良き仕事仲間
「哲也君〜!佐渡君が上がったら、先にお風呂入っちゃってね〜!さてとっ⋯。」
片付けを一通り終えた川野は、ソファーに腰を掛け、おもむろにパソコンを開き出した。
カチカチッ、カチカチッ―
猫背になりながらマウスを動かし、画面に集中する川野。
カチカチッ、カチカチッ―
「先にお風呂頂いて、すみませんでした⋯。」
そのうちに、佐渡が風呂から上がって来た。
山本に貸してもらった、少しブカブカの白いTシャツと黒いハーフパンツを履き、フェイスタオルを肩に掛けている。
「お帰りなさーい。ふふっ、なんかTシャツ姿が新鮮!そうだ、ドライヤーと歯ブラシねっ。」
川野はニッコリと笑って、腰を上げようとした。
「いえっ、山本が全部用意してくれましたので。⋯⋯ところで、持ち残ですか?」
佐渡は、濡れた髪を気にも留めず、そっと川野の横に腰掛けた。
「そうなのよ〜。最近、外回りが多くてさぁ。明日も打ち合わせで遠方まで行くから、なかなかパソコン開けなくて〜。」
川野は大げさに困った顔をして、おどけた。
「なかなか大変そうですね。何か僕に出来ることがあれば良いのですが⋯。」
「いえいえっ。幸い、私は仕事好き人間なので。あっでも、せっかくだから⋯。これなんだけどさっ。」
何かを思い付いた川野は、佐渡にも見える様に、パソコンの画面を向けた。
「この備品をレンタルしなきゃいけないんだけど、予算の関係で値段を抑えなきゃいけなくて。サイトで色々と探してるんだけど、どこも似たり寄ったりで、お安めな所が見つからず⋯。」
「あぁ⋯これですね。ちょっと失礼します。」
佐渡はそう言うと、パソコンを自分の方に引き寄せ、マウスとキーボードを素早く動かし出した。
カチカチッ、ササッ―
「こちらの会社はどうですか?うちではよく使わせてもらってるんですけど、お値段も良心的ですよ。」
「えっ、凄い!けっこう私、検索しまくってたんだけど、ここには辿り着かなかったわ。この値段なら、行けそう!後は予約出来るかだねっ。教えてくれて、ありがと〜!」
「え、へぇ⋯それほどでも。」
川野の困り事をあっさり解決して、彼女から心底喜ばれた佐渡は、濡れた長めの前髪を片耳にそっと掛けた。
「当日のレンタル予約も出来そうだ。本当にありがとう!これはね、恵梨ちゃ⋯あっ⋯。本島さんと一緒にやってる企画で使うんだっ。」
気が緩むとすぐデリカシーが無くなる川野は、つい本島の名前を口走ってしまった。
「そうなんですね⋯。」
それまで穏やかだった、佐渡の顔が曇った。
「佐渡君、ごめんっ。でも、この際聞いちゃおうかな⋯。佐渡君は本島さんの事、どう思ってたの?その、事が起きる前までの話ねっ。」
気まずくなってしまったら仕方が無い。
川野はこの際、気になっていた事を聞いてみた。
「⋯⋯。」
口を開こうか迷っているのか、困ったように眉間に皺を寄せて、川野を見つめる佐渡。
彼に負けじと、眉間に皺を寄せて見つめ返す川野。
沈黙の時が過ぎる。
「はぁっ⋯。」
ついに根負けした佐渡が、観念したように溜め息をついた。
「⋯僕は、本島さんの事を信頼していました。性格も真面目で、一緒に仕事をしていても、居心地が悪いと感じた事はありませんでした。」
「⋯そっか。」
「でも、それは人としての好感を持っていただけで、異性として意識した事はなかったです。現に、あちらからアプローチされた事もありませんでしたし。彼女の気持ちにも、全く気づきませんでした。だからあの朝、彼女の部屋で目覚めた時は、何が起こったか全く分かりませんでした⋯。」
本島との事を思い出し、佐渡は思わず、真っ赤になった顔を両手で覆った。
「ごめんごめん!思い出させてごめんねっ。」
川野は悪い事をしたと思い、佐渡に必死に謝った。
「いえ、まだ言いたい事があります。僕が好きになったのは川野さんだけです!本島さんと浮気しようと思って、食事しに行った訳では無いんです!せめてそこだけは、誤解されたままだと悲しいので⋯。」
両手で顔を覆ったまま俯き、泣きそうな佐渡。
「分かった!分かったから!ありがとう。ごめんね!」
いつも冷静な佐渡だが、きっと酒が入ったせいで、感情の起伏が激しくなっているのだろう⋯。
彼の背中をポンポンと軽く叩きながら、川野はひたすら慰めた。
「そろそろ、良いかな?」
ドスの効いた声に、慌てて川野が振り返ると、灯りの消えた対面式キッチンから、湯上がりの山本が腕組をして、こちらをじっと見ていた。
「えへへ⋯。哲也君、お帰り〜。」
苦笑いで誤魔化す川野。
一体、彼はいつからそこにいたのだろうか?
ガタイが良い上に、薄暗い所にいるのも相まって、山本の立ち姿はいつもより迫力がある。
「ほらっ恵介、泣いてないで寝支度しろよっ。」
山本はスタスタと早足でリビングに入って来て、俯いた佐渡の脇を両手で抱えて、洗面所へ運んで行った。
川野は、山本の機嫌を気にしつつ、その隙に寝室から自身の毛布と枕をソファーまで持って来た。
「さて、恵介。今日は俺の抱き枕になってもらおうか!俺が寝ている間に、お前が光の所へ行かないよう、ガッチリとホールドしてやるからなっ。」
悪そうな顔をして、寝支度を終えた佐渡の肩にゆっくりと腕を回す山本。
「俺がソファーでも良いのに。その⋯なんか、普段から川野さんが使ってるベッドで寝るなんて、ちょっと⋯心臓が持たない。」
先程とは別の意味で、顔を赤く染め出す佐渡。
山本は、その姿を横目でじろりと見てフンッ!と笑った。
「勘違いするなよ、恵介?光は仕事三昧で、最近はベッドで寝ることは無いんだよ。だから例え良い匂いがしても、それは柔軟剤か俺の匂いだ☆はははっ!」
そう言って山本は、嫌がる佐渡を豪快に抱え上げ、ベッドへと消えて行った。
「深夜なので、お静かにねぇ〜。お休みなさーい。」
山本が佐渡を連れてきた時は、どうなるかと思ったが、とりあえず無事に一日を終える事が出来そうで良かった。
川野はホッと一息つき、再びパソコンへ向かうのだった。




