仕事の選り好みはしません
三笠企画・横浜支社
会議室
「夏季の案件ですが、新規で7月中旬のスポーツ飲料の試飲会、下旬のふるさと夏祭り、8月の野外ライブ、盆踊り大会があります。それと、9月の企画コンペの参加が⋯」
GW企画を終え、通常モードに戻った企画・営業部。
只今、部署の社員を集めて会議の真っ最中だ。
夏期イベントの依頼が本格的に動き出すため、誰にどの案件をやってもらうか決めている。
皆、コの字型に置かれた長テーブル席に、ノートパソコンやスケジュール帳を並べ、ホワイトボード前で仕事の内容説明をする川野に、真剣な眼差しを向けている。
次長の湯川は一人だけ外れ、部屋の角でパイプ椅子に足を組んで座りながら、腕組みをしている。
「試飲会の件は、私と佐々木さんが進めていますが、本番は総出となりますので、皆さんは前日準備と当日の試飲会の、この2日間は空けておいて下さい。ご協力よろしくお願いします。」
ホワイトボードに書き出した案件に、チェックを入れていく行く川野。
「野外ライブは、俺がいないとなっ。GWは本島がライブ企画をやったから、今回は山口、お前が主導でやってくれ。あと木村さんもこっち。それから⋯企画コンペはそこの3人!若手にやってもらおうじゃないか。」
そう言って湯川は、今井・坂本・佐藤を指さし、ニヤリと笑った。
湯川の不敵な笑みに、怯える3人。
「分かりましたっ!頑張ります!」
こういう時、このトリオの中で声を絞り出せるのは、今井だけだ。
「私もフォローするからねっ。」
3人の心情がよく分かる川野は、そっと声を掛けた。
「あとは?夏祭りと盆踊りか⋯。誰が仕切るのが良いかな〜?光はどっちが良い?」
ズバズバと勝手に役決めをしていた湯川だが、勢いが止まった。
そして彼は決断に迷うと、意外と川野の意見を聞いてくる。
目を細め、険しい顔をする川野。
本当は彼が、本島の扱いに困っているのが丸分かりなのだ。
「えっと⋯。本島係長はどちらが良いですか?」
湯川が直接、本島に聞こうとしないので、仕方なく川野が尋ねた。
口元を歪め、不満そうな顔をしている本島。
「わ、私はどちらでも出来ますけど?川野課長が先に、得意な方を選んで下さい。」
顎をクイッと上げ、そう川野に言い放った。
得意な方と言ったって⋯。
夏祭りも盆踊りも、同じジャンルで同じ規模だ。
そして川野は、夏祭り企画は特に好きで、得意分野だ。
「じゃぁ⋯。打ち上げ花火がある、盆踊りの方で。」
どちらも魅力的なのだが、とりあえずそう答えた。
本島の口元がクッと、さらに歪んだ。
「そんな!そんな、自分が花火を見たいからって、そんな決め方は無いんじゃないですか?」
川野に食って掛かる本島。
「あのですねっ!さっき、企画内容を丁寧に説明しましたけど?本島さん、ちゃんと聞いてましたか?花火があるって言いましたよ?だったら、本島さんがこっちやって下さい。私は夏祭りの方も、慣れてますのでっ!」
本島の喧嘩を買ってしまった川野。
睨み合う2人。
周りの者は心配そうに、ただただ見守っている。
「はははっ!分かった、分かったよ!じゃぁ、2人仲良く盆踊り、やって来いっ!」
パチンパチンと手を叩きながら椅子から立ち上がり、湯川が豪快に笑った。
「はぁっ!?」
意外な言葉に驚く、川野と本島。
「お前達はあれだな。一度、一緒に企画をやってみたら良いよっ!犬猿の仲を見せ続けられても、周りが困るからな。ちゃんと仲良くやるんだぞっ!」
なかなか無茶な事を言っている湯川。
彼はGW企画で散々、本島といざこざを起こしていたのだが、彼女のヒステリックな姿を忘れてしまったのだろうか?
それとも、ただの厄介事の押し付けなのだろうか。
どちらにしろ、川野がNOを言えない事をよく分かった上での決定だろう。
「はいっ。頑張ります⋯。」
納得は行かないものの、仕事のバディは選り好みするものでは無い。
川野は気持ちを何とか切り替え、返事をした。
片や、無言を貫く本島だったが、湯川は“問題解決”と言わんばかりの晴れやかな表情で、話を進め出した。
「じゃぁ、メンバーチェンジ!山口は野外ライブじゃなくて、夏祭り企画なっ。佐々木もそちらに入ってくれ。フォローは光がするから。それと、やっぱり佐藤はこっちに来い。設営のイロハを教えてやる。それから⋯」
湯川が再び、勝手にズバズバと決めて行く。
思い付いた事を無鉄砲に発言していくので、川野は本島との事を考える余裕もなく、ホワイトボード上の修正に追われるのであった。
会議が終わり、ぞろぞろと会議室を後にする同僚達。
川野は、黒や赤のマーカーで埋め尽くされたホワイトボードを、端の方からガシガシと力強く消していた。
「姉さんっ、僕もやりますよ。」
山口はさっと、片手にボード消しを持ち、川野の反対側から手伝い出した。
「大丈夫だよっ!山口君、これから外回りでしょ?こっちは任せてっ。」
川野はニコッと笑い、ホワイトボードの文字を見つめ、再びガシガシと消し出した。
「姉さん⋯⋯。気のせいかも知れませんが⋯。僕の事、避けてます?」
「そんなこと無いよっ!昨日も一昨日も、喋ってたじゃん。」
「そうですね⋯変なこと言って、すみません。外回り、行って来ます。」
「いってらっしゃい!」
ガチャン―
山口が行ってしまった。
そっと手を止め、俯く川野。
山口が主導で開催したGW企画は、2日目、3日目も大きな問題も無く、走り抜ける事が出来た。
だが、山口の気持ちに気付いてしまった川野は、彼との適度な距離感が分からず、以前の様にフランクに話せなくなっていた。




