苦手な上司と苦手な部下
カツッ、カツッ、カツッ―
「ふぅ~っ。」
横浜支社、企画・営業部のドアの前立った川野は、そっと深呼吸をした。
ガチャッ―
「おはようございます!」
「おはよう。ようっ!光、久しぶりだな。」
川野がドアを開けると、早朝の事務所にポツンと1人、ブラインドから日差しが差し込む窓に背を向け、デスクに着いた男が返事をした。湯川次長だ。
湯川 透 40歳
川野と増岡が横浜支社に入社した当時、彼は2人の教育係として指導をしていた。
体育会系のノリで容赦ない湯川に、川野は耐え切れず、数え切れないくらい涙を流したが、お陰様で随分と鍛え抜かれた。
彼の姿は身長170cmくらい、短髪のツーブロック、整えられた濃い黒眉に鋭い眼光、キチッとプレスされたワイシャツの下には、ジムで鍛え抜かれた筋肉が窮屈そうにしている。
清潔感の中にも、ワイルドさが漂う。
川野は湯川を尊敬はしているが、見た目も性格も隙を見せないタイプの彼が、正直、苦手だ。
湯川は、だいぶ前に横浜支社から本社へ異動し、それっきりだったが、今回、川野が課長になるとの事で、横浜支社の統括部長との間に、新たに次長の席が設けられ、彼が任命された。
東京第二支社はサポート役も含め、本社と連携して行う仕事も少なくないが、横浜支社は、第二支社より本社とのやり取りが少なく、ほぼ独立状態だ。
そのため、まだ若い川野が課長として、しっかり場を回せるようになるため、管理職の教育係を兼ねて湯川がここに戻って来たのだ。
「湯川次長、ご無沙汰しております!」
緊張気味に、川野は挨拶をした。
「だいぶ大人になったな!とうとう光も課長か〜。あんだけピーピー泣いてた姿しか知らないから、何だか不思議だよ。増岡も元気なのか?」
デスクに肘を付き、両手の指を絡ませながら、湯川はじっと川野を見ている。
至って普通の事を聞かれているのだが、低く通る声と鋭い視線が相まって、威圧感が半端ない。
「はいっ!増岡も元気にしています。第二支社の課長として、一生懸命頑張っています!」
湯川に釣られて、勇ましい顔つきで声を張り上げる川野。
新人時代から染み付いた、条件反射だ。
「はははっ!それは良かった!今日からよろしくなっ!」
湯川は、豪快に笑った。
「失礼します!」
川野の新しい席は、この湯川の席の隣だ。
事務所全体が見渡せるように、窓辺に背を向ける形で、彼の席と並列している。
川野と湯川の前には通路を挟んで6人席の島が、2つある。3席ずつ向かい合う6人席だ。
湯川に一番近い席には主任が座り、川野に一番近い席には、東京第二支社で一悶着あった本島係長が座っているようだ。
「おはようございます⋯。」
何とも気まずそうに、本島が出勤して来た。
「おはようございますっ!今日から宜しくお願いします!」
今まで湯川と話していたせいで、そのままの勢いで立ち上がり、声を張り上げ、本島に元気良く挨拶してしまった川野。
本島は少し驚いた後、軽く会釈をし、それ以上、川野を視界に入れないように、顔を背けながら、自分の席に着いた。
どうやら、引かれてしまったようだ。
無難に対応したい相手の時に限って、こう、チグハグになってしまうのは何でなのだろうか?
川野は椅子に座り、恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆った。
苦手な上司の湯川と、自分の事をあまり快く思っていない、部下の本島。
この2人に囲まれ、この先、上手くやっていけるのかと、さっそく不安になる川野であった。




