本社会議
盆踊り大会の打ち合わせを終え、帰りの車で本島から、みっちりと運転指導を受けた川野。
それは、とても細かく厳しいものだったが、お陰様で苦手な車線変更と本線への合流に、自信がついたようだった。
いよいよ今日は湯川を乗せて、本社まで運転をする。
「光〜、頼むぞ〜。俺は助手席で指導してやるから。」
「はいっ!よろしくお願いします。」
川野は、運転免許を持って10年以上経つのだが、昨日からまるで教習所に通い直している気分だ。
湯川の威圧感に緊張しながら、エンジンをかけた。
横浜支社から本社までは、高速道路を使えば1時間もかからないのだが、道のりは結構複雑だ。
それでも、湯川の警戒をよそに、意外とスムーズなハンドル捌きをする川野。
「へぇ~。だいぶ上達したなっ!新人の頃は半べそかきながら、高速に乗ってたもんな。はははっ!よ〜し、よしよし、その調子だ。」
渋滞にもハマらず、スイスイと高速道路を走れるため、湯川の機嫌が良くなってきた。
「それなら良かったです。昨日、本島教官が丁寧にコツを教えてくれたので。」
前方に集中しつつ、川野はニコリと笑った。
「ほう、恵梨に!お前達は、どうしてそんなに仲良くなったんだ?つい最近まで、あんなにギスギスしてたのに。」
湯川は、自分の事は棚に上げて、尋ねて来た。
「何でしょうね〜。湯川次長の荒療治の成果ですかね?うふふっ。最初は上手く行く気が全くしませんでしたが⋯。恵梨ちゃんはやっぱり、係長になるだけの実力がありますよね。笑うと可愛らしいですし。普段はツンツンしてますが、放っておけないタイプです。」
「本島が笑う?本島が笑うのか?あまり見たこと無いな⋯。」
両腕を組み、首を傾げる湯川。
彼はGW企画の時に散々、本島と言い合いバトルを繰り広げ、彼女の怒り泣く姿が、頭の中に強烈に残っていた。
体育会系で、上下の関係を重視する湯川だが、本島には正直、ビビっているのだ。
「目尻を下げて、口角がきゅっと上がって⋯可愛いですよ〜?普段は、静かでキリッとしてますが。湯川次長も、頑張って恵梨ちゃんを笑わせてみせて下さいよっ。」
川野は本島のためにも、湯川にジャブを打っておいた。
「そうかそうか!俺も見てみたいものだなぁ。あっ、お前、そろそろ出口だぞ!左へ行け!左だ!」
「はいっ!」
こうして川野は、湯川の機嫌を損ねる事なく、なんとか本社まで辿り着いた。
“恵梨ちゃんのお陰で、無事に本社に着いたよ!ありがとう。”
川野は、本島にこっそりメールを入れ、本社へ足を踏み入れた。
三笠企画の本社は社員数が多いため、横浜支社や東京第二支社とは違い、雑居ビルの一角ではなく、4階建てのビルを丸々と所有している。
1階はロビーと庶務課、その奥に倉庫があり、2階には総務課・経理課がある。
3階は営業1課・営業2課、そして4階には広々とした食堂(休憩スペース)と社長室に加え、会議室が数室ある。
エレベーターに乗り込む川野と湯川。
「⋯私、本社の雰囲気、すっごく苦手なんです。」
2人きりにもかかわらず、川野は声を潜めて湯川に告げた。
「あぁ、それは分かる気がするな。俺も、本社にいた時は、窮屈だったし。空気が重いんだよな〜。」
「そうですよね。営業の人間も沢山いて、競い合ってますからね。切磋琢磨ではなく、足の引っ張り合いって感じで⋯。」
「だよな〜。おっと、もう着くから悪口はこれまでだ。」
湯川は片手をサッと出し、川野の口元を軽く塞いだ。
「んぐっ、すみませんっ。」
川野は、甘い香水を漂わす、湯川の手を丁寧に離し、気合を入れる為に、両手で拳を握りしめた。
トントンッ、ガチャッ―
「失礼します!」
川野が元気良く会議室に入ると、定刻までまだ時間があるためか、人は疎らで、随分と静まり返っていた。
その、数少ない人の中でポツリと椅子に座り、こちらへ向けて白い歯を見せる男がいた。
「よっ!川野。」
東京第二支社の増岡であった。
彼の支社は、営業部長が本社と兼任のため、1人でここまで来たようだ。
「増岡〜!」
川野にとって非常に仲の良い、会社に残っている唯一の同期。
再会に、思わず顔がほころんでしまう。
本社会議ははっきり言って、上から長時間ネチネチと売上に文句をつけられ、詰められるという大変、憂鬱な内容なのだが、こういう嬉しい事もあるから、何とか頑張れる。
「おう!相変わらず、元気そうだなっ。」
湯川が増岡のサラサラな髪を、クシャクシャッと撫で回した。
彼も、教え子である増岡の顔を見れて、嬉しそうだ。
「へへっ、湯川次長、ご無沙汰してます。」
「第二支社の方は、順調に行ってるか?」
「はいっ!お陰様で新規の依頼も増えて来てます。」
「そうか!お前はまだ若いのに、立ち上げから良く頑張ってるよな。よしよし、偉いぞ〜!」
「ありがとうございます。」
湯川に褒められ、増岡が照れ臭そうにしている。
上に部長がいるとはいえ、彼は東京第二支社の企画・営業部の実質的な責任者だ。
そのため、ダイレクトに褒められる機会があまり無い。
尊敬している師匠から褒められたら、尚のこと嬉しいだろう。
「横浜支社の方はどうですか?」
増岡が湯川に尋ねた。
「うちはなぁ、川野課長、どうだ?」
湯川は、敢えてそのまま川野へ話を投げた。
「うちはね⋯。今日も、矢面に立たされると思う⋯。」
川野の顔が曇り出した。
彼女が左遷されている間、横浜支社で独裁状態だった堀田がろくに働かず、営業力が下がってしまい、売上目標をクリア出来ていなかった。
そして、企画は何ヶ月も前から取り組むものが多く、途中で突発の仕事を数件入れても、その下半期の影響を拭えないでいたのだ。
4月から、栄転して戻って来たばかりの川野と湯川だが、サラリーマンである以上、今日は怒られなくてはならない。
「本当になっ、酷いものだよ。堀田のおっさんは、もうこっちにいるんだよな?庶務課だっけ?今からここへ呼んで来て、代わりに矢面に立たせたいくらいだよ。」
当たり前だが、湯川も上から怒られるのは好きではない。
顔を歪めて、憎たらしい堀田を思い浮かべている。
「まぁ⋯頑張りますっ。」
川野は、憂鬱そうな表情で力無く微笑んだ。




