劣化コピー
哲也の兄、優也が作る料理はどれも絶品で、つい食が進んでしまい、最後のドルチェのティラミスが提供される頃には、川野はお腹が苦しくなる程、満腹になっていた。
「はぁ⋯。もう、どれも美味しくて⋯幸せです。ありがとうございます。ご馳走様でしたっ。」
両手を合わせ、お辞儀をする川野。
その姿を見て、嬉しそうに微笑む山本の両親。
「俺も久々に兄貴の料理食べたよ。ありがとう!」
両親と厨房の優也に聞こえるように、哲也が言った。
「それはそれは、光栄ですっ。」
優也は、照れた気持ちを隠すように、おどけながら胸に片手を当て、お辞儀をした。
気が付けば14:30を回っており、既にランチ営業を終えた店内には、川野達以外の客はいなくなっていた。
「彩〜、お疲れ様!昼メシ作ったから。」
優也が、まかないのトマトソースパスタを2皿持ち、厨房から出て来て、川野達の向かい側のカウンター席に腰掛けた。
「ありがとう!はぁ~、今日も疲れた。」
彩がエプロンを脱ぎながら、優也の隣に座った。
「彩ちゃん、彩ちゃんにも紹介させてね。こちら、哲也の婚約者の川野光さん。」
山本母が気を利かせ、彩に川野を紹介をしだした。
「川野光です!宜しくお願いいたします。」
その流れに乗った川野は、優也の時と同様に席から立ち上がり、丁寧に頭を下げて挨拶をした。
「初めまして!小林彩です。さっき、お母さんが言ってたの聞こえてたのだけど、私達、同い年なんだね!勝手に親近感湧いてるので、仲良くしてね!」
彩は、軽やかな笑顔で、気さくに返してくれた。
親近感⋯。
実は、川野も彩を見た時から、非常に親近感を感じていた。
今日初めて会ったのに、前から知っているような⋯。
彩に微笑み返しつつ、その理由を考える川野。
「⋯なんかさぁ、彩と光ちゃんて似てるよね。」
カウンターに片手で頬杖を付きながら、川野を眺めていた優也が言った。
自分と似ている?
川野と彩は、年は同じだが、見た目はそれほど近くない。
身長は川野より低く、髪も長いストレートでポニーテールをしている。
もっと2人の姿の違いを表現するとすれば、川野はタレ目のタヌキ顔で、彩は涼しい目元のキツネ顔だ。
「そうかな?⋯似てるかな?」
哲也が、2人をキョロキョロと見比べながら言った。
「ふふふっ、お前が分からない訳無いだろ?光ちゃんは多分、大雑把な所があって、仕事だとバリバリだけど、私生活はズボラだったりするでしょ?サッパリしてて、男より男らしい所があるとか。あと、大の酒好き!」
初対面なのに、まるで凄腕の占い師の様に、ズバズバと川野の性格を当てて行く優也。
あまりの的中率に、両手で鼻と口を覆い、恐れおののく川野。
「あっ⋯、当たってます⋯。」
山本両親の前で恥ずかしかったのだが、川野は潔く認めるしかなかった。
「ふふふっ、やっぱり!⋯これね、彩も一緒だから。だって光ちゃんと彩、雰囲気そっくりなんだもん!」
優也は、得意気に笑った。
そうだ。その親近感の正体は、見た目ではなく、彩が醸し出す雰囲気だったのだ。
自分と非常に似た雰囲気の彩。
それを理解した川野の気持ちは、急に沈んで行くのであった。
その後、賄いを食べる優也と彩を交えて少し雑談をし、ディナータイムの仕込みがあるとの事で、山本家への挨拶は無事にお開きとなった。
駅まで見送ってくれた、山本の両親とも別れを告げ、川野と山本は電車に乗り込んだ。
優也に、彩と似ていると言われてから、気持ちをなかなか切り替えられず、ずっと愛想笑いを浮かべていた川野。
当然、今もその落ち込んだ気持ちは、回復していない。
彩に対しては、気さくで爽やかな女性だと、好印象を持った。
あんな良い人を、呆れさせてしまう哲也兄の方が、クセ者なのではと思えてしまう程だ。
しかし、川野のこの沈み行く気持ちの原因は、間違いなく彩である。
電車の中で肩を並べる2人は、いつもの様に手を握ることも、一言も話すことも無く、最寄り駅まで戻って来てしまった。
「今日はお疲れ様!ありがとねっ。⋯ねぇ、哲也君。明日は自宅の整理したいから、私は今日は、あっちに帰るねっ!」
川野は改札を出てから、山本に明るく声を掛けた。
帰り道、ずっと気難しそうな顔をしていた山本だったが、川野の意外な言葉に、思わず驚いたようだ。
「そう?じゃあ⋯。」
昨夜からの喧嘩を思い出したのか、それとも川野が、優也との会話を楽しんでいた事が気に入らないのか。
素っ気なく片手を上げて挨拶をし、川野に背中を見せ、歩き出した山本。
川野は、その後ろ姿をしばらく眺め、ガッカリした顔でくるりと方向転換をし、山本の家とは反対方向の、自宅へと歩き出した。
カチャ、ガチャッ―
「ただいま〜。」
スタスタ―
ボフッ―
1週間ぶりの自宅だ。
川野は、山本の家で同棲を始めてから、仕事の合間を縫って、荷物を少しずつ彼の家へ運び出している最中だ。
細々としたものはだいたい運び終えていて、後はシーズン外の洋服や家電、ベッドなどが置いてある。
久々に、自分の布団にダイブした川野。
掛け布団をぎゅっと抱き、メイクも落としていない顔を擦り付ける。
彼女の目から、涙が浮かび上がった。
川野は、山本に腹を立てている訳では無い。
昨夜の、湯川の香水の匂いが発端で起こった喧嘩は、意地の張り合いで仲直り出来なかったが、山本の可愛いヤキモチだと知っているので、面倒臭いと思いながらもとっくに許していた。
実家への挨拶での、彼の気の利かないマイペースな姿も、末っ子ならではの特性と、愛しい年下男子というバイアスがかかっているので、それほど気にならなかった。
でも、彼に失望した事があった。
川野と彩が似ていると、優也が言い出した時、山本は一瞬とぼけてから、ずっと口を紡いでいた。
彼女が不安で落ち込む中、必死に愛想笑いをして対応しているのに、何もフォローをしてくれなかったのだ。
そしてそのまま、特に何も言わずに帰って行った。
マイペースでも人の気持ちに敏感な山本が、川野の気持ちの変化に、気付かないはずが無いのだが。
だとしたら⋯。
川野の中で、一つの疑念が浮かび上がってしまった。
「⋯⋯哲也君、彩さんの事、昔から好きだったのかな。⋯⋯だから私を好きになったのかな?⋯だとしたら、私は彩さんの劣化コピーじゃん⋯。」
挨拶を無事に終えたはずが、一番大切な、山本からの愛情に、不信感を抱いた川野。
もし山本が本当に、自分に彩の面影を重ねているのであれば、それは果たして許せる事なのだろうか?
掛け布団を抱き締めながら、涙を流す川野。
結婚という明るい未来が待っていると、勝手に思い込んでいた、昨日までの自分を殴り飛ばしたい。
いっそうの事、山本との婚約を解消して、楽になってしまおうか?
そもそも、山本をこのまま愛せる自信が無い。
彼女の心は、色々な負の感情の波が押し寄せ、苦しくなる一方であった。




