第12話 道を敷く者、道を駆ける者
Nexus Cup予選リーグ、Cブロック――最終戦。
試合開始三十秒前。視界の中央にカウントダウンが表示される中、俺は八×八のシミュレーションMAPを睨みつけていた。
「ステージは『霧の森』か。索敵範囲マイナス二マス。射撃型にとっては最悪の環境だな」
MAPには深い森と苔むした岩場が広がり、全体にうっすらと白い霧のエフェクトがかかっている。視界が極端に狭い。俺のSR・Gunnerも、SR・Sniperもろくに仕事ができない盤面だ。
『えー、なんか暗いマップだけど、関係ないわよね? アタシが突っ込んで斬ればいいんでしょ?』
ボイスチャット越しに、Scarletの能天気な声が響く。
「関係ある。索敵範囲が二マス減るということは、射撃ユニットが敵を捕捉できる距離が大幅に削られるということだ。MAP上から俺が援護射撃を入れる前に、敵の近接がお前に取り付く。つまりこのステージでは――」
俺は一瞬だけ言葉を切って、自陣のデッキ編成画面を見下ろした。
出撃コスト二十の枠に並んだカード群。SR・Gunner(コスト三)、SR・ElfMage(コスト三)、R・Warrior二枚(各コスト二)、SR・Cat(コスト三)、R・Archer(コスト二)。地形カード『回復エリア』(コスト一)と『加速帯』(コスト一)。合計十七。残り三コストにはN・Goblin三体セット(コスト一)とN・Rat二体(各コスト一)を詰めてある。
一方、Scarletのデッキに視線を移すと、出撃コスト五を占領する一枚のカードの金色の縁取りが、異様な存在感を放っていた。
SSR『レーザーナイト』――つい先日のガチャで、Scarletが奇跡的に引き当てた超レアユニットだ。光の剣を操る高機動アタッカー。アクションでの切れ味は凄まじいが、コスト五がデッキの残り枠を圧迫する諸刃の剣でもある。
『ねぇねぇ、今日こそレーザーナイト使っていいでしょ!? ずっと温存って言われてたけど、予選の最終戦よ!?』
「……いいだろう。ただし、レーザーナイトを出すタイミングは俺が指定する。お前の勝手な判断では出すな」
『やったー! 任せなさい! ……あ、出すなっていうか出すタイミングは任せろってこと? ややこしいわね!』
「――このステージでは、お前の突撃を敵に悟らせないまま、俺がMAPで『どこで接敵させるか』を完全にコントロールする必要がある」
『わかったわよ、うるさいわね。で、相手は?』
対戦相手のタッグ名が表示される。
『StarCross』――中堅ギルドの上位ペアだ。過去の戦績データを見る限り、シミュ側が地形カードと魔法で場を荒らし、アクション側がその混乱に乗じて仕留める典型的な「陣地戦型」のタッグだった。
「シミュ側のプレイヤーが厄介だな。地形カードの使い方が上手い。こいつのMAP操作は、同ランク帯の中では頭一つ抜けている」
『へぇ。つまり、アンタと同じタイプ?』
「……否定はしない」
『じゃあ、頭脳戦ってことね! 燃えるじゃない!』
カウントダウンがゼロになった。
* * *
MAPがリアルタイムで動き始める。
俺は即座に自陣のユニットを展開した。前衛にWarrior二体を中央寄りの森に配置。Catを右翼の茂みに潜伏指示。GunnerとSniperは後方の高台に。ElfMageはその中間――Gunnerの射程圏内、かつ森の端ギリギリの座標に置いた。
Scarletのデッキからは、まずR・Wolfとレーザーナイト以外のユニットがMAPに展開された。レーザーナイトはまだ控えに残してある。お馴染みのSSRホーリーナイトは今回は選択していないようだ。
「ElfMageの位置が肝だ。詠唱を始めた瞬間、敵は必ず射撃で妨害しに来る。ElfMageがGunnerの弾幕圏内にいれば、近づいてくる敵射撃ユニットを牽制できる」
開始十五秒。
俺のRatが偵察に走り、霧の向こうに敵の陣形をぼんやりと映し出した。
「――なるほど。敵はElfMage一体を後方に置いて、前衛三体を中央に集中させてきた。こっちの森に一直線に突っ込んでくる気だ」
『上等! 来るなら来なさいよ!』
「待て。見ろ。敵のシミュ側が、MAPの中央通路――道のマスに地形カードを切った」
