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川野課長の憂鬱〜ブルーでライトな横浜凱旋〜  作者: 桃山あんづ


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32/49

周りの評判

5月末


「本島さん、事前に打ち合わせをしたいんですけど、今日こそは時間くれませんか?」


「あぁ、これから別件で外回りがあるので無理です。」


「えっ?スケジュールに、外回りの予定入ってたっけ⋯。じゃあ、明日の午前中はどうですか?」


「明日の午前中は、見積書を作らなきゃいけないので、無理です。」


「でも、明日の午後から、先方との初打ち合わせですよ?私と本島さんの考えを、すり合わせておいた方がスムーズだと思うんだけど⋯。10分だけでも時間くれませんか?」


「無理なものは、無理なので。そんなに気になるんでしたら、私の考えを箇条書きにして、あとでメールで送りますので。川野課長の考えも、こちらに送って下さい。」


「⋯いや、メール打つ時間あるんだったら、話した方が早いだろっ。」


「何か言いました?」


「いえっ、了解しました⋯。」


「では、時間がないので。」


そう言い放ち、彼女はそそくさと事務所を出て行った。


部下で年下の本島に、ぞんざいに扱われる川野。

これからこの2人で、盆踊り大会の案件に取り組むのだが、本島は川野とバディになった事を、未だに納得行かない様子で、最近はずっとこの調子だ。


「ふぅ~っ。」


眉間に皺を寄せながら、両腕をガッシリと組み、自分のデスクに座り込む川野。

隣の席で、湯川が黙ってニヤニヤとしていたので、思わず横目で鋭く睨んでしまった。


「なっ、なんだ、光。怖いぞっ。」


普段は自分に従順な川野の、迫力のある態度に怯む湯川。


「湯川次長〜、笑い事じゃないんですからね?あなたが気まぐれでお決めなさった事で、こんな風になっているんですからね〜。しかしあれは、上司に対しての態度ではなかったですよね〜。私と本島さん、役職逆でしたっけ?」


川野は、もっと強烈なキツイ言葉が、己の口から出てしまわないように必死に堪えた。


「おいおい、そこを何とか上手くやってくれよ〜。俺は光の、誰にでも人当たりが良い所を買っているんだから。いつもの様に、ニコニコ楽しそうに取り組んでくれよ。頼む!本島の事を何とかしてくれっ。」


