陽気な男
お喋りな優也の身の上話は、その後もずっと続いた。
学生時代はどうだったとか、サラリーマン時代の苦労だとか、イタリアがどれだけ魅力的だとか⋯。
ポジディブな彼は、例え苦労話でも面白可笑しく、魅力的に話すのが得意なので、川野はどんどん惹き込まれていった。
ビールやワインを飲み、更に饒舌になる優也。
川野の勧めで泡盛を飲みだした頃には、幼少期の兄弟話にまで遡っていた。
「もうね、哲也は本当に可愛かったんだよ〜?泣き虫で内気でねぇ、いつも“にぃに〜!”って俺の後を付いて来るの。はぁ〜⋯。それが今では、こんなにデカくなっちゃってね〜。もうっ!俺の可愛い哲也を、返して欲しいっ!」
「えっ、可愛い〜っ!!私も、小さい頃の哲也君に会ってみたいです☆」
「でしょ?もちろん、俺も可愛いかったよ。今度、写真送ろうか?連絡先、交換しようよ!」
「兄貴っ!それは、まだ駄目っ。」
調子に乗った優也を止めたい哲也だが、だいぶ酔っ払っていて、あまり迫力がない。
元々、兄弟揃って酒は強いようだが、今日は哲也は仕事をして来たせいか、徐々に瞼が重くなって来ている。
「哲也君、大丈夫〜!?眠そうだねっ。」
哲也の様子にやっと気付いた川野は、心配そうに声を掛けた。
優也が、ズボンのポケットからスマホを取り出し、時刻を確認すると、すでに22:00を回っていた。
「おっと!もうこんな時間か⋯。お泊りしたい所だけど、うちのマンマが、絶対帰って来い!って怒るからな〜。明日も早いし、今日はこの辺でっ。」
そう言って優也は立ち上がり、帰り支度を始めた。
「お兄さん、今日は本当に楽しかったですっ!お忙しい中、ありがとうございました。」
川野は立ち上がり、頭を下げた。
「ふふふっ。こちらこそ、楽しかったよ〜!光ちゃんの唐揚げ、美味しかったな♪また食べに来るねっ。」
ご機嫌な優也は、川野の両手をギュッと握り締め、彼女の頬に自身の頬を寄せた。
彼の鼻下の短い髭が当たって、少し痛い。
「お兄さん?ここは日本ですので。」
至って冷静な川野。
普段の彼女なら、耳を真っ赤にして恥ずかしがりそうだが、この短時間で優也の性格に適応したようで“挨拶の一環なのだ”と、それほど驚く事は無かった。
「ふふふっ、いつもの癖で、つい。片付けまで出来なくて、ごめんねっ。さてと⋯哲也〜!帰るからね〜!」
優也は、ソファーで寝落ちしかけてる哲也に声を掛け、髪留めをサッと解いて、軽く首を振った。
「⋯兄貴⋯帰る時間!?駅まで送ろうか?」
瞼をバッと開けて、慌てる哲也。
「ふふふっ、良いよっ。簡単な道だったから、流石に分かるし。お前はそのまま寝とけっ。またなっ!光ちゃんも、また店にでも遊びに来てねっ!ではでは、お邪魔しました〜。」
優也は穏やかに微笑み、キャップを深々と被った。
「ありがとうございますっ。気を付けて帰って下さいね!」
ガチャン―
「ふぅ〜。良かった、良かった。」
優也を玄関先まで見届け、川野はホッとした様に微笑んだ。
「光、ありがとうっ。ごめんね⋯。」
ソファーで、重くなった体を起こしながら、哲也が申し訳なさそうに言った。
「いえいえ、凄く楽しかったよ〜!料理も本当に美味しくて。陽気で素敵なお兄さんだねっ。」
川野は哲也の横に腰掛け、彼の頭をひと撫でした。
「そうでしょ?⋯紹介したくないくらい、兄貴は魅力的なんだっ。」
哲也は少し俯き、嬉しそうに笑った。
「そうだねっ。こう言ったら失礼だけど、思っていた以上に、魅力的な人だった。お洒落で明るくて、話も上手いし。笑った顔は、哲也君そっくりだし。」
「ふ〜ん、そっか⋯。同い年だし、気が合ってたもんね。」
川野が、あまりにもニコニコしながら優也を褒めるので、哲也が拗ね出した。
彼女としては、優也を素直に褒める事で、単に彼を喜ばせようと思っただけなのだが、度が過ぎてしまった様だ。
「ふぅっ⋯。」
すぐヘソを曲げる哲也に呆れながらも、川野は彼の肩にそっと、もたれかかった。
「お兄さんは哲也君の事、大好きなんだねっ。それが良く分かったよ。良い兄弟じゃん。」
「まぁね、兄貴は優しいから。」
「うふふっ。幼少期の哲也君の話も聞けて、嬉しかった〜☆まぁ私は、30歳のヤキモチ焼き哲也君も十分、可愛いと思ってますけど〜?チューしちゃおっかなぁ〜?」
そう言って川野は、からかうように口を尖らせ、哲也の頬に唇を近付けた。
「うわっ、酔っ払いだ!何か嫌だっ!俺、片付け始めようっ!」
哲也は、自分の嫉妬心がバレて、恥ずかしくなってしまったようで、川野のキスを上手く回避して立ち上がった。
「酔っ払いって何よ〜!恥ずかしがらなくたって良いのにっ。」
川野は不貞腐れたフリをしながらも、哲也の反応が可愛くて仕方ない。
皿やグラスをキッチンに運びながら、次のタイミングを伺っている。
ガバッ―
「捕まえたっ!」
川野は哲也の隙を突き、後ろから思いっ切り抱き付いた。
そして、大きくて広い背中に顔を埋めて目を閉じ、深呼吸をした。
「哲也君の背中は⋯たまらないですねっ。」
「⋯まぁ、ガタイが良いのは、兄貴より俺の方だからね。⋯⋯お皿洗って、お風呂に入ったら、ティラミス食べようかっ♪ふふっ。俺が皿洗うから、光はそうしたままで良いよ。」
「えへへっ、お願いしまーす。」
こうして2人は、何とも幸福で、効率の悪い、皿洗いを繰り広げるのであった。




