義兄との会話
カチャッ、ガチャン―
「どうぞ〜。」
「お邪魔しまーす。」
小雨から本降りになる中、黙々とここまで歩いて来た2人。
お互いコミュニケーションは得意な方なのだが、会って間もない、いずれ身内になる相手と一対一の状況に置かれれば、下手な真似も出来ないので、人見知りを発動させてしまうのは仕方の無いことだ。
「お兄さん、荷物預かりますねっ。」
川野は気を利かせなくてはと思い、優也の持っていた、雨に濡れて今にも引きちぎれそうな紙袋を、両手で受け取った。
「ありがとっ。なんか、哲也の家に入れてもらうの初めてだから、緊張する〜。洗面所借りて良い?」
「どうぞ、どうぞっ!こちらです。」
優也を洗面所へ案内してから、急いでキッチンに回り、電気ポットで湯を沸かす川野。
「お兄さ〜ん!紅茶とコーヒー、どちらがよろしいですか〜?冷たいお茶もありま〜す!」
「ふふふっ、だから優也で良いって!そうだな〜。じゃあ、コーヒーもらおうかな〜!」
「コーヒーですね〜!分かりました〜。いや〜、呼び捨てはハードル高いですね〜。優也さんは、どうでしょうっ?」
「えぇ〜?その呼び方、逆に純愛カップルみたいじゃな〜い?俺は光さんとか呼べば良いの〜?ふふふっ。」
「あっ、嫌ですね〜!まだ、ちゃん付けの方がマシに思えて来ました〜。」
「ふふふっ。意外とはっきり言うんだね〜!」
キッチンと少し離れた洗面所で、お互い声を張り上げながら会話をする川野と優也。
それなりの距離で面と向かわなければ、意外と楽に話が弾んだ。
コーヒーの用意が出来た頃に、優也がリビングに入って来た。
長い黒髪を結っていたようだ。
「どうぞっ。」
優也をソファーに座るように促し、川野は機敏に動けるように、ラグマットの上で正座をした。
「光ちゃんもこっちに座れば良いのに。足痛くならない?」
「大丈夫です!床の方が座りやすいので。」
「何だか俺だけ悪いな〜。せめて足は崩してねっ。」
「はいっ。⋯ところで、優也さんて髪長かったんですね!駅で見た時はビックリしました。」
川野は緊張していたが、さっそく興味を惹かれた髪について尋ねてみた。
「ふふふっ。仕事中はこうして後ろでお団子にしてまとめて、小さくしてるからねっ。」
彼女に後頭部を見せ、お団子を指さしながら優也が笑った。
「凄いっ!あれだけフワフワなロン毛が、こんなに小さく、まとめられるんですねっ。」
「うん。光ちゃんの髪はどうかな?俺より少し長いくらいだから、同じくらいコンパクトに出来そうだけど。やってあげようか?」
「いえっ、結構です!あっ、やり方だけは教えて下さい。」
川野は、優也のさっぱりとした髪のまとめ方が気に入り、自分も取り入れたいと思った。
これから梅雨の時期に入るので、自身のくせっ毛、猫っ毛の扱いに、大変苦労するのだ。
「良いよ、後で教えてあげる!それでそれで〜。光ちゃんは何で哲也と?」
話は一転、優也が興味深そうに、自分と哲也の馴れ初めを尋ねて来た。
目を泳がせ、頬を赤く染める川野。
「えっとですね〜。詳しく話すと長くなるので。要約すると、私が哲也君のいる支社に異動になった時に、出会いました。」
「え〜!?もっと詳しく聞きたいんだけどっ。ほら、いつ好きになったとか、どっちから告ったとか。段階があるでしょ?」
どんどん詰めてくる優也に、タジタジになる川野。
「あまり詳しく言うと、哲也君も恥ずかしと思うので⋯。でも、これだけっ。哲也君の優しくて可愛いところが、私は好きです!あの笑顔を守りたいです。」
川野は耳を真っ赤にして、自分の正直な気持ちを伝えた。
「へぇ~、良いね〜。益々気に入ったよ!哲也は、あぁ見えて繊細だからな〜。相性ピッタリだね。だって光ちゃん、強そうだもん!ふふっ。」
そう言って優也が、ニッコリと笑った。
そこには軽口を叩くチャラい男ではなく、弟思いの優しいお兄ちゃんの姿があった。
「さて、そろそろ準備に取り掛かろうかなっ。キッチン借りるよ。」
コーヒを飲み干し、優也が立ち上がった。
キッチンに向かいながら片方ずつ、シャツの袖を肘まで捲っている。
「私も手伝います!一応⋯サラダと唐揚げは用意してます。」
「そうなの?ありがとー!光ちゃんの手料理、楽しみにしてるよ♪」
手料理⋯。
優也の作ってきてくれた料理と比べたら、手間もボリュームも到底及ばない。
あとは、デリバリーにでも頼ろうかと思っていたのだが、何だか申し訳ない気持ちの川野。
「すみません⋯。エプロンは使いますか?」
「大丈夫だよ!自前の持ってきたからっ。」
そう言って優也は、デニム生地のエプロンを鞄から出して身に付けた。
さすが料理人、とても様になっている。
川野も、自前のグレーのエプロンを身に付け、優也の横に並んだ。
「お皿は適当に使わせてもらうねっ。じゃあ、光ちゃんはそれを温めてくれる?5分くらいで良いかな。」
「了解です!⋯ラザニアですか!?美味しそ〜!」
ホイルに包まれた大きめのグラタン皿を、紙袋から取り出し、川野は言われた通りにオーブントースターのダイヤルを回した。
優也は川野にお願いをしつつ、手元に皿を置き、次々と美しく料理を盛り付けて行く。
タコのマリネ、ローストポーク、付け合わせのグリルポテト⋯。
「凄い⋯。さすがプロですね〜。」
彼のあまりにも無駄が無く美しい手捌きに、感心した川野は思わず呟いた。
「ふふふっ、それはどうもっ。今日はティラミスも持って来たよ〜。光ちゃん、この前来てくれた時に、美味しそうに食べてくれてたから。好きかなと思って。」
「ティラミス大好きです!こんなに沢山料理を持って来て頂いて、随分と重かったですよね。本当にありがとうございますっ!」
「いえいえ、俺が2人に食べてもらいたかっただけだから。どう?哲也から俺に乗り換えても良いよ?美味しい物を毎日、沢山作ってあげるっ☆」
そう言って優也は川野に顔を近付け、ニコッとウインクをした。
(チャラっ!)
条件反射で、優也に男前な険しい顔を向けた川野。
お洒落で優しい弟思いの、お兄さん。
美味しいイタリアンをご馳走してくれる、お兄さん。
川野の中で鰻登りだった優也の株が、急暴落したようだった。




