え。そして何より厄介なのが、ステルス機能を持つ暗殺者『SRキャット』がデッキに組み込まれていることだ。
残るスロットは囮用の低コストユニット群。総出撃コスト四十。一切の無駄がない、本戦レベルの美しいアルゴリズムだ。
「――解析完了」
俺はMAPの地形データと敵の布陣を脳内で合成し、三秒で最適解のルートを導き出した。
「Scarlet。今回は開幕での突撃を許可しない。俺がMAPで盤面を敷くまで、自陣で待機しろ」
『えーっ! 早く暴れたいんだけど!』
「二分待て。二分で『道』を開ける」
俺は自陣のデッキスロットから、切り札を展開した。
先週のアップデートで実装された新SSR――『マッハガンナー』。
この七日間、俺が射線シミュレーションと挙動の最適化を徹底的に繰り返してきた機体だ。二丁の大口径機関砲を構えた無骨な機械兵。全ユニット中最速の射撃間隔『一・五秒』を誇る、MAP制圧のスペシャリストである。
俺はマッハガンナーを右翼へ、SRスナイパーとRアーチャーを中央へ配置。
ScarletのSSRレーザーナイトやSRバーサーカーといった前衛群は、指示通り自陣中央で待機させている。
「MAP制圧フェーズ、開始」
マッハガンナーに前進コマンドを入力。右翼の障害物を縫うように迂回させ、敵陣へ射線が通る絶好の座標へと滑り込ませる。
到達と同時、俺は地形カード『濃霧』をMAP中央へ投下した。
教会周辺が一瞬にして乳白色の霧に沈む。敵の射撃ユニットの有効射程が、システム側から強制的に削り取られた。
「なっ、索敵が効かねえ……! スナイパーのスコープが死んでるぞ!」
敵のオープンチャットから、GateKeeperの焦燥に満ちた声が漏れる。
その混乱という隙を、俺が見逃すはずがない。
マッハガンナーの大口径機関砲が火を噴く。
一・五秒間隔の絶え間ない弾幕が、霧の向こうにいるRアーチャー二体を釘付けにする。障害物に隠れれば射線は切れるが、顔を出した瞬間に蜂の巣だ。実質的な機能停止状態。
同時に、高所へ陣取らせた俺のSRスナイパーが、前線をうろつく敵の囮ユニットを冷徹に一体ずつ処理していく。
『「マッハガンナー」だと……? なんだあの異常な連射速度は!?』
敵のチャットに、明確な動揺のフラグが立った。
「Scarlet――道は開いた。教会の左翼から正面突破しろ。敵のバーサーカーとウルフ二体が左回りで来る。接触地点D-3」
『了解っ! ぶち抜くわよ!』
抑え込まれていたScarletのレーザーナイトが、味方を引き連れて弾丸のように駆け出す。
教会の左翼の角。敵のSRバーサーカーとの正面衝突。
――レイヤートランジション。
視界がシミュレーション画面から、サイドビュー・アクション画面へと切り替わる。
* * *
土煙の舞う戦場に、Scarletのレーザーナイトが空色の光剣を煌めかせて降り立つ。対峙するのは赤黒い鎧のSRバーサーカーと、灰色のRウルフ二体。
三対三のアクションバトルだ。
『ふっ――遅いっ!』
バーサーカーが振り下ろした大斧をバックステップの無敵フレームで回避し、Scarletが光剣の三段コンボを正確に刻む。
だが、SRバーサーカーのパッシブスキル『血の渇望』――HP減少に比例して火力が跳ね上がる狂戦士特性が発動した。
のけぞりから強引に復帰した斧が、二撃目のコンボに割り込むように横薙ぎに振るわれる。
「Scarlet、左のウルフが側面に回り込んでいる。二秒後に背面攻撃が来るぞ」
『わかってるっ! って――来たっ!!』
Scarletがバーサーカーの斧を弾いた瞬間、画面右端から赤い予告線が走った。MAPの奥に残った敵SRスナイパーによる、アクション画面への直接射撃だ。
味方のRウォリアーが回避タイミングを逃し、HPをごっそりと持っていかれる。
「MAP射撃か――だが許容範囲のダメージだ」
俺は即座に意識をMAPレイヤーに切り替え、マッハガンナーの照準を敵スナイパーへ固定する。一・五秒の弾幕で、敵の二発目の照準動作を強制的にキャンセルさせる。
「次のMAP射撃まで約八秒稼いだ。その間に目の前のバーサーカーを落とせ」
『言われなくても!!』
Scarletの異常な反射神経が、ここで火を噴いた。
背後から迫るウルフの爪撃をジャンプで躱し、空中の頂点からバーサーカーの胸部へ光剣の突きを叩き込む。
ブレイクゲージが臨界点を突破し――ガキィンッ!
