僕の料理を召し上がれ
カランカランッ―
山本父が先頭に立ち、山本兄の営むレストランの扉を開けた。
そこは、昼間はカフェで夜はバルになる、気軽にイタリアンを楽しめるレストランだ。
清潔感のある白壁なため店内は明るく、出入口のドア横には、大きな窓がある。
席は、厨房を見渡せるカウンターに6席、4人がけのテーブル席は5席ある。
テーブル席のうちの2つが窓際に、残りのテーブル席は、カウンター席から通路を挟んで向かい側に、壁に沿う形で、縦に配置されている。
赤いギンガムチェックのクロスが敷かれたテーブルには、小さなガラスの花瓶に、ピンクと黄色のガーベラが何本か生けてある。
決して広い店ではないが、細部まで行き届いた心遣いが、心地よい雰囲気を造り出している。
「いらっしゃいませ!奥の席、空けておいたから。」
厨房から、ダークブラウンのベレー帽を被った、背の高い男性が、元気な声で話しかけてきた。
山本の兄だ。
川野は、山本兄に挨拶したかったが、昼時の店内は席も埋まっていて忙しそうだったので、軽く会釈をして、席に向かう哲也達の後に続いた。
「どうぞ、こちらですっ!」
そう言って4人をテーブル席まで案内し、冷たい水を注いだグラスと、おしぼりを手際良くセッティングしてくれた女性。
「いつもありがとうね、彩ちゃん。」
山本母が、その女性に声を掛けた。
下の名前を呼ぶほどの親しげな様子を見ていると、どうやら只の店員さんでは無さそうだ。
「いいえ、こちらこそ!今日は優也が、特に張り切ってますので、お腹パンパンになると思いますよ。哲也も、久しぶりなんだから、沢山食べて行きなさいよっ。」
ペチッ―
そう言って彩は、哲也の額に軽くデコピンをした。
「痛っ!もう、俺達の事は後でゆっくりと。今は接客に集中して!」
額を両手で押さえ、顔をしかめた哲也が言った。
「はいはいっ。ではまた後ほど!」
そう言って彩は、哲也にニッコリと笑いかけ、接客に戻って行った。
哲也と彩の、とても仲の良さそうなやり取りに、川野はフリーズした。
川野は彩の事はもちろん、兄の優也の事も、哲也からあまり話を聞かされていなかったので、3人が具体的にどのような関係なのか、全く掴めていない。
そっと哲也に視線を送ってみるが、哲也は家族に囲まれ、すっかりまったりしている。
2人の様子を見ていた山本母が、口を開いた。
「後でちゃんと紹介するけど、厨房に入ってるのが、哲也の兄の優也です。年はね、光ちゃんと同い年かしら。それと、さっき席に案内してくれた彩ちゃんも同い年で、優也のなんというか⋯恋人だったり、友達だったり⋯。今はどっちなのかしら?私達としては、そろそろと思ってるんだけどねっ。」
向かいに座る川野に、声のボリュームを下げて耳打ちをするように、コソコソと手を添えながら話す山本母。
優也と自分が同い年という事を、今、初めて知って驚く川野。
「はいっ!こちら鯛のカルパッチョと、季節のサラダです。お母さん、私と優也は今、友達なので。」
彩は料理を提供しつつ、優也との現在の恋愛関係を否定した。
「そうなの〜?残念だわ。次のチャンスを待ってるわね。」
そう言って、山本母は悲しそうに笑った。
「優也と彩ちゃんは、高校時代からの同級生でね、ずっと仲が良くて、今もこうして店まで手伝ってくれてるのだけど⋯。うちの優也がね、少し気が多いもので。彩ちゃんに、愛想尽かされちゃったのかな⋯。」
山本父も、少し困った様に微笑んだ。
優也と彩の複雑な関係を、なんとなく理解した川野は、どんな表情を浮かべたら良いのか戸惑った。
「ねぇ、今日の主役は兄貴じゃないでしょ?せっかくの料理だから、早く乾杯して食べよう!」
今までマイペースにまったりしていた哲也が、場を仕切り出した。
既に、手元に置かれている白ワイン。
4人は、気を取り直してグラスを掲げ、乾杯をした。
「光っ、鯛好きだったよね。さっそく食べてごらん?」
いつもの様に、川野に甘い笑顔を向ける哲也。
「あっ、ありがとう。いただきます!(モグモグ)ん〜!弾力があって、新鮮で美味しい!」
そう言って、すかさず白ワインを口に含み、目を閉じて余韻を味わう川野。
「ふふふっ。そんなに美味しいですか?」
川野はビックリして、慌てて目を開けた。
そこには、厨房で腕を振るっていた優也が立っていた。
「初めまして、哲也の兄の優也です。」
その姿は、哲也と同じく整った容姿で、恐らくベレー帽に隠れている髪もウェーブが、かかっているだろう。
哲也との違いを挙げるとすれば、鼻下と顎に短い髭を蓄えている所と、声が低い所と、年相応の大人の余裕、色気を醸し出している所だ。
「初めまして!川野光です!よろしくお願いします。」
川野は席から立ち上がり、元気良く挨拶をした。
「ふふふっ、光ちゃんって言うんだ。哲也は、光ちゃんの事、ほとんど何も教えてくれなかったから。よろしくね!はいっ、これはチーズ盛り合わせとカプレーゼです。これからパスタと肉も来るから、お腹空けといてねっ!」
優也は川野にウインクをし、厨房に戻って行った。
再び、フリーズする川野。
哲也はチャラい見た目とは裏腹に、一途な純情ボーイなのだが。
どうやら兄の方は、見た目と中身が気持ち良いくらいに、一致しているらしい。
「これだから、兄貴に紹介するの嫌だったんだよっ。俺の婚約者に向かって⋯たくっ。光、身内になるからって、兄貴には愛想良くしなくて良いからね!」
哲也は口を尖らせ、不機嫌そうに言った。




