気付かない方が良かった?
混雑するJRの駅前で、山口の背中を見送った川野。
「私は馬鹿だ⋯。」
以前の鈍感な川野なら、全く気に留めなかっただろうが、ちゃんと恋愛経験を積み出した、今なら分かる。
きっとこれは、デートだったのだ。
控えめな彼が誘った、30分ほどの短いデート。
言葉の端々から感じた、尊敬や親愛とは違う、彼から向けられた想い。
そして、腕を掴まれグッと身体を寄せられた時の、真剣な眼差し。
淡い想いなのか、深い想いなのか、そこまでは分からない。
ただ、特別な想いという事は確かで、それが伝わって来てしまった。
気のせいだ、自信過剰だと笑い飛ばせたら、これほど楽なことはない。
きっと彼は、婚約者のいる自分と、どうにかなろうとは思っていないだろう。
その想いを告げられる事もないだろう。
それなら、佐渡の時の様に、気付かないふりをすれば良いのか?
逆に、距離を取れば良いのか?
明日から、どんな顔をして会えば良いのか⋯。
「駄目だっ。」
川野は、グチャグチャになった頭の中の思考をかき消すように、耳にイヤホンを付け、ハードロックを流しだした。
カチャ、ガチャッ―
「ただいま〜。⋯⋯もうっ!疲れたっー!」
真っ暗な部屋の照明を点け、ソファーになだれ込む川野。
山本は帰省しているため、一人だ。
川野はあの後、結局そのまま電車には乗らず、横浜の街をあてもなく歩き回ったり、時に立ち止まり、夜景をじっと眺めたりしていた。
時刻はもうすぐ22:00だ。
クタクタの体を丸めてしばらく俯き、ボーッとしたかと思えば、バッと体を起こし、さっさと浴室で身を清め、冷蔵庫から冷たい缶ビールを持って、再びソファーに戻って来た川野。
プシュッ―
「(グビグビ)⋯はぁ。」
コンビニで買った、枝豆と唐揚げをつまみにしながら、真顔でひたすらビールを流し込む。
TVを点けたが、片っ端からチャンネルを回しても、特に観たい番組が無い。
「明日もあるし、とっとと食べて寝るかっ⋯。明日かぁ〜、あぁぁ~っ!」
情けない表情で、ブツブツと独り言を言いながら、〆の梅おにぎりをコンビニ袋から取り出した。その時だった。
ピロリロリン♪―
スマホが鳴った。山本からだ。
思わず笑みが零れる、川野。
「⋯もしもし、哲也君?」
「もしもし、今日はお疲れ様。もう家にいるの?」
「うん。哲也君こそ、お疲れ様でした。色々とありがとねっ。今はね〜、家でご飯食べてる。」
「ふふふっ、そうかっ。⋯ところでさぁ、光、来週は振り替えで休み取るんだよね?ちょっと相談なんだけど⋯。」
「ん?何、何?」
“おいっ!やめろよ!”
“いいから早く貸せっ!”
“ヤダよっ!”
電話越しで突然、揉める声。
“うわっ!”
山本の敗北者の様な声が、遠くで小さく響いた。
「もしもし?哲也君、大丈夫!?」
「⋯あっ、もしもし?光ちゃん?」
川野が心配をしていると、哲也とは違う男の声が、話しかけて来た。
哲也の兄の、優也だ。
「もしもし⋯お兄さんですか?」
「そうそう!光ちゃん、元気にしてる〜?」
まだ会ってから間もないのだが、まるで友達のように振る舞う優也。
「はいっ。お兄さんも彩さんも、お元気ですか?」
「元気、元気〜!ところでさっ、来週そっち遊びに行って良い?俺もGWで働いた分、来週のどっかで休み入れようと思うんだけど、せっかくなら会いたいなと思って。この前は、ゆっくり光ちゃんと話せなかったからな〜。どうする?哲也は仕事だから、デートとかしちゃう?」
軽口を叩きながら、グイグイとくる優也。
「え〜っと⋯。」
川野はスマホを耳に当てたまま、面倒臭そうな渋い顔をして天井を見上げた。
“おいっ!”
“もうちょっと話したい!”
“いい加減にしろよっ!”
再び、電話越しで揉める声。
「ハァっ⋯ハァっ⋯。もしもし?兄貴、酒入ってて、うるさくてごめんね。来週、大丈夫?俺は来なくても良いと思ってるけど。」
やっと優也から電話を奪い返した哲也だが、少し不貞腐れているようだ。
「哲也君?良かった⋯。家に来てくれても構わないけど、私と2人だと、お兄さんも間が持たないと思うから、哲也君が帰って来る時間で良ければ。」
断固拒否しても良かったのだが、これから身内になる兄を、それほど無下には出来ない。
川野は仕方なく、大人な対応をした。
「そっか⋯。俺、定時で上がれるように頑張るから!光には、迷惑掛けないようにするね。兄貴にも、よく言い聞かせておくからっ!」
申し訳なさそうにする哲也の言葉は、まるで優也の兄のようだ。
「大丈夫っ!楽しみにしてるよ。ご両親も、お元気かな?よろしくお伝え下さいっ。じゃぁ、おやすみなさいっ。」
「うんっ。おやすみ⋯。」
電話を切った川野。
「ふふっ。」
山口の想いに気付いてしまい、頭を悩ませていた川野だったが、嵐の様な山本兄弟との電話で、憂鬱な気持ちが何だか吹き飛んで行った様だ。
それにしても、優也は掴み所のない飄々とした男だ。
出会った頃の、哲也もそうだった。
兄ほどチャラくは無かったが、軽口を叩く所がそっくりだ。さすがは兄弟だ。




