第11話 公式タッグトーナメント開幕! 深まる連携
「――公式タッグトーナメント『Nexus Cup』、予選リーグのエントリー……完了だ」
視界の端に浮かぶホログラム・ウィンドウが、緑色の承認サインに切り替わる。
ヘッドマウントディスプレイ越しの仮想空間『Game Nexus』のロビー画面。俺のアバターである漆黒の狙撃手『Zero』の隣には、腕を組んで貧乏ゆすりをしているピンクの高機動型アバター『Scarlet』が立っていた。
『あーもう、遅いわよ! 承認ボタン押すだけで何分悩んでるのよ。このままエントリー締め切られたらどうするつもりだったの!』
ボイスチャット越しに響くScarletの声は、相変わらず鼓膜に障るノイズだ。
このゲームにおける公式タッグ登録は、単なるパーティー結成以上の意味を持つ。互いの戦績データが完全にリンクされ、今後のマッチングや報酬レートが共有されるのだ。「勝率」という唯一絶対の価値基準において、この不確定要素の塊である彼女と紐づけられること。以前の俺なら、そんなハイリスクな真似は絶対に避けていただろう。
なぜ俺が、こんな暴走女と組む羽目になったのか。
理由は二つある。一つは、この『Nexus Cup』の予選を勝ち上がらなければ、プレイヤーランクの上限解放や、強力な新機能へのアクセス権が得られないというシステム上の仕様。
そしてもう一つは――これまでの野良マッチでのデータ解析の結果、皮肉なことに、俺の勝率を最も高く叩き出していたのが、このScarletと組んだ試合だったからだ。
「……言っておくが、俺はお前の『とりあえず突っ込む』という非論理的なプレイスタイルを認めたわけではない。ランダムマッチの有象無象と組んで勝率を下げるくらいなら、行動パターンが単細胞で予測しやすいお前を『手駒』として使うのが、現時点で最もマシな最適解だと判断しただけだ」
『はぁ!? アンタのアシストがなきゃ勝てないヘッポコたちと一緒にしないでよね! アタシがアンタを引っ張ってあげてるんでしょ。感謝しなさいよ!』
キャンキャンと吠える彼女に、俺は小さくため息をついた。
相変わらず論理的思考が欠如している。だが――不思議と、その無鉄砲さに以前ほどの苛立ちは感じなかった。
現実世界での、あの体育祭の一件。自分でも理解できない感情に突き動かされ、彼女(に似たプレイスタイルのクラスメイト)の怪我を庇ってしまった日から、俺の中のアルゴリズムは確実に変容していた。
『他人はノイズである』という前提が崩れ、代わりに『こいつを放っておくと自滅する。俺が手綱を握るしかない』という、謎の義務感に近いタスクが思考領域を占めるようになっていたのだ。
「……そもそも承認が遅れたのには理由がある。今朝実装された、大型アップデートのパッチノートを解析していたからだ」
『は? パッチノート? そんなの文字ばっかりで読む気しないわよ。要するに新しい武器が出たとかでしょ?』
「文字も読めない単細胞はこれだから困る。今回新たに導入された『戦術カード』システム――出撃コストを消費してフィールドの地形を改変したり、支援魔法を発生させる機能だ。これにより、ゲームのメタ(最適戦術)は根本から変わった」
これまでは前衛のアタッカーが突っ込むだけでもなんとかなる場面が多かった。だが、戦術カードが導入された今、何も考えずに突っ込めば相手の罠カードや地形変化の餌食になって一瞬で溶ける。
「だからこそ、俺が『手綱』を握る」
『手綱ぁ?』
