余計な一言
酒が強い者ばかりだったため、仕事の話はそこそこに、焼酎の飲み比べをして感想を言い合ったり、好きな酒のツマミ話で大変盛り上がった。
そんな中、1人怠そうな顔をしている佐渡。
「佐渡君、これどうぞっ。」
隣に座る川野が、さりげなく頼んでおいた烏龍茶を、そっと彼の目の前に置いた。
「すみません、ありがとうございます⋯。」
佐渡は、川野に会えたのがよっぽど嬉しかったのか、普段は飲めないお酒を、だいぶ飲み進めていた。
その光景を、横目で見ていた増岡が口を開いた。
「川野〜。佐渡はね、お前がいなくなってから、より一層頑張ってくれてるんだよ。俺と一緒に、あの堀田のおっさんを撃退してくれたし。だから、お前からも褒めてやって。」
「そっか⋯。あの人、大変だったでしょ?よく本社へ送り込めたね。さすが、頭脳派の佐渡君だよ!うふふっ。」
堀田と言えば、この場にいる全員がその存在に苦しめられた経験がある程、悪名高い男だ。
湯川も当然、堀田とそりが合わなかったため、衝突するのが日常茶飯時だった。
「いえ、僕は彼の日頃の行いを、本社に綿密に報告していただけなので。」
佐渡はそう言って、少し乱れた長めの前髪をかきあげた。
「おいおい佐渡、随分と飲んだんじゃないか!?大丈夫か?」
彼から一番席が離れている湯川でも分かる程、佐渡の顔は赤くなっている。
「えぇ、大丈夫です。これでも、ちゃんとセーブしてますから。」
佐渡は、トロンとした目を指でキュッキュッと擦った。
「皆も結構、飲んだね〜。マジで美味しかった〜。佐渡、良い店探してくれてありがとうなっ。では、そろそろお開きにしますかっ。」
そう言って増岡は、腕時計に目を落とした。
「川野さん、ちょっと⋯。」
宴会が終わりそうな中、本島がコソコソと川野に声を掛けて来た。
「はいっ⋯。」
彼女が何か言いたげな様子なのを察して、川野は早々に席を立ち、本島に付いてくるように目で誘った。
そして、2人でお手洗いに行くふりをして、ひとけのない廊下の隅の方で立ち止まった。
「恵梨ちゃん、どうした?」
「私⋯⋯、あの時の真相を、佐渡さんに言ってしまおうと思います。」
あまりにも思い切った言葉に、川野は驚いた。
「えっ!?恵梨ちゃん、それは⋯やめたほうが良い。今言ったところで、きっと佐渡君も困るだろうし⋯。」
「いえ、私は伝えたいと思います。ずっと彼に謝りたかったんです。例えそれで、佐渡さんから完全に嫌われたとしても。⋯懺悔したいと思います。」
川野の忠告を聞かない本島。
「そんなっ⋯。」
本島はきっと次の恋に進むために、佐渡への想いにけじめをつけたいのだろう。
しかし彼の気持ちを考えると、真相を打ち明けたところで、今更何になるのだろうか?
