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川野課長の憂鬱〜ブルーでライトな横浜凱旋〜  作者: 桃山あんづ


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13/49

始業前です

山本の作ってくれた温かい豚汁と白いご飯は、それはそれは美味しく、川野の心とお腹を、十分に満たしてくれた。


川野は、こうして喜んで、自分を甘やかしてくれる彼の事が、やはり好きでたまらない。



翌日の日曜日は、山本の提案で、吉祥寺の小さな映画館へ行った。


ここは以前、当初のデートの相手だった佐渡の代理として、山本が川野と初デートした場所だ。



「今度はホラー以外でねっ。」



チケット売り場で、川野の腕に自分の腕を絡ませながら、山本が微笑んだ。



初デート時、山本は後に予定があると言い、18:00までと時間に縛りをつけていたのだが、ここだけの話、その予定とは実家に顔を出す事だったのだ。


母親が夕飯を用意している事は、百も承知だったが、川野と少しでも楽しい時間を過ごしたくて、映画後のファミレスでつい、たくさん飲み食いしてしまったのは、今となっては良い思い出だろう。



色々あったが、結果的に楽しかった週末⋯。


ちゃんと山本と仲直りが出来た川野は、彼から溢れんばかりの愛情を注がれ、すっかり上機嫌だった。




しかし、今日からまた仕事が始まる。


山本よりも早く家を出て、赤い電車に乗り込み、横浜へ向かう川野。

吊り革を持つ彼女の後ろ姿は、肩が丸まり、力無く見えた。







「おはようございます!」



気持ちを切り替え、川野は元気良く事務所に入った。



「おうっ、おはようっ。」



湯川はすでに、自分のデスクでホットコーヒーを飲んでいた。

2人以外に、出勤している者はまだいない。


またこのパターンか。


この後、本島が出勤して来るのか?

そしてまた、苦手な2人との、気まずい雰囲気に呑まれなくてはならないのか?


それなら、まだ始業の時間まで余裕があるので、コーヒーを買いに行くふりをして、休憩所に逃げ込もうか。


湯川に会釈をしつつ、頭の中でグルグルと回避方法を考えながら、川野はとりあえず、自身のデスクに着いた。



「光っ、この前の飲み会は、すまなかったな。」



神妙な面持ちで、湯川が口を開いた。


確かに、先日の歓迎会の彼の姿は、とても褒められたものではなかった。

おまけに彼の残り香のせいで、山本との仲が危ぶまれた。


一言、迷惑だったと本音を言って良いものだろうか?



「いえ。でも、程々にして下さいよ。その後、大丈夫でしたか?」



川野は、文句を言うのをぐっと堪えて、そう返した。



「なんかさっ、久々に、光や皆の顔を見ながら酒飲んでたら、楽しくなっちまってな。横浜は、やっぱり良いよな〜。お陰で翌日は、酷い二日酔いだったけどな。」



「そうですか⋯。まぁ、無事で良かったです。⋯あっ!コーヒー買いに行こうっ。」




川野は、湯川の話を深掘りする事なくサラッと流し、勢い良く席を立った。




「俺もコーヒー買いに行こうかな⋯。」




湯川はボソッと呟き、川野に続いて席を立った。


後ろを付いてくる湯川に、思わず驚く川野。


彼から少しでも距離を取りたいがために、捻り出した作戦が、出だしから挫かれてしまった。


今の今まで、片手に持っていたホットコーヒーはどこへやったのか?



「あれっ?湯川次長。⋯コーヒー飲まれてなかったですか?」



川野は歩く速度を早めながら、つい尋ねてしまった。



「えっ?⋯あぁ、さっきのはブラック。次は甘いカフェオレにしようかな〜。」



いつの間にか川野に追い付き、彼女の横を歩きながら、会話を続ける湯川。


この状態で、さすがに上司を冷たくあしらえるほど、強くはないサラリーマン川野。



「あまり、コーヒーばっかり飲んでいると、体に良くないですよ?」



自分と話したそうな湯川に、仕方なく付き合うことにした。


珍しく、ニッコリと微笑む湯川。



「光、お前は、人を気遣うという心を学んだんだな。偉いぞっ!よしよし、コーヒー奢ってやる。⋯じゃあ、俺は緑茶にしようかな。」



どこか嬉しそうな湯川は、当たり前のように、川野にブラックの缶コーヒーを渡して来た。



「ありがとうございますっ。」



戸惑いながらコーヒーを受け取り、会釈をする川野。


湯川は川野が、コーヒーはブラックしか飲まない事を覚えていたのだ。



「光っ、ついでに一服もして行くか?」



そう言って、湯川はスーツの内ポケットから、煙草の箱を取り出した。



「あぁ、私、もう煙草やめたので。」



川野は右手を横に振り、断った。



「えっ!お前、やめたの?昔はよく一緒に吸ってたじゃないか⋯。いつ?山本が、喫煙者は嫌だって言ったのか?」



「違いますよっ、もっと前です。30歳を機に、やめました。喫煙者には厳しい世の中ですからね。やめてしまえば、意外と平気ですよ。湯川次長こそ、結婚を期に、禁煙しませんでしたっけ?」



「そうだな⋯。それはだな⋯。」



俯きながら、哀愁を漂わせ始めた湯川。

筋肉を鍛え上げ、精神も強い男だが、気が沈む時だってあるのだ。



「あっ!次長、そろそろ、いい時間なので、一服するなら早くした方が良いです。私、ここで待ってますから。」



「⋯ありがとうっ。光はやっぱり、優しい所あるよな。」




寂しそうに笑みを浮かべ、湯川は喫煙室に入って行った。



湯川の煙草物語が長くなりそうだったので、とりあえず彼を喫煙室に誘導する事に、成功した川野。


しかし、そのまま放置して、自分だけ事務所に戻ってしまっては、少し可哀想なので彼を待つことにした。



缶コーヒーを飲みながら、男前な顔で、休憩所の窓から差し込む朝日を浴びる川野。



(疲れた⋯。)



まだ始業前の一時を、まさか湯川とこんな風に過ごすなんて。

一日働いた分のストレスを、一気に溜めた気分だ。



それでも新人時代、湯川に厳しくされながらも、可愛がってもらった記憶が少し蘇り、懐かしさを覚える川野であった。







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