理解させて下さい
翌日
川野は本島と、先方との初打ち合わせをしに行くために、電車に乗り込んだ。
社用車で出向いた方が早いのだが“川野課長の運転は信用出来ない”や“私は免許は持ってますが、電車の方が時間が読みやすいので”などと、本島に言い負かされて、仕方なく電車を利用する事になった。
また、事前打ち合わせも出来ないまま、今に至る。
会社の最寄りのJR駅から横浜駅まで向かい、そこから特急電車に乗り換え、西湘エリアへ一気に向かう。
そこからローカル線に乗り換え、目的地近くの駅に降り立ってからは、更にタクシーで20分かけて、計2時間。
やっと現地に到着だ。
長かった⋯。本当に長かった⋯。
こういう場合、普段ならバディを組んだ相手と、仕事の話や他愛のない話をしたり、車窓から見える景色を楽しんだりするのだが、本島は一言も口を利いてくれなかった。
仕事の話すら出来ないのなら、現地集合の方がマシであった。
(エライぞっ!よく頑張った。ここまで、よく頑張った!)
川野は、本島の想像以上に釣れない態度に、何度も挫けそうになりながらも、耐え抜いた自分を心の中で褒めちぎった。
タクシーを降りた2人。
目の前には青空の下、のどかな景色が広がっていた。
近くには中流の清らかな川が流れていて、緑に包まれた土手が川に沿ってずっと続いている。
浅瀬では、水の中に足を踏み入れ、釣りを楽しんでいる人が何人かいる。
平野になっている部分が多く、見晴らしがとても良い。
遠くには雄大な山々が連なり、白い雪帽子が溶けかかった富士山も、はっきりと見ることが出来る。
「あそこねっ。あそこの自治会館で打ち合わせするから。」
川辺の通りから、山沿いの細い坂道を指差す川野。
「えっ、あそこを登るんですか?結構、険しいですね⋯。」
少し戸惑う本島。
それもそのはず。本島は今まで東京本社、第二支社で働いていたのだが、あちらではこの様な山間部での案件は、舞い込んで来る事が無かったのだ。
大抵の仕事は、都内のイベント企画や記念品のデザイン、ライトアップなどの事業であった。
横浜支社の仕事は、それに加えてローカルイベントの案件も多い。
本島は、横浜支社へ来てから初めて、こういうローカルイベントに取り組むのだ。
息を弾ませながら、やっとの思いで自治会館まで辿り着いた2人。
砂利の敷かれた敷地に入り、会館の入口の引き戸を開けた。
「こんにちはー!すみませ〜ん!三笠企画の川野でーす!」
川野は慣れた様子で、館内に声を響かせた。
すると、長廊下にひょこっと、高齢の女性が顔を出した。
「川野さーん?まぁ〜!遠い所から、わざわざありがとう御座いますね〜。どうぞどうぞ!お上がり下さいませ。」
「土屋さ〜ん!お元気そうで何よりです。お邪魔しまーす。」
土屋さんに案内されて、川野と本島は自治会館の大部屋に通された。
「失礼いたします。鈴木さん、こんにちは〜!ご無沙汰しております〜。」
「おぉっ!川野さん、よく来てくれたね!」
部屋の中には、今回の案件の依頼主である、自治会長の鈴木さんが座布団の上に座っていた。
広々とした木目の床の中心に、木彫りの立派なローテーブルが置かれていて、2人は鈴木さんの向かい側に腰を下ろした。
元々この盆踊り大会は、自治会を中心に、地域の人がボランティアで運営して来た。
しかし、過疎化が進み、祭りを手伝う人もどんどん減ってしまったため、数年前から三笠企画にお声がかかるようになったのだ。
川野は既に2回、このイベントを取り仕切った経験がある。
早速、話を始める川野。
「今年も、盆踊り大会を開催されるという事で、私共にお声を掛けて下さり、誠にありがとうございます。この度担当させて頂くのは私、川野と、こちらの本島となります。」
そう言って川野は、本島の方に目線を向けた。
「初めまして、本島と申します。この度は、ご縁があって、一緒に携わる事が出来るのを、大変嬉しく思っております。どうぞよろしくお願いいたします。」
本島は、丁寧な挨拶をしてニコッと微笑んだ。
「そうですか〜。いやぁ~、若いお嬢さん2人がやってくれるなんて、何だか、カッコええな〜!楽しみにしてますよ。」
鈴木さんは、クシャッと満面の笑みを浮かべだ。
「鈴木さんたらっ!今の時代はねぇ、若いお嬢さんとか気安く言っちゃいけねんだからねっ。どうも、すみませんね〜。」
丸いお盆に、お茶を乗せて来た土屋さんが、鈴木さんを容赦なく叱った。
「そっか!そりゃどうも、すみませんでした〜。」
タジタジになり、困ったように笑う鈴木さん。
「いえいえ、大丈夫ですよ!褒め言葉として受け取ってますから。」
本島が再びニコッと笑った。
川野は、今までこうして柔らかく笑う、彼女の姿を見たことが無かった。
普段のイメージでは“女を舐めているのか!?”と、口を歪ませそうな感じだが、その意外な表情に思わず、こちらまで笑みがこぼれてしまう。
「川野課長、何笑ってるんですかっ。本題に入って下さい。」
「は、はい!では、依頼内容の確認と、当日の大まかなスケジュールの確認をいたしますねっ。」
本島に急かされ、川野は焦りながら打ち合わせを始めた。
今回の具体的な依頼はこうだ。
・川辺の公園の敷地に、盆踊りの櫓を組むこと。
・お祭りの屋台の募集をかけて、手配すること。
・チラシやSNSで、イベントの告知をすること。
・当日の誘導、案内係をすること。
フィナーレの花火は、会場になる公園とは対岸の川辺で打ち上げるのだが、こちらは自治会の方で長年付き合いのある、花火師が行う事が決まっている。
「かしこまりました!後は、予算をもう少し抑えられる様に、検討いたしますね。次回の打ち合わせまでに、見積もり書をご準備いたしますので、よろしくお願いいたします。」
「ありがとう。今年も、無事に開催出来れば嬉しいよなぁ。皆に喜んでもらいたいからね〜。よろしくお願いします。」
本島を連れての初打ち合わせ、どんな雰囲気で進むのかと、川野は内心不安でいたのだが、和やかなムードの中、細やかに話し合えた。
鈴木さんと土屋さんに別れを告げ、坂を下った先の川辺でタクシーを待つ2人。
「初打ち合わせは、どうでしたか?私は、良かったと思いますが。」
川野が、本島に尋ねた。
「そうですね⋯。こういう、地元密着のイベントに取り組むのは初めてなのですが、私的には言いたいこと言えました。」
「そっか、良かった。」
微笑みを向ける川野に、口元を歪める本島。
「川野課長は、慣れてるから良いですよねっ。あまり慣れすぎても、アイディアがマンネリ化しちゃうんじゃないんですか?」
この人は、どうしても毒を吐かないと駄目な人なのか?
「それはあるかも知れないけど⋯。でもさ、そうならないために、うちの会社はバディを固定しないじゃない?ほとんど毎回違う相棒⋯。相棒が違えば、一から創り上げるのは大変だけど、その分新鮮で、新しい事が生まれやすくなるし。だから本島さん、これも経験だと思って、力合わせて頑張ろうねっ!」
川野の怯まない態度に、本島はつい、顔を背けた。
川野は、本島の性格はともかく、彼女の営業としての柔軟さを知り、それだけでも嬉しかった。
今だけは、どれだけ毒突かれても大丈夫な気がする。
笑顔でいられる。
今だけは。




