白い光
(ん⋯眩しい⋯)
ゆっくりと目を開けると、そこは沢山の光に包まれた、真っ白な世界だった。
川野は、驚きと不安の中で必死に目を凝らしたが、あまりにも明るくて眩しいため、周りがよく見えない。
唯一目の前に、誰かが立っているのが分かるくらいだ。
「ソレデハ、チカイノKissヲドウゾ。」
聞き慣れない、落ち着いた男性の声が響き渡った。
その言葉を合図に、パイプオルガンの音色が心地良く流れ出し、目の前の人物が川野の視界を広げて行く。
黙って固まり、されるがままの川野。
そこは、真っ白なチャペルだった。
(こっ、これは!結婚式!!)
彼女は、自身のフワフワな腰回りを軽く撫で、白いウェディングドレスを着ていることを理解した。
そして、目をじろりと動かし、辺りを見渡した。
きっと、あの焦げ茶色の重厚な扉から入り、赤いバージンロードを歩いて、祭壇の前まで上がって来たのだろう。
眼鏡を掛けた、穏やかで優しい顔をした牧師の背後には、大きくて立派な十字架。
その周りには窓がいくつかあり、外から日の光が差し込んでいる。
川野の顔を覆っていた柔らかな白いベールを、両手で丁寧に頭上まで上げて、微笑みかける男。
白いタキシードに身を包み、甘い表情を浮かべるその姿は、溜め息が出るほど美しい。
(哲也君⋯)
いつも以上に麗しい彼を目にした川野は、思わず恍惚な表情を浮かべた。
「光、綺麗だよっ。幸せになろうね。」
そう言って、超絶ハンサムな顔を近づけて来る山本に、頬を赤らめながらも、そっと目を閉じて答える川野。
その時だった。
バンッ!―
「ちょっと待ったー!!」
焦げ茶色の扉を勢い良く開け、“ストップ!”と片手の平をこちら側に向けながら、一人の男が駆け込んで来た。
長めの前髪をセンターからふわっと分け、銀色のタキシードに身を包み、片手には赤いバラの花束を持っている。
「⋯佐渡君!?」
こんなドラマみたいな事が起こるのか?
山本との、誓いのキスどころでは無くなってしまった。
佐渡は、赤いバージンロードをズカズカと進み、川野の前で跪いた。
「川野さん、いえ、光さん!やっぱり僕は、あなたを諦めきれません!僕と結婚して下さいっ!!」
彼は、力強く愛の言葉を告げて、50本はあるであろう、大きなバラの花束をバサッと差し出した。
「そ、そんな⋯。」
川野が、佐渡のド直球なプロポーズに戸惑っていると、次は黒いタキシード姿の男が、カツッ、カツッとゆっくり靴音を鳴らし、会場の端から歩いて来た。
「やれやれ、酷い結婚式だな。しかし光、お前は真実の愛を分かっていない。本命はここにいるだろ?」
その男は、テッカテカに黒髪を塗り固めてオールバックにし、ツーブロックを際立たせた湯川だった。
佐渡と同じく、川野の前で立ち止まり、悩ましげな顔をして少し格好をつけている。
(オイオイ⋯何であんたまで出てくるんだ⋯もう、滅茶苦茶!!)
晴れ舞台を盛大に乱され、今にも泣きそうな、情けない顔をする川野。
「湯川次長!私とあなたは以前からも、そしてこれからも、そういう関係にはならないので!!」
佐渡のプロポーズには、返す言葉に詰まったくせに、湯川には容赦なくNO!を突きつける川野。
しかし、怯まない湯川。
「違う、違う!お前は、全然分かっていない。お前を幸せにしてくれるのは、山本でも、佐渡でもない!!」
湯川の、迫力のある低い声がチャペル中に響き渡った。
そして彼は、脇に抱えていた物を川野に押し付けた。
「お前を幸せにしてくれるのは、これだろ?誓え、ここで永遠の愛を誓えー!!」
川野が、湯川の圧力に負けて受け取ったものは、束になった膨大な書類と、自身のノートパソコンだった。
「はははっ!そうだ!お前は仕事と結婚すれば良いんだ!」
仕事道具を渡し切った湯川は、白い歯を見せながら豪快に笑った。
「光と結婚するのは、俺だろ?」
「いいえ光さん、まだ間に合います。僕と結婚しましょう。」
「光!!お前には、仕事一筋が一番お似合いなんだよ!」
「光⋯」
「光さん⋯」
「光⋯」
「あぁぁぁ〜!!!」
ガバッ!!―
チュン、チュン―
川野が飛び起きて辺りを見渡すと、そこはいつものリビングの、ソファーの上であった。
寝間着代わりのTシャツの首元が、ぐっしょりと汗ばんでいる。
「光⋯大丈夫?」
「川野さん、おはようございます。随分とうなされてましたね⋯。」
ローテーブルの向かい側でちょこんと座り、心配そうに彼女を眺めている山本と佐渡。
「どっち!?」
川野の頭の中は、まだ混乱している。
結婚式を無事に挙げられたのか、それとも⋯。
彼女はそれっきり黙り込んで、男前な顔で腕を組み出した。
「ふふふっ、悪い夢でも見たんだね。高い所の夢?それとも、上司に怒られる夢かな?」
川野の険しい表情に、思わず吹き出す山本。
「書類を抱いて寝るなんて、川野さんはよっぽど仕事が好きなんですね。」
山本の隣で、ニヤニヤと笑う佐渡。
そうだ、自分の結婚式なんて、まだ会場も日程も決まっていないはずだ。
きっと、佐渡が家に泊まるというイレギュラーな出来事があったから、こんな夢を見てしまったのだろう。
川野は、2人の笑う姿を見て安堵し、ようやく落ち着きを取り戻した。
「おはようございますっ。」
そう言って彼女は、スタスタとベランダの方に向かい、カーテンとバッと開けた。
今日は快晴だ。
(夢で良かったー!!)
窓を開け、爽やかな外の風を部屋に招き入れた川野は、空を見上げながら、気持ち良さそうに両腕を伸ばした。
「私は、支度が済んだら一足先に出るので、朝ごはんは哲也君と食べて行ってね!哲也君、いつもすみませんが宜しくお願いします。」
「はいはいっ。恵介は、温かい手料理に飢えてそうだから、俺が美味しい朝飯を作ってやるよ☆」
「チッ!世話になっててあれだが、お前は一言余計なんだよ!」
素直じゃない2人の、仲良いやり取りに、川野はクスクスっと笑うのであった。




