山口君の呟き
山口がメインで仕切る、GW企画に加わった川野は、さっそく先方との打ち合わせに、同行する事となった。
「急でごめんね〜、川野ちゃん。ウチと今井君は、これから別案件の打ち合わせが入ってて。資料はそれで全部だから、ヨロシクね!」
木村さんが申し訳なさそうに、言った。
「いえいえ、喜んで行きますよ〜!山口君が運転してくれるとの事なので、十分、資料に目を通せますし。打ち合わせ頑張ってきます!」
川野は、久々に横浜のメンバーと本格的に仕事に取り組めるため、ワクワクしていた。
「では姉さん、そろそろ行きましょうかっ。」
山口が腕時計に目を落とし、囁く様な小さな声で言った。
「了解っ。外回り行ってきます!」
こうして2人は、事務所を後にした。
バンッ―
「いや〜、ホント久しぶりだね〜。前はよく、山口君とこうして打ち合わせに出掛けてたよねっ。」
横浜支社を離れたのは、ざっと半年程なのだが、まるで何年も前の事かのように懐かしんでいる川野。
「そうですね〜。姉さんが異動になった時は、正直、もうこうして一緒に仕事する機会は、二度と訪れないのかと思いましたよ。帰ってきてくれて嬉しいですっ。」
山口は、慣れた手つきでハンドルを握りながら、ニコッと笑った。
地下駐車場を出た車は、賑やかな中華街や横浜スタジアムの前を通り、高速道路へ乗るための道のりを進んで行く。
今日も快晴だ。
「でもまさか、あの姉さんが、もうすぐ結婚するなんて⋯。ビックリしましたよ。しかも、相手は僕の同期なんて。」
「そうそう、哲也君、山口君の事覚えてたよ!新人研修で何日か一緒だったけど、同期の中で一番感じの良い人だったって。」
「はははっ。逆に僕も山本の事、覚えてますよ。背が高くてニコニコしてる、穏やかな人だったので。」
「そっかぁ⋯。山口君がそんな風に覚えててくれて、きっと彼も喜ぶよっ。」
山本は、入社当時から自分は浮いている存在だったと言っていたので、山口の意外な言葉を聞いて、川野は思わず嬉しくなった。
「山本は良いなぁ〜。役職はもう係長で、姉さんをお嫁にもらえて⋯。僕にとっては、昇進も結婚もほど遠いですからっ。」
普段、不平不満や愚痴をこぼさない山口が、珍しく溜め息交じりにそう言った。
「確かに、山口君は係長になっても申し分ないよね。堀田が長年、好き放題やってたせいかな?」
両腕を前で組み、険しい顔で堀田を思い出す川野。
その様子をチラッと見て、山口が力無く微笑んだ。
「いえ、分かってるんです。僕には企画力や説得力が足りないんです⋯。ほら、あの第二支社の佐渡も、僕と同期ですが、今は係長ですよね?実力がある人は、年齢関係なく昇進して行く。本島さんだって、僕より年下ですが、栄転されて係長になりましたし。」
「⋯なんかさぁ、同期や後輩が自分より先に昇進すると、複雑な気持ちになるよね。私もそうだった。増岡とは仲が良いけど、アイツは私より先に係長になったし、私が係長になって、やっと再び肩を並べたと思ったら、課長に昇進して第二支社の立ち上げメンバーになって行ったし。何だか自分だけ、取り残された様な気持ちになったのを覚えてる⋯。」
昔の辛かった時期をどんどん思い出し、川野は車の天井を仰いだ。
「⋯でもね、左遷されて降格させられて、返り咲いた奴も、ここにいるからっ。それに、山口君は自分が思うより、ずっと実力あるんだよ!長年、あなたを見てきた私が言うんだから、間違いないっ。」
川野は、今思い浮かぶ精一杯の言葉で、力強く彼を励ました。
実は山口は、川野が初めて教育係を任された後輩だった。
彼は、穏やかで控えめな性格なので、自分の意見をぶつける事に苦手意識を持っている。
それでも、人と人の間に入って調整をしたり、不備の無いように全体を把握する力は群を抜いている。
山口はいわゆる、秘書やマネージャー気質、人間関係の潤滑油的な貴重な存在なのだ。
「姉さんっ、ありがとうございますっ。すみません、こんな話になってしまって。」
「こらこら、泣いたら前が見えなくなるからっ。もう!ふふっ、安全運転でお願いしますよ〜。」
そう言って川野は、ティッシュペーパーを1枚、彼に差し出した。
そして、少し泣きそうな山口を見て、苦笑いをした。




