登竜門
今回のこのGW企画は、神奈川の県央エリアにある大きな緑地公園で、三笠企画・横浜支社が行政から依頼され、開催するものとなる。
毎年お馴染みの行事なのだが、担当する社員が毎年違うため、内容も年々変わってくる。
この恒例イベントはいわば、担当社員のセンスや手腕が試され、他社員と明確に比較され、今後の出世へ響く案件なのだ。
今年の山口チームは、園内ウォークラリーを実施したり、広場で輪投げやヨーヨー釣りなどのミニゲームコーナーを開催する。
そして、ゲストが1日ゆったりと公園遊びを楽しめるようにと、キッチンカーを8台ほど募集して、フードイベントも行う事になっている。
因みに、川野も係長になりたての頃、この仕事を仕切る機会があった。
彼女はとても張り切って、色々と楽しそうな企画を立てたのだが、3日間行うはずのイベントは荒天のため、実際はそのうちの1日しか開催出来なかった。
「あぁ、ここだ、ここ。今年は、嵐が来なきゃ良いよね〜。」
公園の駐車場に着き、その切ない記憶がよぎったのか、川野がボソッと呟いた。
「あの時は、散々でしたよね。初日以降は大雨で、風も強く吹いていて⋯。そんな中、ずぶ濡れになりながらテントとか備品を撤収して。姉さん、悔しそうな顔してましたっけ。」
「そうそうっ!ついには雷まで鳴りだして。堀田課長はズル休みするし、電話掛けても出ないし。あの時は本当に参ったよ。でもさ、今回はテントを並べずにキッチンカーに来てもらうから、いざという時も対応がしやすいかもね。名案だよ!ゲームコーナーも楽しそう♪」
川野は企画書を読み切り、山口に微笑んだ。
緑地公園はとても広く、駐車場から入園するとすぐ、休憩所と売店が併設されている管理棟があり、その先にイベントを行う広場がある。
川野と山口はさっそく管理棟に向かい、責任者や役所の担当者とイベントの最終確認をした後、計画書や許可書などの必要書類を提出した。
毎年の事なので、先方との打ち合わせはスムーズに行き、穏やかに終えることが出来た。
「あとは、ウォークラリーのスタンプ設置場所の確認ですねっ。グルっと一周歩きますが、姉さん大丈夫ですか?」
山口が、尋ねた。
「もちろん!まだまだ体力には自信がありますよ☆」
そう意気込んだ川野だったが、考えが甘かった。
実際は、想像以上に高低差のある、山道と言っても良いほどの険しい遊歩道だった。
「ハァッ⋯ハァッ⋯。キツいっ⋯。山口君〜!よくそんなにテクテク歩いて行けるねっ!ハァ⋯、この先、下って、また上り坂?いつまで続くのかな⋯。」
息を切らし、ブツブツと独り言を言いながら、上り坂を歩く川野。
「姉さ〜ん、もうすぐですからっ!次のあの坂を越えれば、展望台になっていて、ウォークラリーのチェックポイントとなりますっ!」
先を歩いていた山口が、精一杯の声を振り絞り、川野にそう叫んだ。
「ハァッ⋯ハァ⋯。着いた〜!疲れた〜!!」
山口の到着から5分ほど遅れ、川野はやっとの思いで展望台に着き、近くのベンチに雪崩込んだ。
「ははっ、姉さんお疲れ様です!これどうぞっ。僕の奢りです。」
そう言って山口はニコっと笑い、冷たい緑茶のペットボトルを川野に差し出して来た。
すぐそこの自販機で、彼女の分のお茶も買っておいてくれたのだ。
「えっ?ごめん、ありがとうっ!じゃあ後でさ、入口の売店でソフトクリームご馳走させてねっ。」
川野は山口の親切を受け取り、美味しそうに緑茶をゴクゴクと飲み出した。
「ふぅ~、美味しい!⋯そして、ここからの景色、綺麗だね〜!」
そう言って川野は、気持ち良さそうに両腕を上げて深呼吸をした。
一息ついて、ふとベンチから景色を眺めると、そこには色んな色のポピーやチューリップの花が、小高い丘を包むように、鮮やかに咲き誇っていた。
「そうですね〜、天気も良いですし。春ですね〜。」
温かな風に吹かれながら、まったりとくつろぐ2人。
川野は穏やかな山口といると、いつもこの調子だ。
横浜に戻って来て、仕事中にこうして癒される事はほとんど無かったので、その反動でなのか、いつも以上に、まったりとしている。
だが、このゆったりとした時間は、長くは続かなかった。
ピロリロリン♪―
湯川からの電話だ。
慌てて、電話を取る川野。
「はいっ!川野です。⋯ハイ。⋯⋯ハイ。⋯⋯ハイ、承知しました。失礼します。」
スマホを切った川野。
「山口君、なんか向こうのチームの関係なんだけどさぁ。今からリスト送るから、帰りにホームセンターで消耗品買って来いだってさ。」
本島チームは、今は誰一人、手が離せないそうなので、川野と山口が買い出しを命令されたのだった。
仲間同士なので、助け合うのはお互い様。
とはいえ川野と山口も、これから注文しておいたウォークラリーの台紙を、大田区の紙工会社に取りに行く仕事が残っている。
湯川にそれを言っても逆上されるだけなので、大人しく買い出しも引き受ける事にしたのだが、何だか腑に落ちない。
川野の隣で、同じく困ったような顔をする山口。
彼は彼なりに、この先のスケジュールを立てていたので、雑用を押し付けられた事で予定も乱され、良い気はしていないだろう。
「山口君〜、さっきソフトクリームって言ったけど。ホームセンター寄るなら、あそこにタコ焼き屋さんあったよね?せっかくだから、タコ焼き食べちゃおっ!」
川野は、自分がお腹が空いたのもあるが、山口を元気付けようと、そう提案した。
穏やかに笑い、頷く山口。
「そうですね、じゃあ、お言葉に甘えて。久々に、姉さんにタコ焼き、ご馳走してもらいますっ。」
こうして2人は気を取り直し、色とりどりの花に囲まれた遊歩道を、下って行くのであった。