MAPの中央を走る道の上に、紫色のエフェクトが広がった。
『毒沼』。上にいるユニットにスリップダメージを与える設置型の地形カードだ。毒沼は敵味方両方に効果がある。それなのに、敵は自分の前衛が通るルートのど真ん中にそれを置いたのだ。
『え? 自分の味方にも毒入るんでしょ? バカじゃないの?』
「いや。これは――罠だ」
俺の頭の中で、敵の意図が論理的なブロックとして組み上がる。
「俺たちの前衛が迂回するように仕向けているんだ。中央を毒で封じて、こっちの進軍ルートを左右どちらかに限定させたい。そして、限定されたルートの先には――」
MAPの左翼の森の奥、霧に隠れたマスに、微かな光の粒子が揺らめいているのが見えた。ElfMageの詠唱予兆だ。
「――敵のElfMageが、左翼に『雷撃』の詠唱を仕込んでいる。十字型二マスの範囲ダメージ。俺たちが毒沼を避けて左に迂回した瞬間、詠唱が完了して一網打尽にされる寸法だ」
詠唱時間三秒。ブレイクゲージの蓄積値は一発二十ポイント。上限百に対して、これ一発で二割。しかも範囲攻撃だから複数ユニットがまとめて食らう。
ここは霧の森。索敵範囲マイナス二のデバフのせいで、俺のSniperは敵ElfMageを捕捉できていない。
「くそ……射程が足りない。Sniperの射程五マスでも、索敵マイナス二のせいで三マスしか見えない。直接的な妨害は不可能だ」
残り詠唱時間、推定一・五秒。
正面は毒沼、左は雷撃の罠、右に迂回すれば無駄な時間を食い、敵の前衛に先に接触される。
定石通りなら詰みだ。
『Zero? どっち行けばいいの!? 敵の前衛がもう森から出てきてるわよ!』
「……いっそ――正面だ」
『はぁ!? 毒沼のど真ん中!?』
「毒沼を殴り壊す」
俺はGunnerとArcherに攻撃指示を出した。標的は敵ユニットではない。中央に広がる『毒沼』そのものだ。
地形カードにはHPの概念がある。設置物として、物理的な攻撃で破壊が可能なのだ。
ダダダダダッ!
Gunnerの連射とArcherの矢が、毒沼の紫色のエフェクトに叩き込まれた。数秒の集中砲火で、HPの低い毒沼の紫霧が弾けて消滅する。
「中央ルート、再開通」
同時に、俺は自分のElfMageに火球の詠唱指示を出した。詠唱二秒。標的は、霧の向こうの見えない敵ElfMageの推定座標。
座標はC-6かB-6のどちらか。俺は一瞬の演算の末、C-6を選択した。
「Scarlet。Catを左翼のB-5に移動させろ。茂みから飛び出すことになるが、二秒だけでいい。偵察だ」
Scarletの操作でCatが茂みから姿を現した瞬間、霧の中に敵ElfMageのシルエットが浮かび上がった。座標は――C-6。俺の読み通りだ。
「詠唱完了。――着弾」
火球がC-6に着弾。敵ElfMageのHPが大きく削れ、雷撃の詠唱が強制的に中断された。
詠唱中断のペナルティとしてクールダウンが通常の倍になり、敵ElfMageはしばらく魔法を使えない状態に陥る。
「Scarlet。道が開いた。中央を突っ切れ。道のマスは移動コスト〇・七だ――三割速く動ける」
『了解っ!!』
ScarletのWarriorとWolfが中央の道を駆け抜ける。敵前衛のWarriorとWolfがそれを迎え撃つ。
近接ユニット同士が隣接した瞬間――。
ゴウン、という重低音とともに、視界がアクション画面へと切り替わった。
* * *
サイドビュー・アクションバトル。
左側にScarletの操るWarrior。右側に敵のWarriorとWolf。
上部にはブレイクゲージが表示されている。双方ともゼロ。
画面が切り替わって〇・三秒――Scarletはもう動いていた。
地上ダッシュから通常攻撃一段目。剣の横薙ぎが敵Warriorの盾を叩く。
ガキンッ!
ガードされた。だが、このゲームではガード中に被弾するとブレイクゲージが大きく蓄積する。守れば守るほど崩されるシステムだ。
敵のWolfが脇から飛び込んでくる。hit_and_runの動き――小刻みに左右に揺れて隙を突いてくる。
『っ、Wolf厄介! 速い!』
Scarletはジャンプで回避。空中から二段目を叩くが、敵Warriorの盾に弾かれる。
その時、アクション画面の右端から――ヒュンッ!
