控えめな甘さ
川野と山口が会社に戻った頃には、今井達は既に仕事を上がっており、湯川や本島の姿も無かった。
「向こうも、無事に終わったようだね。」
「そうですねっ。佐々木さんからの情報だと、機材トラブルはあったものの、湯川次長がすぐに原因を突き止めて、解決したらしいです。流石ですね。」
「私だったら、解決に手こずってたと思う。湯川次長があっちに行ってて、本当に良かったね。」
川野はニッコリ笑った。
本島の事は苦手ではあるが、やはり同じ職場の仲間として、企画の成功は願ってやまない。
「じゃぁ、僕達も上がりましょうか。」
「うん!お疲れ様です!」
会社を後にした2人は山口の望み通り、先日寄れなかったソフトクリーム屋に向った。
「姉さん、はいっ。これだけで足りますか?」
杏仁ソフトを1つ川野に渡しながら、山口が尋ねた。
「ありがと〜☆大丈夫!足りなくても、そこら中に美味しい物が溢れているし。いただきますっ。」
そう言って川野は大きく口を開け、ソフトクリームのてっぺんをガブリとひとかじりした。
「はははっ!それそれ、その食べ方!」
川野の豪快な食べ方を見て、思わず笑う山口。
「(モグモグ)⋯だってさ、チビチビ舐めてたら、すぐ溶けちゃうから。しかし、美味しいね〜。甘さ控えめで、ちょうど良いのよね〜♪」
好物の杏仁ソフトを食べて、川野もすっかりご機嫌だ。
黄昏時の中華街をソフトクリーム片手に、再び歩き出す2人。
「⋯昔から、仕事でミスして落ち込んでる時とか、堀田課長に嫌な事された時とか、姉さんが杏仁ソフト奢ってくれましたっけ。⋯あれ、けっこう嬉しかったんですよ。」
「本当?もっと気の利いたフォローが出来れば良かったんだけど。いつも食べ物でごめんねっ。」
「えへへっ。姉さんは、いつも美味しそうに食べるから、こっちも元気が出るんですよ。お酒を豪快に飲む姿も、見てるだけでストレス解消になりますし。」
そう言って山口は、前を向いたままニコッと笑った。
彼は普段は、涼しげで控えめな顔付きなのだが、こうして笑うと、目尻にクシャッとシワが出来て、とても愛嬌がある。
しばらく歩いていると、横浜公園が見えて来た。
今日はここの球場でデイゲームがあったようで、ファン達がチームの勝利で盛り上がっている。
「人でいっぱいだね〜!まだ試合が終わったばかりかな?これは電車も混んでそうだね。」
街灯に照らされた、青と白に染まる人混みに、圧倒される川野。
「昔は、皆で野球観戦行ったりもしましたよね。」
「うん。私も、ユニフォームまで買って応援しに行ってたっけ。でも、推しの選手が引退しちゃってからは、行ってないなぁ〜。球場で飲むビール、最高なんだけどねっ。」
「最近は、観戦チケットも人気で取りづらいみたいですね〜。」
2人は公園内の隅の方で立ち止まり、昔話をしたり、賑やかな光景を眺めながら、残りのソフトクリームを堪能した。
「ご馳走様でしたっ。ありがとうね!公園内は通らずに、外側から行こうか。」
「そうですねっ、こっちに進みましょう。」
そう言って駅に向かい出したのだが、人は公園の外まで溢れかえっている。
幸い、皆同じ方向に流れているので、極端に他人とぶつかることは無さそうだが、周りの歩くペースに合わせながら、ゆっくりと歩いて行くしか無い。
「姉さんっ、こっち。」
サッと山口の手が伸びて来て、川野の腕を掴んだ。
「おうっ。ごめんごめんっ。」
どうやら、川野が横断歩道を渡るのに集中し過ぎて、隣で歩いていた山口から、徐々に離れてしまっていたようだ。
そのまま、彼にまるで連行されるような形で、川野の乗るJRの駅前まで辿り着いた。
「すみません、手荒な真似して。姉さん、どんどん先に行っちゃうから。」
そう言って山口は、川野の腕からそっと手を離した。
「こちらこそ、ゴメンね!私の悪い癖だね。じゃぁ、ここで。お疲れ様でした。明日も頑張ろうねっ!」
川野は少し戸惑いながら、愛想笑いを浮かべた。
「お疲れ様でした。⋯楽しかったです!元気出ましたっ。明日もよろしくお願いします!ではっ。」
明るい声とは裏腹に、控えめな涼し気な顔を背け、山口は人混みの中へ消えて行った。




