誰目線ですか?
湯川の、割と重大なプライベートの話題を耳にした一同。
当の本人は、離婚してから1年も経っていたので、ケロッとしている。
ビールをグイグイ飲んでは、結婚のデメリットを延々と話したり、時々、声を張り上げ“恋人募集中!”や“誰かいないか?”などと、女性社員にアピールしたり、やりたい放題だ。
周りは、どう反応して良いか分からず、湯川の機嫌を損ねない程度に相槌を打っては、提供された料理を黙々と食べていた。
「本島は、彼氏はいないのか?清楚な顔してるから、モテそうだけどな。」
酒の力で、更に勢い付いた湯川が尋ねた。
「私ですか!?⋯⋯今はいませんがっ。」
とても真面目な本島は、あまりこういう軟派なセリフを誰かに言われた事が無いので、返答に戸惑ったようだった。
返事をしたあと、湯川から少し顔を背け、ビールを飲みながら頬を赤くしている。
「そうか!イイ奴が見つかると良いな!で?佐々木は結婚してるんだよな?」
本島に聞いた割に、あっさりと佐々木へ話題を移した湯川。
てっきり口説かれると思っていた本島は、飲んでいたビールを、思わず噴き出しそうになった。
「はいっ!私は新婚で主人とラブラブなので、無理です。」
先程、湯川から詰められた人とは思えないくらい、きっぱりと返した佐々木。
思わず、湯川が笑った。
「ははははっ!佐々木の事なんて、狙ってないから安心しろよ。俺はな、若い女より、もっと大人の女が良いんだよ。こっちから願い下げだよ。はははっ!」
理想の女を、自分が選べる立場なのだという事を、信じて疑わない湯川。
その態度に、両腕を組みながら冷たい視線を向ける川野。
「なぁ、光!お前は当然、いないだろ?」
湯川は、川野から軽蔑されている事にも気付かず、そう尋ねて来た。
「私ですか?私はいますよ。大好きな彼が。」
「えっ?」
「ゴホッゴホッ!」
川野の言葉に、周囲はザワついた。
湯川の箸は止まり、山口は思わず、川野に顔を向けた。
向かいの佐々木は両手を組んで、目を輝かせて微笑み、本島は衝撃のあまり、とうとうビールでむせてしまった。
「それって!佐渡係長ですか!?」
本島が凄い形相で、川野に食って掛かってきた。
「違うっ!違います!営業部ではなく⋯」
「増岡か!!」
川野が説明しようとすると、被せるように湯川が答えた。
ムッとする川野。
「違います!人の話を聞いてください!私は、第二支社の経理部の山本君と、婚約しています!なので、湯川次長。対象外だとは思いますが、念のため。私も無理ですっ。」
話を聞こうとしない、せっかちな湯川と本島を黙らせるように、川野は負けじと早口で声を張り上げ、そう宣言した。
「山本?えっ、あの?⋯⋯お前さぁ~、何やってるんだよ!あんな年下の色男を捕まえるなんて。絶対、浮気されるぞ?」
湯川が、ため息交じりに言った。
彼は、山本とは部署は違うが、本社で何年か一緒に働いていたので、面識があった。
もちろん、同じ企画・営業部の佐渡の事も、本社では一時期、上司・部下の関係だったので知っている。
「心配ご無用です!それに、他人の大事な人を、蔑まないで下さいっ!」
いくら上司だからって、言って良い事と、悪い事がある。
湯川の否定的な言葉に、我慢せずに切り返した川野。
「いや、別に馬鹿にはしてないよ⋯⋯。でも、お前は年下より年上の方が合ってると思うけどなっ。だいたい、お前は結婚なんて向いてないよ。ガサツだし、マイペースだし。」
「余計なお世話です!結婚目前の部下を捕まえて、夢のない事言って、何が面白いんですか?」
「でもな、光⋯。結婚は人生の墓場だって言うだろ?俺も散々、痛い目に遭ったし⋯。」
モゴモゴと、歯切れが悪くなる湯川。
「川野課長〜、おめでとうございます!」
この変な空気を読まずに、祝福する佐々木。
「山本かぁ⋯⋯。この半年の間に、姉さんが、まさか婚約して帰って来るなんて⋯。」
頭をもたげ、目頭を少し押さえる山口。
「あのっ、川野課長、佐渡係長は元気ですか?」
川野の相手が佐渡ではないと知り、コロッと柔和な態度を取る本島。
「佐渡君は、とても元気にしてますよっ。」
川野は、サラッとそう言って流した。
佐渡が、自身に最後まで想いを寄せていた事、彼が同じ部署のギャルに、最近アプローチされている事など、本島に話したら大変、面倒なことになるので、川野はそれ以上、言わなかった。
「そろそろ、お開きにしましょうか。」
腕時計に目を落とし、幹事の山口が言った。
終わった。
何とか終わって、本当に良かった〜!
川野は約2時間の、この地獄の様な歓迎会を乗り切った事に、心から安堵した。
「二次会は自由参加なので、参加する人は駅前のカラオケ屋に移動して下さ〜い!」
二次会の幹事も、兼任する山口。
彼は、こういう仕切りが非常に上手で、穏やかな性格なので、幹事を頼まれると断れない質なのだ。
湯川からの解放の時間となり、そそくさと席を立つ佐々木と本島。
「皆さん今日はありがとうございました!今後とも宜しくお願いいたします。では、お先に失礼します。お疲れ様です!」
川野も、周りに会釈をしながら挨拶をすると、荷物を持ち、その場を去ろうとした。
その時。
ガッ!ドスッ―
「痛っ!」
非常に重たいものが、川野の肩をホールドした。
湯川のムキムキに鍛え上げられた、腕だった。
無理矢理、再び席に座らされた川野。
「何するんですか!?」
「光っ!!俺は、お前の結婚を認めないぞっ!」
酒に飲まれて、呂律が回っていない湯川。
以前は酒が入っても、この様な醜態を見せることは無かったのだが。
「誰目線ですか?はぁ⋯。湯川次長の許可なんて、どうだって良いですっ!お疲れ様です!おりゃぁぁー!」
川野も負けじと腕に力を込め、湯川の重たい腕を引き剥がし、勇ましく立ち上がった。
振り返ると、湯川の顔は赤く瞼がすでに閉じており、今にも寝てしまいそうだ。
「もうっ!何やってるんだかね〜。川野ちゃん、あとは任せて!⋯⋯ほらっ!湯川君、店を出るよ!」
離れたテーブルにいた木村さんが見兼ねて、助けに来てくれた。
山口君も、木村さんと一緒に、湯川の介抱をしようとしてくれている。
「ありがとうございます!すみませんっ。」
川野は2人に一礼をして、店を後にした。