「お前はカードのコスト計算などしなくていい。俺が盤面を設計し、お前が走るための『道』を敷く。俺の戦術と、お前の機動力。これを掛け合わせれば、理論上最強のシナジーが生まれる」
俺が静かにそう告げると、ボイスチャットの向こうでScarletが小さく息を呑む気配がした。
「いいか。この大会は、ランクマッチの有象無象とはレベルが違う。俺の計算に狂いを生じさせるような無謀な突撃は控えろ。俺の指示に従えば、必ず勝たせてやる」
『……ふーん。要するに、小難しいことは全部アンタがやってくれて、アタシはアンタの作った道を全力で走ればいいってことね?』
「言語的抽象化のレベルが低すぎるが、概ねその認識で間違いない」
『わーかってるわよ! アタシだって大会で負ける気なんてサラサラないんだから。あんたこそ、後ろでモタモタしてないで、アタシのスピードについてきなさいよね!』
フンッ、と鼻を鳴らすScarletのアバター。
相変わらず上から目線で腹立たしいが、その自信に満ちた声色は、今の俺にとって悪くない響きだった。
いがみ合い、全く噛み合わないまま、俺たちの初陣へのカウントダウンがゼロになった。
「予選第1試合、マッチングが確定した。転送が始まるぞ」
『オッケー! ぶっ飛ばしていくわよ!』
* * *
視界が光に包まれ、電子の海を抜けて戦場が構築されていく。
フィールドは『第4セクター:廃棄プラント』。無数のコンテナと錆びついた鉄骨が入り組む、立体的な市街戦マップだ。
対戦相手は、中堅ギルドに所属する『ヘビーガンナー&シールド兵』の重装甲タッグ。
開幕と同時に、相手はマップ中央の広場に陣取り、巨大なエネルギーシールドを展開した。その奥から、重機関銃の砲身がこちらを睨み据えている。
『うっわ、ガッチガチに固まってるじゃない。面倒くさ。私が右から回り込んで、シールドごと叩き斬ってやるわ!』
言うが早いか、ScarletのWarriorが飛び出そうとする。
「待て」
俺の声は冷たく短い。Scarletのアバターがピタリと止まった。
「あの砲台の射程は三マスだ。右から回り込んでも、コンテナの隙間を抜ける瞬間に弾幕で蜂の巣にされる。新システムを警戒せず正面から突っ込めば、確率にして八十七パーセントで、接敵前にHPの半分が飛ぶぞ」
『じゃあどうすんのよ!』
俺はデッキのカードスロットを開いた。
手札にある地形カード――『加速帯』。指定マスに設置し、通過するユニットの移動速度を四割上げる。
「Scarlet。座標D-3からE-4に掛けて、コンテナの影を伝って匍匐前進しろ。射線が通らないルートは確認済みだ」
『え、そんな裏道あるの? どうやって分かったのよ』
「試合開始直後にRat(偵察ユニット)を走らせて、敵のシールドの展開角度と射界をマッピングした。シールドの左下――座標E-5の方角に死角がある。だが、その死角に到達するまでの最後の二マスが開けた広場になっていて、そこで弾幕に晒される」
『だから加速帯……! あの二マスを一瞬で駆け抜けるってこと!?』
「理解が早いな。お前の反射神経に加えて移動速度が四割増しなら、あの弾幕の隙間を縫える。……理論上はな」
『理論上って何よ、不安になるわね!!』
俺はD-4のマスに加速帯を設置した。淡い青緑の光がMAPの地面に広がる。
同時に、Gunnerに射撃指示を出した。標的は――敵のシールドの「発生装置」。
シールドそのものに弾は当たらない。だがシールドを張っているユニットの本体は背後にいる。本体を直接狙えなくても、シールドの縁ギリギリを曲射で狙えば。
ダダダダダッ!