矢が飛んできた。MAPに残っている敵Archerからの援護射撃だ。着弾が迫る。
「Scarlet、右から矢!」
俺の警告より〇・一秒早く、Scarletは身を捻って回避していた。反射神経の化物。常人なら反応すら間に合わない〇・一秒の世界で、彼女はまるで弾道が見えているかのように身体を動かす。
「敵のシミュ側が、Archerの射撃をアクション画面への牽制に使っている。お前が矢を避ける動作に合わせて、WolfがComboを仕掛けてくるパターンだ」
『解説は後! 今忙しいの!』
「忙しいなら、なおさら俺の論理を聞け」
俺はMAPに視線を戻した。
アクション戦闘中、シミュレーション側はバックグラウンドで動き続けている。アクション側のプレイヤーは目の前の殴り合いに集中するしかない。だからこそ、MAPを操作する俺が「二つの戦場」を同時に管理するのだ。
俺はGunnerに射撃指示を出した。標的は、アクション画面にいる敵Warrior。
Gunnerの弾は〇・三秒の予告の後にアクション画面の端から飛来する。低威力だが、ブレイクゲージの蓄積値は一発十五ポイントと高い。
「Scarlet。今からGunnerの弾を三発入れる。予告線が走ったらWolfの方を攻撃しろ。Warriorの方は俺がGunnerの弾でブレイクゲージを削る」
Gunner第一射。アクション画面に〇・三秒の予告線が走り、弾丸が飛来する。敵Warriorが盾を構えて弾を受けた――ブレイクゲージ十五ポイント蓄積。Scarletの攻撃によるガード蓄積と加算されて合計三十前後。
その一瞬、Warriorの注意がGunnerの弾に向いた。Scarletはその極小の隙を逃さず、Wolfに肉薄した。
『はっ!』
通常攻撃一段、二段、三段――地上三段コンボ。盾のないWolfには全弾直撃する。ダメージ倍率が一・〇、一・一、一・二と上昇していく。
Gunner第二射。弾が再びWarriorに命中――ゲージ蓄積四十台。
Gunner第三射――だが今度は、敵のWolfが飛び出してきてWarriorの前に回り込んだ。弾がWolfの身体に当たって止まる。
「Wolfで弾を受けたか……。咄嗟の判断は悪くないが――」
Wolfは基礎HP五五〇。Gunnerの低威力とはいえ、三発目で体力が削れている。弾受けをした分だけWolf側のHPも着実に減る。
ここで俺は、ElfMageに詠唱を指示した。魔法は『雷撃』――詠唱三秒。
MAP上の俺のElfMageは、敵の射撃ユニットの射程外に位置している。詠唱妨害の射撃は届かない。先ほど敵のElfMageの詠唱を俺が中断させたことで、敵のシミュ側はMAP上での魔法干渉手段を完全に失っている。
つまり――この詠唱は絶対に「通る」。
三秒後。
ElfMageの雷撃がアクション画面に降り注いだ。紫電の魔法陣が敵Warriorの足元に展開され――ブレイクゲージ二十ポイント蓄積。
先ほどまでの蓄積値と合算されて――。
キィィィンッ!
画面全体が赤く明滅した。
『ブレイク! 入った!!』
BREAK発動。四秒間。敵の被ダメージが二・五倍に跳ね上がり、のけぞりが拡大、全スキルのクールダウンが即リセットされる絶対の好機。
「――Scarlet。今だ。レーザーナイトを登場させろ」
『待ってましたぁっ!!』
Scarletがキャラ切替を入力した。切替時〇・三秒の無敵フレーム。
Warriorが光に包まれて退場し――代わりに画面に飛び出した金色の装甲が、アクション画面の空気を一変させた。
SSR『レーザーナイト』。
手に握られた光の剣が、残像を引くほどの恐るべき速度で振り抜かれる。
通常攻撃一段。二段。三段――地上三段が完璧に繋がる。敵Warriorがブレイク中ののけぞりで浮き上がる。ジャンプキャンセルから空中一段、二段――5hit。
Combo Bonusの閾値を超えた。ダメージ蓄積一・五倍。
だがScarletの攻撃は止まらない。
空中からの急降下――下入力のスキル。レーザーナイトの光の剣がまばゆい軌跡を描いて叩き下ろされ、敵Warriorを無慈悲に地面に叩きつける。地面に激突した衝撃波が、背後の敵Wolfまで巻き込んだ。
ブレイク中の二・五倍ダメージ。Combo倍率。そしてSSRの圧倒的な基礎攻撃力。
『これでッ――終わりよっ!!』
ダメージ数値が派手に弾け飛ぶ。
敵のチームHPが一気に溶けていくのが、HUDのゲージでハッキリと見て取れた。
そのまま、敵ElfMageを含む敵後衛部隊もScarletの前衛が一掃し、勝負は決した!
* * *
『WINNER: Zero & Scarlet』
四戦全勝。予選Cブロック、一位通過。
本戦トーナメントへの切符が確定した瞬間だった。