川野の心配を余所に、本島は店を出たタイミングを狙って、佐渡を呼び止めた。
皆から少し離れた所に連れ出し、佐渡に深々と頭を下げている。
そのうちに、佐渡が1人戻って来て、本島はその場で両手で顔を覆った。
2人の事情は、川野以外は当然知らなかったが、周りもさすがに、本島の様子がおかしいことに気付いた。
慌てて、本島に駆け寄る山口。
よく見ると、彼女は涙を流している。
川野も、本島を慰めに行くべきか迷ったが、佐渡の気持ちを考えると、その場を動けなかった。
「すみませ〜ん!本島さんは僕が送りますので、ご心配なく。お疲れ様で〜す!」
そう言って山口は、本島の肩をそっと抱えて、皆に背中を向けて歩き出した。
「おいおい⋯。一体、どうなってるんだよ⋯。」
可愛い部下に囲まれて美味い酒が飲めて、非常に上機嫌だった湯川だったが、本島の泣き顔を見て戸惑い出した。
同じく、事情がよく分かっていない増岡は、夜空を見上げながら、この事について必死に推理をしようとしている。
「すみませんっ。私もお酒がだいぶ回っているので、これで失礼しますっ。」
佐渡は軽く会釈をし、足早にその場を離れて行った。
更に混乱する湯川と増岡。
「⋯ん?恵梨の本命は、佐渡なのか?」
「あぁ、なるほど⋯。でも、うちにいた頃はそんな感じはしなかったですが⋯。」
「佐渡は光が好きで、本島は佐渡が好きで⋯。ん?三角関係か!?」
「いえ、山本を入れると四角関係ですかね⋯。えっ?でも、本島さんは湯川次長に気がありそうな様子でしたが。」
「そうだよな?俺もそうかなと思ったけど⋯。でも今、山口が恵梨を送るって⋯。五角関係?六角関係?」
酔っ払い2人の推理は、だいぶ的を得てきたのだが、川野はそれに付き合っているどころではない。
「もうっ⋯。すみませんっ!湯川次長、増岡、今日はありがとうございました!お先に失礼しますっ!」
佐渡をそのままにするのは、あまりにも酷なので、川野は迷った挙句、とりあえず追いかけることにした。
「おっ、おう!川野、後は任せたぞ!⋯任せて良いのか?う〜ん⋯。」
「増岡、事情は良く分からないが、きっと光が何とかしてくれるだろう。まぁ、もう1軒行こうぜっ。俺の離婚話も聞いてくれよ〜。」
増岡は、川野の心配をしかけたが、湯川に肩を組まれ、夜の街に消えて行った。
「ハァッ⋯、ハァッ⋯、佐渡君!待って!」
信号待ちをしていた佐渡に、やっと追い付いた川野。
酔っ払った状態で、結構な距離を走って来たので、さすがに息が上がってしまっている。
「川野さん⋯。」
佐渡に、切なげな目を向けられた瞬間、川野の心臓はギュッと苦しくなった。
彼の気持ちを慰める事は出来ないのに、なぜ追いかけて来てしまったのか。
「川野さんの帰る方向は、あっちですよ。」
佐渡は、そんな彼女を突き放すように、そう言った。
「でも⋯。」
川野は言葉に詰まった。
「⋯⋯川野さんも、本島さんから聞いたんですね。はぁ⋯⋯。チクショウッ。」
佐渡は憤った様子で、クシャクシャッと頭を掻いた。
何も言えず、その様子をただ黙って見守る川野。
「⋯今更打ち明けられても、許せる訳ないでしょっ。あんな事になって、自分に非があったからだと必死に気持ちを整理して、あなたへの想いを断たなくてはと、随分と苦しんで⋯。自業自得の失恋のままだったら、どれ程良かったか。⋯僕は本島さんを、恨むことはしませんが、きっと一生、許せないと思います。」
そう言って佐渡は、今にも涙が零れそうな瞳で、川野を見つめた。
「⋯⋯⋯あの時、初めてのデートの時、川野さんを帰さなければ良かった。自分の想いに正直に従って、理性なんか失って、あなたを奪ってしまえば良かった。⋯それだけが悔やまれます。」
返す言葉が一つも見つからない川野。
こういう時どうすれば、彼の気持ちが少しでも癒えるのだろうか。
「ごめんなさいっ⋯。」
川野はつい、ポツリと呟いた。
「はぁ⋯ッ、すみません⋯。困らせるつもりはなかったんです。川野さんのせいじゃありませんので、お気になさらず。今日は会えて、本当に嬉しかったです。本当に、本当に⋯。僕は、大丈夫です。あなたは大切な友達の、大切な婚約者ですから。今更、好きだとか言いませんから。」
そう言って佐渡は、親指で軽く目尻を拭いながら微笑んだ。
その背後には、いつか2人で眺めた東京タワーが、ビルの狭間からオレンジ色に煌々と光って見えた。