Gunnerの連射がシールドの端を掠める。一発、二発は弾かれた。だが三発目が、シールドの展開角度と本体の位置の微妙な隙間をすり抜けて、かろうじて敵シールド兵の肩に命中した。
ダメージは微々たるものだ。だが、目的はダメージではない。
「くっ、弾が入った!? 盾の角度を修正――」
敵シールド兵が盾の角度を変えた瞬間――それまで覆われていた方角に、一瞬だけ明確な隙間が生まれた。
「Scarlet。今だ。E-5の死角が広がった――加速帯に乗って突っ切れ!」
『行っくわよーーーっ!!』
彼女は閃光のようにコンテナの影から飛び出した。
加速帯の光を踏んだ瞬間、Scarletの移動速度が跳ね上がる。通常なら弾幕の餌食になる開けた広場を、彼女は残像を引くような速度で一気に駆け抜けた。
重機関銃が咆哮する。弾丸がユニットの装甲の横を次々にかすめるが――当たらない。〇・一秒の反射神経が弾道を見切り、加速帯の速度が完全な回避マージンを生み出している。
接敵。
シールドの死角から、ScarletのWarriorが敵シールド兵の懐に飛び込んだ。
近接ユニットが隣接し――視界がアクション画面へと切り替わる。
* * *
アクション画面。
左にScarletのWarrior。右に敵のシールド兵とヘビーガンナー。
シールド兵は近接も可能な重装型だが、動きは鈍い。Scarletの速度には到底追いつけない。
問題はヘビーガンナーだった。近距離でも弾幕を張ってくる上、画面の端からMAP上の敵射撃ユニットの援護射撃も飛んでくる。
「Scarlet。正面から攻めるな。シールド兵のガードの上からブレイクゲージを削れ。盾に当てた方がゲージの蓄積量は多い」
『了解!』
通常攻撃一段、二段。盾に弾かれる。だが、ブレイクゲージが確実に蓄積していく。五ポイント、十ポイント。
そこに、MAP側から俺のGunnerの弾が飛来する。〇・三秒の着弾予告――命中。敵シールド兵のブレイクゲージが十五ポイント跳ね上がる。
同時にScarletが三段目を叩き込む。さらにジャンプから空中一段。ヘビーガンナーの弾幕を飛び越えながら、攻撃の雨を途切れさせない。
敵のブレイクゲージが八十を超えた。
「あと二十だ。ElfMageの火球(支援カード)を入れる。詠唱二秒――今から二秒、生き延びろ」
『余裕!』
二秒後。俺の操作したElfMageの火球がアクション画面に飛来し、画面中央で炸裂した。
ブレイクゲージ蓄積二十ポイント――合計百到達。
キィィィンッ!
『ブレイク!! もらったぁ!!』
BREAK発動。四秒間、敵の被ダメージが二・五倍に跳ね上がる絶対の好機。
Scarletの地上三段コンボが、ガードを崩されてのけぞったシールド兵に吸い込まれるように決まっていく。一段、二段、三段――打ち上げ。空中一段、二段。5hit、Combo Bonus発動。ダメージ蓄積一・五倍。
そこに俺のGunnerの追撃弾がさらに重なり――敵のHPゲージが、まるで氷が溶けるように一瞬で消滅した。
『WINNER: Zero & Scarlet』
試合時間、わずか一分二十秒。完璧な蹂躙劇だった。
* * *
『よっしゃあああっ! 勝ったぁ!!』
Scarletがブレードを振りかざし、歓喜のボイスを上げる。
「計算通りだ。……いや、最後の踏み込みの速度は、俺の想定値を〇・二秒上回っていたな。悪くない」
『ふふん! 当然でしょ! ……でも正直、Zeroが加速帯を敷いてくれたやつ、めちゃくちゃ走りやすかった。なんか、アタシのために道が作られてる感じ?』
道を作る、か。
悪くない表現だ。
「勘違いするな。お前のために道を作ったわけじゃない。最適な進軍ルートを設計した結果、お前の機動力が最も活きる座標に加速帯を配置しただけだ」
『一言多いのよ! 素直に「お前のために敷いた」って言えばいいのに!』
素直に言えるなら、俺はこんな性格をしていない。
だが、内心では認めざるを得ない。
あの加速帯を踏んだ瞬間の――Scarletの速度。コンテナの隙間を弾丸のように駆け抜けるような残像。あれは、俺一人では絶対に生み出せない光景だった。
俺の『設計図』と、彼女の『実行力』。
二つが完璧に噛み合った瞬間の破壊力は――正直に言えば、俺自身の演算結果すら凌駕していた。
「……第二試合のマッチングが入るぞ。準備しろ」
『オッケー! 次も蹴散らしてやるわよ!』
視界の隅で、Cブロックの対戦表が更新された。
第二試合。第三試合。そして――最終戦。
予選を突破した先に何が待っているのか、この時の俺はまだ知らなかった。
ただ一つ確かなことは、この単細胞の相棒と組むことが――俺のGame Nexusの世界を、根底から塗り替えつつあるということだった。




