周りの評判
5月末
「本島さん、事前に打ち合わせをしたいんですけど、今日こそは時間くれませんか?」
「あぁ、これから別件で外回りがあるので無理です。」
「えっ?スケジュールに、外回りの予定入ってたっけ⋯。じゃあ、明日の午前中はどうですか?」
「明日の午前中は、見積書を作らなきゃいけないので、無理です。」
「でも、明日の午後から、先方との初打ち合わせですよ?私と本島さんの考えを、すり合わせておいた方がスムーズだと思うんだけど⋯。10分だけでも時間くれませんか?」
「無理なものは、無理なので。そんなに気になるんでしたら、私の考えを箇条書きにして、あとでメールで送りますので。川野課長の考えも、こちらに送って下さい。」
「⋯いや、メール打つ時間あるんだったら、話した方が早いだろっ。」
「何か言いました?」
「いえっ、了解しました⋯。」
「では、時間がないので。」
そう言い放ち、彼女はそそくさと事務所を出て行った。
部下で年下の本島に、ぞんざいに扱われる川野。
これからこの2人で、盆踊り大会の案件に取り組むのだが、本島は川野とバディになった事を、未だに納得行かない様子で、最近はずっとこの調子だ。
「ふぅ~っ。」
眉間に皺を寄せながら、両腕をガッシリと組み、自分のデスクに座り込む川野。
隣の席で、湯川が黙ってニヤニヤとしていたので、思わず横目で鋭く睨んでしまった。
「なっ、なんだ、光。怖いぞっ。」
普段は自分に従順な川野の、迫力のある態度に怯む湯川。
「湯川次長〜、笑い事じゃないんですからね?あなたが気まぐれでお決めなさった事で、こんな風になっているんですからね〜。しかしあれは、上司に対しての態度ではなかったですよね〜。私と本島さん、役職逆でしたっけ?」
川野は、もっと強烈なキツイ言葉が、己の口から出てしまわないように必死に堪えた。
「おいおい、そこを何とか上手くやってくれよ〜。俺は光の、誰にでも人当たりが良い所を買っているんだから。いつもの様に、ニコニコ楽しそうに取り組んでくれよ。頼む!本島の事を何とかしてくれっ。」
本音と建前が見え隠れする湯川の言葉に、更に目を細めてジロッと睨む川野だったが、彼をこれ以上責めても仕方が無い。
「承知しました⋯。バディを代えてくれなんて言いませんから。でもっ!あまりにも酷かったら、注意ぐらいして下さいよ?私が注意しても、彼女は聞かないのでっ。」
そう言って川野はパソコンで、本島への詳細メールを打ち出した。
「ねぇねぇ、ちょっと良い?」
川野は頃合いを見て、事務所に残っている今井・坂本・佐藤に声を掛けた。
「忙しいのに、ごめんねっ。あの、本島さんの事なんだけど⋯。普段は、どんな感じなのかな?」
本島を客観的に分析しようと思い、周りからの印象を知りたいのだ。
「本島ねぇ~。俺と佐藤は同期入社ですけど⋯。一緒に働いて日が浅い事もあって、仕事の事以外は、ほとんど口利きませんから。」
今井が険しい顔をしながら教えてくれた。
「僕もほとんど接点ないので。端から見て、真面目で厳しい人だなとは思いますが。それ以上の印象は正直⋯。」
佐藤が困ったように答えた。
「私も特には⋯。でも時々、仕事の相談には乗ってもらえます。」
坂本はなんとか、本島の具体的な良い所を探してくれた。
「そっか、教えてくれてありがとうっ。」
「兄貴〜、気持ちで負けちゃ駄目ですよ?喧嘩しろとは言いませんが、いつもの男気のある姿を見せつけなきゃ!応援してますよ。」
今井は、厄介事を押し付けられた川野の事を、気の毒に思っていたので、粗めの言葉で元気付けた。
