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川野課長の憂鬱〜ブルーでライトな横浜凱旋〜  作者: 桃山あんづ


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33/49

理解させて下さい

翌日


川野は本島と、先方との初打ち合わせをしに行くために、電車に乗り込んだ。

社用車で出向いた方が早いのだが“川野課長の運転は信用出来ない”や“私は免許は持ってますが、電車の方が時間が読みやすいので”などと、本島に言い負かされて、仕方なく電車を利用する事になった。


また、事前打ち合わせも出来ないまま、今に至る。



会社の最寄りのJR駅から横浜駅まで向かい、そこから特急電車に乗り換え、西湘エリアへ一気に向かう。

そこからローカル線に乗り換え、目的地近くの駅に降り立ってからは、更にタクシーで20分かけて、計2時間。

やっと現地に到着だ。


長かった⋯。本当に長かった⋯。

こういう場合、普段ならバディを組んだ相手と、仕事の話や他愛のない話をしたり、車窓から見える景色を楽しんだりするのだが、本島は一言も口を利いてくれなかった。

仕事の話すら出来ないのなら、現地集合の方がマシであった。


(エライぞっ!よく頑張った。ここまで、よく頑張った!)


川野は、本島の想像以上に釣れない態度に、何度も挫けそうになりながらも、耐え抜いた自分を心の中で褒めちぎった。




タクシーを降りた2人。

目の前には青空の下、のどかな景色が広がっていた。


近くには中流の清らかな川が流れていて、緑に包まれた土手が川に沿ってずっと続いている。

浅瀬では、水の中に足を踏み入れ、釣りを楽しんでいる人が何人かいる。


平野になっている部分が多く、見晴らしがとても良い。

遠くには雄大な山々が連なり、白い雪帽子が溶けかかった富士山も、はっきりと見ることが出来る。


「あそこねっ。あそこの自治会館で打ち合わせするから。」


川辺の通りから、山沿いの細い坂道を指差す川野。


「えっ、あそこを登るんですか?結構、険しいですね⋯。」


少し戸惑う本島。

それもそのはず。本島は今まで東京本社、第二支社で働いていたのだが、あちらではこの様な山間部での案件は、舞い込んで来る事が無かったのだ。


大抵の仕事は、都内のイベント企画や記念品のデザイン、ライトアップなどの事業であった。


横浜支社の仕事は、それに加えてローカルイベントの案件も多い。

本島は、横浜支社へ来てから初めて、こういうローカルイベントに取り組むのだ。


息を弾ませながら、やっとの思いで自治会館まで辿り着いた2人。


砂利の敷かれた敷地に入り、会館の入口の引き戸を開けた。


「こんにちはー!すみませ〜ん!三笠企画の川野でーす!」


川野は慣れた様子で、館内に声を響かせた。

すると、長廊下にひょこっと、高齢の女性が顔を出した。


「川野さーん?まぁ〜!遠い所から、わざわざありがとう御座いますね〜。どうぞどうぞ!お上がり下さいませ。」


「土屋さ〜ん!お元気そうで何よりです。お邪魔しまーす。」


土屋さんに案内されて、川野と本島は自治会館の大部屋に通された。


「失礼いたします。鈴木さん、こんにちは〜!ご無沙汰しております〜。」


「おぉっ!川野さん、よく来てくれたね!」


部屋の中には、今回の案件の依頼主である、自治会長の鈴木さんが座布団の上に座っていた。


広々とした木目の床の中心に、木彫りの立派なローテーブルが置かれていて、2人は鈴木さんの向かい側に腰を下ろした。



元々この盆踊り大会は、自治会を中心に、地域の人がボランティアで運営して来た。

しかし、過疎化が進み、祭りを手伝う人もどんどん減ってしまったため、数年前から三笠企画にお声がかかるようになったのだ。


川野は既に2回、このイベントを取り仕切った経験がある。


