ケバケバな香水
歓迎会を無事に乗り越えた川野は、同僚達からの二次会への誘いを丁寧に断り、家路を急いだ。
カチャ、ガチャン―
「ただいま〜。」
すっかり、クタクタになっている川野。
怠そうにパンプスを脱ぎ捨て、洗面所へ手を洗いに向った。
「おかえりなさぁ〜い⋯。」
部屋の奥の方から、流れて来るTVの音と共に、眠そうな声の山本が返事をした。
スタスタ―
ドスッ―
川野はリビングに向かい、ソファーに寝転ぶスウェット姿の山本に飛び込んだ。
「うわっ!」
半分寝ていたのか、とても驚いた様子の山本。
「⋯ごめん、寝てた?」
山本に抱きつきながら、川野が尋ねた。
「ふふふっ、大丈夫だよ。思ったより早かったね。」
そう言って山本は微笑み、両腕で川野を抱き返した。
そのまま愛おしそうに彼女の頭を撫で、唇に唇を近付けた。
「⋯⋯⋯ねぇ。」
山本から笑顔が消えた。
両手で川野の腕を解き、ソファーから体を起こし、そして再び川野を抱き寄せた。
「(クンクン、クンクン)⋯⋯なんかさ、いつもと違う香りがするんだけど。⋯どういう事?」
川野に、鋭い視線を向ける山本。
「えっ?いつもと違う匂い?パンチの効いた料理は、食べてないよ?シャンプーもいつも通りだし、香水も変えてないけど⋯。」
あまりにも突拍子もない質問に、理解が追い付かない川野。
「そういうのじゃなくてさっ。(クンクン)⋯嫌な匂い!待って、嗅いだことある。誰だ?」
執拗に、川野の首筋から肩を嗅ぎまくり、首を傾げて険しい顔をする山本。
「⋯分かった!この匂いは、湯川次長だ!この独特の甘いムスク系の匂いは、強烈で覚えてる。⋯で?何で光に、湯川次長の匂いがついてるの?」
ついに、香りの原因を突き止めた山本は、川野に再び鋭い視線を向けた。
どうやら、浮気を疑っているらしい。
「湯川次長の匂い!?冗談やめてよ!席は隣だったけど、当然、何もなかったし。⋯あっ!もしかして、帰り際に肩組まれたから、その時に付いたのかな?確かに、派手な香りがプンプン匂ってたから。」
「ねぇ、何で普通に、肩組まれてるの?何でそんなの、許してるの?」
「何でって⋯。湯川次長の事、哲也君も知ってるでしょ?本社でどんな感じだったかは分からないけど、とにかく自信たっぷりで、同性にするような手荒なスキンシップと言うか、リアクションが大袈裟で⋯。でも、肩組まれても、すぐ振り払ったよ?」
「へぇ~?湯川次長は奥さんもいるし、そんな光景見たこと無いからな〜。」
「奥さんとは、1年前に別れたらしいよ。」
「えっ、そうなの?⋯⋯⋯。」
不機嫌そうに黙り込む、山本。
川野から視線を逸らし、両腕を組みながら俯いている。
散々な歓迎会をやっとの事で乗り越え、せっかく山本に癒されようと、真っ先に帰宅した川野は、思いもよらない疑惑を向けられ、悲しい気持ちになって来てしまった。
「分かりましたよっ。好きなだけ疑えば?こっちの気も知らないで。⋯風呂行って来ますっ!」
完全に拗ねてしまった川野。
だが、ここで引き下がる彼女ではない。
「あっ、そう言えば!以前、あなたを介抱させて頂いた時は、あなたのワイシャツから、どこかの誰かさんの、甘〜いパフュームの香りがプンプンしてましたよ〜?まぁ、その時は?私とはお付き合いを一旦、終了してましたので、咎める筋合いも無いですが。」
ガシャン―
山本に、そう捨てゼリフを吐いて、川野は浴室に入った。
もちろん、諸悪の根源は湯川なのだが、山本のあまりにも疑り深い姿にがっかりして、つい嫌味を言ってしまった。
永井の話題は、あまり引っ張り出して来たくなかったのだが。
明日は、山本の実家に挨拶しに行くために、コンディションを整えたかったはずの川野。
まさかここに来て、山本にメンタルを乱されるとは思ってもみなかった。
シャァァ―
浴室から出たら、どうやって山本と仲直りをしようか?
このままでは、さすがに挨拶どころではなくなってしまう。
渋い顔をしなが頭をガシガシ洗い、必死に考える川野であった。




