揚げ物は、揚げたてが一番
川野は、課長としての初日を何とか終えた。
残業はあったが、今日は比較的早く、仕事を切り上げる事が出来た。
横浜駅でJRから赤い電車に乗り換え、吊り革に掴まる川野。
外は暗く、車窓に反射し、写し出された彼女の顔は、とてもやつれていた。
最寄り駅に着き、川野はスーパーに寄って、夕飯の材料の買い出しをした。
今日は、山本の方が残業で帰りが遅いようで、川野が料理に腕を振るう予定だ。
「よしっ、始めますかっ!」
さっそく家に帰り、支度をする川野。
今日のメニューは、片手で数えられるくらいの彼女の得意料理の中の1つ、唐揚げだ。
料理酒と醤油と、おろし生姜&ニンニクで鶏肉を漬け込み、その間に、付け合わせのサラダと、大根とわかめの味噌汁を作っていく。
生姜とニンニクはすり下ろさない。チューブから出す。
出汁なんて取らない。だしの素パラッパラッで十分だ。
ドレッシング作り?市販で美味しいものは沢山ある。
川野は、食品メーカーの企業努力の賜物を駆使し、どんどんと調理を進めて行く。
「⋯!!ごはん炊くの忘れてた!」
慌てて、米を研ぎ出す川野。
山本からの帰宅連絡はまだなので、早炊きすれば間に合うか?
ピーッ―
「よしっ!後は何とかなるでしょ。」
炊飯器のスイッチを押して、次に川野は、唐揚げを揚げる準備をし出した。
カチャッ、ガチャッ―
「ただいまぁ〜。」
ちょうど唐揚げが揚がった頃に、山本が帰って来た。
「哲也君、お帰りなさ〜い!会いたかった〜!」
その愛しい姿を見て、川野は思わず彼に飛びついた。
「ふふふっ、何〜?光、相当疲れたの?」
川野は、仕事で疲れた時、山本に思い切りハグをして癒やしてもらう。
そのため山本は、川野が抱き付く力のレベルで、疲れ度合いが分かるまでになっていた。
「うん。色々あった⋯。でも何より、哲也君に会いたかったんだよ〜。はぁ⋯、落ち着く匂い。癒されるわ⋯。」
山本の背中に腕を回し、ワイシャツに顔を埋める川野。
至福のひと時だ。
「ふふっ、お疲れ様。俺も会いたかった⋯⋯。ねぇ、光、いい匂いするね!今日は何作ってくれたの?」
「えへへっ、今日は唐揚げです!」
「イェーイ☆光の唐揚げ大好き!」
食卓に用意された、山盛りの唐揚げとハイボール。
サラダと味噌汁も添えてあるが、ご飯はまだ炊けていない。
「乾杯!いただきまーす(グビグビ)⋯はぁっ。(サク、モグモグ)ん〜!揚げたて、美味し過ぎるんだけどっ。」
「美味しい?良かったー!では、私も(グビグビグビグビ)⋯ふぁぁ〜、喉が一気に開いたわ!(サク、モグモグ)うまっ!揚げ物最高。」
「俺、唐揚げは光より、上手くなる自信無いなっ。ねぇ、これからもずっと、作ってね。」
「うん、もちろん!哲也君の美味しい料理も、まだまだ沢山食べさせてねっ。」
相変わらず、ラブラブな2人。
山本は、自分の方が料理が上手いことを鼻にかけず、川野の料理を毎回ベタ褒めしてくれる。
その優しさに、川野はいつも癒されている。
彼女は、褒められて伸びるタイプなので、今は片手で収まるくらいの料理のレパートリーも、山本の褒め上手のお陰で、すぐ増えて行くであろう。
「ねぇ、光。⋯⋯今週末、歓迎会の次の日だけど、本当に大丈夫?」
ふと、山本が川野に尋ねた。
「うん。⋯⋯めちゃくちゃ緊張すると思うけど、失礼の無いように頑張るからね!歓迎会も、ちゃんと1次会で切り上げてくるし、飲み過ぎないようにするからっ!」
川野はそう意気込んで、唐揚げを頬張った。
実は、今週末は山本の実家に、挨拶に行く予定だ。
職場の環境も変わり、落ち着く暇もない川野だが、山本との結婚の道は、順調に進んでいる。
川野の実家には、プロポーズの後すぐ、2人で挨拶に行った。
川野の家族は、両親と3つ年下の妹がいる。
容姿端麗の山本を見て、なぜこんな美青年が、どんな理由で光を嫁に貰いに来たのか?と不思議そうにしていた家族であったが、彼のふとした微笑みを見て、川野家全員トロけてしまった。
その笑みは、当然可愛らしいものであったが、その顔を向けた先に光がいた事で、周りの家族は、彼は心から彼女を愛しているのだと、確信したのだった。
その後、酒はいける口の山本は、酒豪の川野父と意気投合し、深夜まで飲み明かした。
すっかり気に入られた彼は、川野家全員の心を奪い、見事に結婚の許可を貰ったのだった。
次は、川野の番だ。
山本の家族と、ちゃんと良い関係を作れるよう、頑張るしかない。




