感情が迷子です
華の金曜日
湯川の思い付きで、これから飲み会が開かれる。
川野は気が乗らなかったが、増岡もとても楽しみにしている様子だったので、言われた通りに本島と山口を誘って来た。
山口はともかく、本島があっさりOKするとは思わなかった。
佐渡と再会するのが、気不味くはないのだろうか⋯。
まぁ、本人が行くというのだから、これ以上心配しても仕方ない。
横浜支社組の最後尾で、自分にそう言い聞かせながら、川野は両頬をパンパンッと叩き、店へと足を踏み入れた。
「お疲れ様でーす!」
店員に案内をされて、奥の方へ進むと、そこには既に増岡と佐渡が席に着いていた。
増岡がニコニコと片手を振り、こちらに挨拶をした。
「おうっ!お疲れ〜。佐渡〜!久し振りだなぁ。何だか顔付きが大人になったな〜。はははっ!」
湯川が嬉しそうに、佐渡に声を掛けた。
「湯川次長、ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです。さぁ、こちらへどうぞっ。」
佐渡は立ち上がり、湯川に上座の方へ座る様、案内した。
「本島さんも、お久しぶりです。よろしければ、湯川次長の隣へ。⋯山口君は、僕の事覚えてますか?今日は色々と意見交換が出来れば嬉しいです。よろしくお願いします。」
意外にも佐渡は、本島に普通に声を掛けた。
あの、辛辣で嘘が付けない佐渡が、これほど穏やかでいるとは。
本島は、彼に無視をされるのも覚悟していたようで、何だか拍子抜けしている様だ。
佐渡は、さりげなく山口を本島の隣に座らせ、姿勢を正し、落ち着かない様子でサワサワと両手をこすり合わせた。
「はぁ⋯川野さん⋯。とても会いたかったです。こちらへどうぞっ。」
「佐渡君、久し振り!元気そうで良かった。」
川野は懐かしい彼の顔を見て、嬉しそうにニッコリと笑った。
嘘が付けない佐渡は、照れたように前髪をサッとかき上げ、川野を増岡の横に座らせ、その隣にちゃっかりと着席した。
「なんか、雰囲気が良い店だな〜。」
湯川が、周りを見渡しながら言った。
「俺も思いました。実は今日は、佐渡が店を探してくれたんですよ。なんでも、焼酎がたくさん置いてあるようで、海鮮や焼き物が美味しいらしいです。」
増岡が、声を弾ませた。
先日、川野が気まぐれで言った言葉を、ちゃんと覚えていた佐渡は、彼女に喜んでもらえるように、必死になって良い感じの店を探したのだ。
さすが営業マンの鑑、佐渡。
こういう事に関しては、彼の右に出る者はいない。
川野は、そんな忠実な佐渡に、一言お礼を言いたかったのだが、今この席でそんな言葉を発すれば、何かが勃発しそうなので、あえて黙った。
「すごいなっ。こんなに種類があったら、光は潰れるまで飲みそうだな。明日は休みだから、いっそのこと飲み明かすか?はははっ!。」
湯川はメニュー表を眺めながら、川野をからかって笑った。
「いやっ、それは駄目ですよ〜。コイツのフィアンセが“くれぐれも、飲ませ過ぎないで下さいよっ!”って、口酸っぱく言ってたんで。遅くなると、俺達が怒られますから。なっ?佐渡。」
増岡がニヤニヤしながら、佐渡に視線をやった。
山本は、この飲み会の話を川野から聞いた時“ふ〜ん、楽しんで来てね”などと、余裕をかましていたのだが、実際はやはり気が気でないようだ。
「チッ!久々に会えたのだから、ゆっくり、じっくりと飲みたいものですよ、全く。だいたいアイツは、独占欲が強過ぎるんです。川野さんが横浜に異動になってから、一度も飲み会に呼んでくれないし。川野さんは皆のものなのに。ケチですよ、ケチッ!」
山本の顔を思い浮かべながら、眉間に皺を寄せて悪態をつく佐渡。
その姿に苦笑いをしつつ、佐渡の舌打ちが何だか懐かしくて、少し嬉しい川野。
「はははっ!相変わらず佐渡は、品が良いのか悪いのか、分からねぇ男だなっ!さて、そろそろ始めるぞ。皆、生で良いか〜?佐渡はグラスビールで⋯。恵梨〜、恵梨はビールで良いのか?」
「えっ?は、はい⋯。」
本島に、メニュー表を見せる湯川。
佐渡の、どストレートな川野光愛を目の当たりにし、どこか悔しそうな顔をしていた本島だったが、隣の湯川に体を傾けられ、一気に頬を赤らめた。
「本島さんは、ビール好きですよね?いつも結構、飲んでますもんね。」
彼女の反対隣の山口がそう言って、ニッコリと笑った。
まだ、乾杯すらしていないのに、本島の感情がすでに迷子になっている。
至って真面目な彼女にとって、こういう些細な異性の仕草や気遣いは、非常に刺激が強いのであった。