本音と建前が見え隠れする湯川の言葉に、更に目を細めてジロッと睨む川野だったが、彼をこれ以上責めても仕方が無い。


「承知しました⋯。バディを代えてくれなんて言いませんから。でもっ!あまりにも酷かったら、注意ぐらいして下さいよ?私が注意しても、彼女は聞かないのでっ。」


そう言って川野はパソコンで、本島への詳細メールを打ち出した。





「ねぇねぇ、ちょっと良い?」


川野は頃合いを見て、事務所に残っている今井・坂本・佐藤に声を掛けた。


「忙しいのに、ごめんねっ。あの、本島さんの事なんだけど⋯。普段は、どんな感じなのかな?」


本島を客観的に分析しようと思い、周りからの印象を知りたいのだ。


「本島ねぇ~。俺と佐藤は同期入社ですけど⋯。一緒に働いて日が浅い事もあって、仕事の事以外は、ほとんど口利きませんから。」


今井が険しい顔をしながら教えてくれた。


「僕もほとんど接点ないので。端から見て、真面目で厳しい人だなとは思いますが。それ以上の印象は正直⋯。」


佐藤が困ったように答えた。


「私も特には⋯。でも時々、仕事の相談には乗ってもらえます。」


坂本はなんとか、本島の具体的な良い所を探してくれた。


「そっか、教えてくれてありがとうっ。」


「兄貴〜、気持ちで負けちゃ駄目ですよ?喧嘩しろとは言いませんが、いつもの男気のある姿を見せつけなきゃ!応援してますよ。」



今井は、厄介事を押し付けられた川野の事を、気の毒に思っていたので、粗めの言葉で元気付けた。



「そうだねっ。気持ちで負けちゃだめだね。頑張るよっ!」


「頑張ってください!」




3人に励まされた川野だったが、本島の事をもっと知りたい。

川野は事務所を出ると、人通りの少ない廊下の隅の方で、彼女の事をよく知っていそうな男に電話を掛けた。


東京第二支社の増岡だ。

増岡は、第二支社の立ち上げ時から、本島と一緒に仕事をしていた。

彼に聞けば、もっと情報を得られるはずだ。



プルルルル⋯プルルルル⋯



「⋯もしもし、川野か〜?どうした〜?」


久し振りの、増岡の声だ。

気取らない、懐かしい声を聞いてしまうとつい、あの頃の第二支社に戻りたくなってしまう。



「もしもし、久し振りっ!元気にしてる?」



「はははっ!何だよっ。俺が恋しくなっちゃったのか〜?それとも、山本と喧嘩でもしたのか?だったら俺は仲裁はしないからなっ。きっと、お前に原因があると思うから。」



「違う違う!⋯あのさ、本島さんて第二支社にいた時、どんな感じだった?」



「えぇ?本島さん?そうだな〜。真面目で、仕事は出来るタイプだよね。周りとも、それなりに上手くやってたけど。」


「そっか、ありがとう。」



増岡からの意外な見解に、戸惑う川野。

恐らく本島は、第二支社では楽しく仕事に取り組んでいたのだろう。


その生活を壊してしまったのは⋯。

あんな態度をされても、文句は言えない。



「そうだっ、もっと分かる奴がいるじゃん。佐渡係長、ちょっと来て!」


「あっ、えっ?ちょっと待って!!」



川野が落ち込む暇もなく、色々な事情を知らない増岡が、佐渡を呼び出してしまった。


佐渡は、本島の想う相手で、川野の事が好きだ。



「⋯⋯もしもし⋯川野さんですか?」



どこかよそよそしい雰囲気で、電話に出た佐渡。



「⋯もしもし⋯佐渡君?」



「はい、佐渡です。⋯僕、今日の占い1位だったんです。はぁ⋯⋯。川野さん、何か話してください。」



普段の彼は辛辣で、眉間に皺を寄せながら舌打ちをするのが癖なのだが、果たして今はどんな顔をしているのだろうか。



「忙しい所ごめんねっ。元気かなと思って⋯。」



「僕は元気にやってますよ。川野さんがいなくなって、寂しいですが⋯。あっ、僕、泡盛少し飲めるようになりました。香りが良くて、美味しいですねっ。⋯すみません、自分語りをしてしまって。」



穏やかな声の佐渡に、彼と一悶着あった本島の事を聞く程、川野は愚かではない。


何も知らないとはいえ、電話を佐渡にパスした増岡の鈍感な善意に苦笑いをしつつ、彼女はこれ以上、本島の情報を収集するのを諦めた。



「佐渡君、泡盛飲めるようになったの?そっか、そっか☆今度さ、皆で焼酎いっぱい置いてあるお店とか行きたいね!あっ、もちろんアルハラしないからさっ。うふふっ。」



「フッ、仕方ないですね。川野さんは、いつも思い付きでそんな事を言うんだから。店、探しておきます。ゆっくり話したいので、山本抜きでも良いですよ。」



「えへへっ。どうも、ありがとう!何か元気出たわ。」



「それは、良かった。⋯川野さん、色々大変だとは思いますが、ご自愛下さい。」



「佐渡君も体調に気を付けてね。では、また!」



増岡と佐渡の声を聞いて、何だか気分が晴れて来た川野。


本島との仕事は憂鬱ではあるが、どこかできっと、分かり合える機会が訪れるはずだ。


辛辣な佐渡とも、最初は上手く行くか不安だったが、今では信頼できる仕事仲間になったのだから。

(彼との場合、仲が深まり過ぎそうになったが⋯)



川野は、スマホをギュッと握り締め、深呼吸をして事務所に戻って行った。




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