モーニングティー
6月に入った。
川野は、本島との仕事に加え、清涼飲料水の試飲会や、部下の取り組んでいる企画の進捗確認などで、相変わらず忙しくしている。
「恵梨ちゃん、おはよう!早速だけど、ちょっと良い?」
「おはようございます。そんなに急いで、何ですか?」
「これね、レンタルの櫓なんだけど、2段式のより、1段式を提案したらどうかなと。その方が、価格も抑えられるし、設置も早く出来るし、何よりご高齢の方が登り降りするのに、負担が少ないかなと思って。」
「ふん⋯そうですね。あくまで提案ということで。次の打ち合わせで確認しましょう。」
「次の打ち合わせはね、自治会の方々がみんな集まるから、とーっても賑やかになると思うよ!覚悟しといてね☆」
「そうなんですね、頑張ります⋯。」
恵梨とは、本島の下の名前である。
川野は、本島と外回りをしてから、一方的に馴れ馴れしくする様になった。
勝手に下の名前で呼び、勝手に彼女の事をツンデレ女子と思い込んで接している。
以前、本島から“馴れ馴れしくて、ヘラヘラしている所が嫌いだ”と、はっきり言われたのだが、そんな事はお構いなしだ。
最初は、下の名前で呼ばれるのを鬱陶しいと嫌がっていた本島だったが、最近はどうだろうか?
恵梨と呼ばれても、特に口を歪ませる事なく、至って普通に返事をする。
慣れとは、恐ろしいものだ。
そして、特別仲良くなった訳ではないが、生活や仕事に支障がない程度の、会話は出来るようになって来た。
両肘をデスクに付き、指を絡ませながら、2人の様子をじっと眺めていた湯川。
話に区切りが着いたタイミングで、ゆっくりと拍手をし、椅子から勢い良く立ち上がった。
パチッ、パチッ、パチッ―
「2人とも素晴らしい!お前達の関係をひどく心配していたが、ここまで改善されて何よりだな。よしっ!モーニングコーヒー奢ってやるから、ついて来い。」
湯川は機嫌良く、ニコニコとしながら颯爽と事務所を出て行った。
「⋯課長、あれは行かなくては駄目ですか?」
「うん⋯。湯川次長を、放置する訳には行かないからね。奢ってくれるって言うし、とりあえず行こうっ。」
本当は、始業の前にメールチェックや、雑務を進めたかったのだが、2人は仕方なく湯川に続いた。
休憩室に入ると、湯川は既に冷たい缶コーヒーを2つ買っていた。
「さてっ、恵梨は何が良いかな?」
当たり前の様に、本島を下の名前で呼び捨てにする湯川。
「あっ、えっ⋯。」
いきなりの事で、戸惑う本島。
「恵梨ちゃん、コーヒじゃなくても良いからね。」
実は、コーヒをあまり飲まない本島を気に掛け、隣にいた川野がそっと耳打ちをした。
「じゃあ、ミルクティーでお願いします⋯。」
湯川から、初めて下の名前で呼ばれて、初めて自分の好きな飲み物を聞かれた本島は、何だか浮ついている。
「よしよし。ほらっ、ミルクティーなっ。」
そう言って湯川は、本島に冷たいミルクティーを差し出した。
会釈しながら、慣れない手つきで受け取る本島。
「じゃあ、俺は煙草吸ってくるからっ。」
そう言ってニコッと笑い、湯川は喫煙室に入って行った。
休憩室のブラインド越しの、朝日に照らされる川野と本島。
「⋯⋯湯川次長って、良く分からないです。」
本島が、両手に握りしめたミルクティーを見つめながら、ポツリと呟いた。
「次長は気分屋だからね〜。厳しくて、威圧感が半端ない時もあれば、こうして気を遣ってくれたりね。恵梨ちゃんは、厳しい時と優しい時、どっちの次長が好き?」
川野は何気なく尋ねた。
「べっ、別に!私は好きではありませんからっ!」
頬を赤く染め、本島は必死に否定をした。
「そっか⋯。分かったよ。」
何かが始まってしまった様な予感がした川野は、本島に微笑んだ後、ブラインドの隙間に指を入れて開き、眩しそうな険しい顔で、外を眺めた。