早速、話を始める川野。


「今年も、盆踊り大会を開催されるという事で、私共にお声を掛けて下さり、誠にありがとうございます。この度担当させて頂くのは私、川野と、こちらの本島となります。」


そう言って川野は、本島の方に目線を向けた。


「初めまして、本島と申します。この度は、ご縁があって、一緒に携わる事が出来るのを、大変嬉しく思っております。どうぞよろしくお願いいたします。」


本島は、丁寧な挨拶をしてニコッと微笑んだ。


「そうですか〜。いやぁ~、若いお嬢さん2人がやってくれるなんて、何だか、カッコええな〜!楽しみにしてますよ。」


鈴木さんは、クシャッと満面の笑みを浮かべだ。


「鈴木さんたらっ!今の時代はねぇ、若いお嬢さんとか気安く言っちゃいけねんだからねっ。どうも、すみませんね〜。」


丸いお盆に、お茶を乗せて来た土屋さんが、鈴木さんを容赦なく叱った。


「そっか!そりゃどうも、すみませんでした〜。」


タジタジになり、困ったように笑う鈴木さん。


「いえいえ、大丈夫ですよ!褒め言葉として受け取ってますから。」


本島が再びニコッと笑った。


川野は、今までこうして柔らかく笑う、彼女の姿を見たことが無かった。

普段のイメージでは“女を舐めているのか!?”と、口を歪ませそうな感じだが、その意外な表情に思わず、こちらまで笑みがこぼれてしまう。


「川野課長、何笑ってるんですかっ。本題に入って下さい。」


「は、はい!では、依頼内容の確認と、当日の大まかなスケジュールの確認をいたしますねっ。」


本島に急かされ、川野は焦りながら打ち合わせを始めた。


今回の具体的な依頼はこうだ。

・川辺の公園の敷地に、盆踊りの櫓を組むこと。

・お祭りの屋台の募集をかけて、手配すること。

・チラシやSNSで、イベントの告知をすること。

・当日の誘導、案内係をすること。


フィナーレの花火は、会場になる公園とは対岸の川辺で打ち上げるのだが、こちらは自治会の方で長年付き合いのある、花火師が行う事が決まっている。



「かしこまりました!後は、予算をもう少し抑えられる様に、検討いたしますね。次回の打ち合わせまでに、見積もり書をご準備いたしますので、よろしくお願いいたします。」



「ありがとう。今年も、無事に開催出来れば嬉しいよなぁ。皆に喜んでもらいたいからね〜。よろしくお願いします。」



本島を連れての初打ち合わせ、どんな雰囲気で進むのかと、川野は内心不安でいたのだが、和やかなムードの中、細やかに話し合えた。


鈴木さんと土屋さんに別れを告げ、坂を下った先の川辺でタクシーを待つ2人。



「初打ち合わせは、どうでしたか?私は、良かったと思いますが。」


川野が、本島に尋ねた。


「そうですね⋯。こういう、地元密着のイベントに取り組むのは初めてなのですが、私的には言いたいこと言えました。」


「そっか、良かった。」


微笑みを向ける川野に、口元を歪める本島。


「川野課長は、慣れてるから良いですよねっ。あまり慣れすぎても、アイディアがマンネリ化しちゃうんじゃないんですか?」


この人は、どうしても毒を吐かないと駄目な人なのか?


「それはあるかも知れないけど⋯。でもさ、そうならないために、うちの会社はバディを固定しないじゃない?ほとんど毎回違う相棒⋯。相棒が違えば、一から創り上げるのは大変だけど、その分新鮮で、新しい事が生まれやすくなるし。だから本島さん、これも経験だと思って、力合わせて頑張ろうねっ!」


川野の怯まない態度に、本島はつい、顔を背けた。


川野は、本島の性格はともかく、彼女の営業としての柔軟さを知り、それだけでも嬉しかった。

今だけは、どれだけ毒突かれても大丈夫な気がする。

笑顔でいられる。


今だけは。





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