山本兄弟
「お兄さんて、いつもそんな感じですか?」
少し打ち解けただけで調子に乗る優也に、川野は冷たくツッコんだ。
「そんな感じって?」
「女性であれば、とりあえず片っ端から口説く様な、軟派な感じです。」
「えっ?ひどいなぁ〜。会話を楽しめるように、フレンドリーに振る舞ってるだけなんだけどな〜。光ちゃんは、こういう男は嫌い?」
冗談とはいえ悪びれもせずに、軽々しい事を言い続ける優也に、そろそろ面倒臭くなって来た川野。
「そうですね〜。」
そう言って真顔でクルッと後ろを向き、オーブントースターのダイアルを力強く捻り出した。
ガッガガガガッ、チーンッ―
「うわ〜、美味しそうっ!お兄さ〜ん、ラザニアこんな感じでどうですか〜?」
オーブントースターの扉を開け、優也にわざとらしい作り笑いを向ける川野。
こういう男は饒舌にさせない様に、ムキになって同じ土俵に上がらないのが一番だ。
「ふふっ、流されちゃった⋯。うん、良い感じに温まったねっ。」
川野をからかって楽しんでいた優也だったが、会話を強制終了され、やむを得ず苦笑いを浮かべるのであった。
カチャッ、ガチャン―
「ただいまっ!」
2人がそうこうしているうちに、哲也が慌ただしい様子で帰って来た。
「お帰りなさーい!」
川野はスタスタっと小走りで玄関に向かい、哲也の片手に指を絡ませた。
「遅くなってごめんね。光、大丈夫だった?」
彼女の指をギュッと握り返し、心配そうな顔をする哲也。
優也の事を余程、信用していないようだ。
「うふふっ、平気平気!お兄さん、いっぱい料理作って持って来てくれたんだよ?」
川野は一応、優也の兄としての尊厳を守ってやろうと思い、彼の軽薄な発言を哲也に伝えるのを控えた。
「おうっ、哲也!お疲れ様っ。邪魔してるよ〜。」
リビングに入ると、優也がキッチンからローテーブルに料理を運び出していた。
「兄貴、いらっしゃい。あっ、これ、俺の好きなやつだっ!⋯色々と用意してくれてありがとう。」
哲也は少し照れくさそうに、微笑んだ。
その姿を見て、得意げに微笑む優也。
この兄弟は、基本的には仲が良いらしい。
「お兄さん、すみません!私もやります!お箸とフォーク、どっちが良いですかね?両方用意しましょうかっ。」
そう言って川野は、食器棚の引き出しからカトラリーを取り出した。
「光ちゃん、取り皿重くない?俺が持とうか?」
「大丈夫です!」
キッチンで横並びになり、準備を進める川野と優也。
このキッチンは対面式のため、リビングからその様子が伺える。
「⋯。」
リビングにいた哲也が突然、ソファーにスーツの上着を雑に脱ぎ捨て、ワイシャツの袖を捲り出した。
そして、澄ました顔で川野と優也の間に“よいしょっ”と言わんばかりに強引に割り込み、キッチンの流しで手を洗い出した。
ただでさえ、それ程広くはないスペースの中に、さらに大男が1人入った所で、パンパンになったキッチン。
哲也が体を傾けながら、大げさに腕を動かす度に、その圧でキッチンから押し出されて行く優也。
とうとう、キッチンから彼の体がはみ出した。
「おいおい、哲也。こんな所で妬くなよ〜!お前がそこにいると、色々と運べないんだよっ。」
優也が呆れたように、口を開いた。
「いいよっ、あとは俺達がやるから。兄貴はお客さんなんだから、そこに座ってて!」
哲也はそう言って、口を尖らせた。
どうやら、エプロン姿で並ぶ川野と優也のツーショットが気に入らなかったらしい。
「ふふふ、全く⋯。じゃあ、遠慮なく寛がせてもらいますよ〜。」
哲也のしょうもない嫉妬心に、優也はやれやれと呆れながら、ソファーに腰掛けた。
料理と酒が出揃い、夕食がスタートした。
誰がどこに座るかで少し揉めたが、結局、山本兄弟がソファーに腰掛け、川野は先程と同様に、ラグマットの上に座っている。
グラスをカチャンと合わせ、ビールを体に流し込む3人。
「(グビグビ)⋯くぅ〜、美味しいっ!そう言えば、お兄さんは、お酒好きですか?」
「(グビッグビッグビッ)⋯くぅ〜〜っ!やっぱり、冷えたビールは美味いよな〜。酒は大好きだよ!仕事ある日はあまり飲まないけどね〜。」
「兄貴は朝に弱いからね。早朝の仕込みも大変なのに、よく店を続けてるよな〜。」
「だなっ!ふふふっ。たまにサラリーマンに戻りたいと思う時もあるよ。」
「お兄さん、サラリーマンだったんですか!?」
話によると、優也は4年制大学を出てから、一般企業でしばらく働いていたようだ。
5年ほど働いていたが、海外研修の際、イタリアで口にした料理の美味しさに心を打たれ、両親の反対を押し切り、あっさり会社を辞めたそうだ。
高給取りで貯金額もそれなりにあったため、イタリアへ渡り現地のレストランで修行を重ね、2年後に日本へ戻って来た後、地元で自分の店を持ったらしい。
「凄いですね⋯。本当に、その行動力は凄いですっ!」
川野は、同い年の優也が、自らの人生を大胆に切り開いて来た力強い人なのだと知り、とても感激した。
「それは、どうもっ。でもね〜、自営業は大変だよ?あれだけあった貯金が、店を持った頃にはパーッと無くなって、家の家賃払うのも厳しくて、今じゃ実家に出戻ってるからね〜。」
優也は照れくさそうに、ビールを再び口にした。
「兄貴はイタリアに行ってから、人が変わったように女好きになったよね〜。」
哲也は、優也が持ち上げられたのが面白くないのか、少し意地悪そうな顔で口を挟んだ。
「哲也、それは違うんだよ。お前もイタリアへ行けば分かる!あっちでは、女性を褒めたり口説いたりしない方が、失礼に当たるんだから。」
「ここは日本だからっ!」
「哲也は固いよな〜。もっとニコやかにっ♪ほらニコやかにっ♪ふふふっ。」
隣に座る哲也の頬を、両手でプニプニとつまみ出した優也。
目をギュッと瞑りながら、必死に抵抗する哲也。
「おい!兄貴!ふざけんなよっ!」
「ふふふっ、逆にお前は、いつからそんな仏頂面になったんだ〜?昔は天使みたいに可愛かったのに〜。」
調子に乗り、とうとう哲也に頬ずりをしようとする優也。
哲也は、腕に血管が浮き出るほど力を込めて、兄を封じようとしている。
脚の長い大男が2人、ソファーの上でじゃれ合うというのは、なかなか迫力があるものだ。
川野は、どちらかの足がローテーブルにぶつかっても大丈夫なように、いそいそと皿やグラスを彼らから遠のかせ、優也の絶品手料理を味わっては、2人の仲の良い姿を微笑ましく眺めるのであった。




