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川野課長の憂鬱〜ブルーでライトな横浜凱旋〜  作者: 桃山あんづ


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3/5

下の名前で呼ばないで

「おっはようございまぁす!」


すっかり静まり返っていた事務所に、元気な声が響き渡った。

パワフルな木村さんが出勤して来た。


木村さんは、48歳の女性パート社員で、川野の入社当初から横浜支社に勤務している。


元々、横浜支社の正社員だったが、出産を機に、一度会社を辞めていた。

それでも万年、人手不足の営業部を気にかけてくれて、残業が少ないパートならという事で、ここへ戻って来てくれたのだ。


その姿はふくよかで、ヘナで染め上げた赤茶色の長い髪を一まとめにし、頭の上でお団子にしている。


よく周りが見えていて、面倒見の良い女性なので、川野にとって木村さんは、頼れるお姉さんであり、懐の深いお母さんの様な存在だ。


仕事内容は、東京第二支社の藤田さんと同じく、電話対応や書類の作成のサポートなどを行なっている。



「川野ちゃ〜ん!やっと戻って来たのね!嬉しぃ〜!」



事務所に入って早々、川野に駆け寄り、思いっ切りハグをする木村さん。



「木村さん、おはようございます!私も、嬉しいです。」



彼女の腕力の強さに、少し苦しそうにしながらも、歓迎されて照れくさそうに笑う川野。



「木村さん!俺の事、忘れてない?」



川野の隣の席で、湯川が不服そうな顔をしている。

自分には目もくれず、木村さんが川野に飛びついたのが気に入らないようだ。



「あらっ、ごめんなさいね!湯川君〜、次長なんて凄いじゃない!頼りになるわね〜。これから、宜しくお願いしますね!」



彼の自己顕示欲を満たすように、うまく持ち上げる木村さん。

元先輩の木村さんからの言葉に、思わず鼻の穴が膨らむ湯川。嬉しそうだ。



それから、続々と出社して来る同僚達。


半年間、横浜を離れていた川野の事は言わずもがな。


湯川の事も、半数以上の社員は知っているので、窓辺の席の周りは、2人を懐かしむ声と、歓迎の言葉で溢れ返った。





全体朝礼で自己紹介を終え、さっそく仕事がスタートした。



「ミカちゃん、ちょっとごめんねっ。ここの金額がズレてるかも。」



川野が、苗字が上野改め佐々木になったミカに、声を掛けた。

見積書に認印を押す際、ミスを発見したようだ。



「あっ!すみません⋯。すぐ修正しますね!」



「そんなに急がなくて大丈夫!午前中に直してもらえれば、良いからっ。」

 


以前、佐々木を泣かせてパワハラ騒動にまで発展してしまった川野は、当人同士で和解したとはいえ、彼女に少し気を遣っている。



「ありがとうございます!助かります。」



佐々木の方は川野ほど、あまり気にしていないようだ。



「ンッ!ンッ!」



そんなやり取りをしていると、佐々木の隣の席の本島が、大きい咳払いをした。



「川野課長、気になったので言っておきますね。部下とはいえ、職場の人を下の名前で呼ぶのはどうかと思いますよ?おまけに、さん付けではなく、ちゃん付けなんて。」



言い掛かりとも取れる本島の言葉に、川野は唖然とした。



「あっ、でも、前からそう呼んでいたので。」



思わずそのまま、言い返してしまった川野。

本島の口がへの字に歪んだ。



「川野課長。今の時代、下の名前呼びはハラスメントにもなりかねない事案ですよ!管理職になったのなら尚更、考えをアップデートして下さいっ!」



鬼の首を取ったかのように、ヒステリックな声を響かせる本島。

周りはドン引きしている。



「佐々木さん!貴方はどうなの!?下の名前で呼ばれて、本当は嫌なのでは無いの?」



まるで親身になったような態度で、佐々木に同意を求める本島。


その様子を見て、面倒臭そうに渋い顔をしている川野。



「えっ?あっ、私は、どちらでも大丈夫です⋯。」



威圧感に押されながら、佐々木は尻すぼみに答えた。




ガチャッ―


スタスタ―


「なぁ、光っ!お前、どっちの企画やりたい?」



会議室から戻って来た、今までの状況を全く知らない湯川が、通りすがりに声を掛けた。



「課長〜、職場の人間を下の名前で呼ぶのは、辞めた方が良いみたいですよ〜。今時、ハラスメントらしいですよ〜?」



川野は本島にも聞こえるように、嫌味ったらしく言った。


先ほどまでの威勢の良さが、すっかり消えて黙り込む本島。


本島は、湯川が川野を下の名前で呼び捨ててるとは、まるで知らなかったのだ。



「はぁ?課長になったとたん、いっちょ前にそんな口利きやがって。俺は川野より、光の方が呼びやすいんだよっ!嫌なら、人事部にも何にでも、勝手に相談しろっ。めんどくせぇな。」



なぜか川野が怒られ、この件は終わりを迎えた。



納得がいかず、両腕を組みながら細い目をして、本島を見つめる川野。


よっぽど、元ネタを湯川にバラしてやろうかと思ったが、初日からドンパチやってしまうと場を乱してしまう。



「はぁ⋯。」



小さな溜息を付き、仕事を仕切り直す、川野であった。





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