硬質なブレイク音と共にバーサーカーが無防備に崩れ落ちた瞬間、Scarletの容赦ないフルコンボが炸裂した。
――SRバーサーカー、撃破。
同時に、味方のRウォリアー達がウルフ二体を押さえ込み、確実なガードとカウンターで処理していく。
――Rウルフ二体、撃破。
アクション画面が収束し、MAPに復帰。敵前衛の主力三体が盤面から消滅した。
* * *
だが、ここからが本当の勝負だった。
「――警告。敵ユニット、レーダーロスト。ステルス発動の反応」
SRキャット。
敵の切り札である高速アサシンが、前衛の乱戦に紛れてMAPから姿を消していた。狙いは一つ。無防備になった俺の後衛ラインの首だ。
『ZERO! 見えない! どこ行ったのよ!?』
「喚くな。地形データから侵入ルートの逆算は終わっている。E-7経由で俺の裏に回り込む。接触まであと四秒」
俺はマッハガンナーの操作権限を、アクション領域にハーフダイブさせた。MAP指揮を一時的にオート(AI)に委ねるリスクは甚大だが、ステルスの奇襲をシステム任せで捌けるわけがない。
視界の端で、空間のポリゴンがわずかに歪んだ。
ステルスが解除され、黒紫のアサシンが背面二倍ダメージの凶爪を振り下ろしてきた、その刹那。
「ダウンスキル『ローリングシュート』」
回避コマンドを入力。間髪入れずにアサシンの横へ滑り込みながら、大口径機関砲の銃口をねじ込む。
「アップスキル――『バレットレイン』」
「しまっ――!?」
ゼロ距離からの八連射。キャットのブレイクゲージが一瞬で弾け飛ぶ。
無防備に硬直したSRキャットの頭上に、教会の屋根から俺のSRスナイパーが狙い澄ました凶弾を撃ち下ろした。
――SRキャット、完全沈黙。
前衛三体と切り札を失った敵チーム。盤面に残されたのは、教会に立て籠もるSRナイトの壁と、封殺されたままの砲台群のみ。
勝敗のアルゴリズムは、完全に確定した。
「Scarlet。教会の正面から入れ。ナイトのヘイトは俺が引く」
地形カード『神速の風』を発動。Scarletのユニット群に瞬間的な移動速度バフを付与する。
同時にマッハガンナーとスナイパーの全火力を、盾役のSRナイトへ集中させた。絶え間ない弾幕がナイトに回避行動を強要し、鉄壁の陣形に致命的な亀裂が生じる。
『――そこだぁっ!!』
極限まで加速したレーザーナイトが、青い閃光となって教会の入口を突破した。
壁の隙間を縫って後衛のラインに突き刺さり、光剣がRアーチャー、Rダークメイジを立て続けに切り伏せる。最後にSRスナイパーの銃口を根本から叩き斬った。
孤立し、守るべきものを全て失ったSRナイトの巨体を、マッハガンナーの最後の一射が静かに貫いた。
【 GAME SET 】
【 WINNER : ZERO & Scarlet 】
* * *