「そうだねっ。気持ちで負けちゃだめだね。頑張るよっ!」
「頑張ってください!」
3人に励まされた川野だったが、本島の事をもっと知りたい。
川野は事務所を出ると、人通りの少ない廊下の隅の方で、彼女の事をよく知っていそうな男に電話を掛けた。
東京第二支社の増岡だ。
増岡は、第二支社の立ち上げ時から、本島と一緒に仕事をしていた。
彼に聞けば、もっと情報を得られるはずだ。
プルルルル⋯プルルルル⋯
「⋯もしもし、川野か〜?どうした〜?」
久し振りの、増岡の声だ。
気取らない、懐かしい声を聞いてしまうとつい、あの頃の第二支社に戻りたくなってしまう。
「もしもし、久し振りっ!元気にしてる?」
「はははっ!何だよっ。俺が恋しくなっちゃったのか〜?それとも、山本と喧嘩でもしたのか?だったら俺は仲裁はしないからなっ。きっと、お前に原因があると思うから。」
「違う違う!⋯あのさ、本島さんて第二支社にいた時、どんな感じだった?」
「えぇ?本島さん?そうだな〜。真面目で、仕事は出来るタイプだよね。周りとも、それなりに上手くやってたけど。」
「そっか、ありがとう。」
増岡からの意外な見解に、戸惑う川野。
恐らく本島は、第二支社では楽しく仕事に取り組んでいたのだろう。
その生活を壊してしまったのは⋯。
あんな態度をされても、文句は言えない。
「そうだっ、もっと分かる奴がいるじゃん。佐渡係長、ちょっと来て!」
「あっ、えっ?ちょっと待って!!」
川野が落ち込む暇もなく、色々な事情を知らない増岡が、佐渡を呼び出してしまった。
佐渡は、本島の想う相手で、川野の事が好きだ。
「⋯⋯もしもし⋯川野さんですか?」
どこかよそよそしい雰囲気で、電話に出た佐渡。
「⋯もしもし⋯佐渡君?」
「はい、佐渡です。⋯僕、今日の占い1位だったんです。はぁ⋯⋯。川野さん、何か話してください。」
普段の彼は辛辣で、眉間に皺を寄せながら舌打ちをするのが癖なのだが、果たして今はどんな顔をしているのだろうか。
「忙しい所ごめんねっ。元気かなと思って⋯。」
「僕は元気にやってますよ。川野さんがいなくなって、寂しいですが⋯。あっ、僕、泡盛少し飲めるようになりました。香りが良くて、美味しいですねっ。⋯すみません、自分語りをしてしまって。」
穏やかな声の佐渡に、彼と一悶着あった本島の事を聞く程、川野は愚かではない。
何も知らないとはいえ、電話を佐渡にパスした増岡の鈍感な善意に苦笑いをしつつ、彼女はこれ以上、本島の情報を収集するのを諦めた。
「佐渡君、泡盛飲めるようになったの?そっか、そっか☆今度さ、皆で焼酎いっぱい置いてあるお店とか行きたいね!あっ、もちろんアルハラしないからさっ。うふふっ。」
「フッ、仕方ないですね。川野さんは、いつも思い付きでそんな事を言うんだから。店、探しておきます。ゆっくり話したいので、山本抜きでも良いですよ。」
「えへへっ。どうも、ありがとう!何か元気出たわ。」
「それは、良かった。⋯川野さん、色々大変だとは思いますが、ご自愛下さい。」
「佐渡君も体調に気を付けてね。では、また!」
増岡と佐渡の声を聞いて、何だか気分が晴れて来た川野。
本島との仕事は憂鬱ではあるが、どこかできっと、分かり合える機会が訪れるはずだ。
辛辣な佐渡とも、最初は上手く行くか不安だったが、今では信頼できる仕事仲間になったのだから。
(彼との場合、仲が深まり過ぎそうになったが⋯)
川野は、スマホをギュッと握り締め、深呼吸をして事務所に戻って行った。




