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第八話 A級レギオン《フェンリル》

旧東京第七区。封鎖された死の都市。

そこで再び運命が交差しようとしていた。

追う者。探す者。それぞれの思惑が動き始める。だが当の本人は。そんなことを知る由もなかった。


 ♦︎


「EVEぇぇぇぇぇ!!」

俺は全力で走っていた。

「次は何体だぁぁぁぁぁ!?」

背後から響く金属音に半泣きで叫ぶ。

『前方にケルベロス二十三体を確認、頑張れ』

「頑張ってで済む数じゃねぇだろぉぉぉぉ!!」

二十三体。もはや訓練ではない。虐待である。

崩れた車を飛び越えながら俺は必死に逃げる。

後ろではケルベロスの群れが瓦礫を踏み砕きながら迫っていた。

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!」

『現在の死亡率は』

「聞きたくねぇ!!」

その時だった。EVEが突然黙り込む。珍しい。

普段なら何かしら言い返してくる。

『……おかしい』

「何がだ!?」

EVEの視線は俺ではなく遠くを見ていた。

空中にホログラムが展開される。旧東京第七区の地図。無数の赤い点が映し出される。

『RAIGIN反応が異常に集中している』

「集中?」

『明らかに集まりすぎてる』

その瞬間。ゴォォォォォン……地面が揺れた。

足元から伝わる重い振動。まるで地下で巨大な何かが目を覚ましたような音だった。

「今のは……?」

次の瞬間。俺を追っていたケルベロスたちが動きを止めた。

「……あ?」

そして。一斉に向きを変える。俺を無視して。遠くの廃墟群へ向かって走り始めた。

一体。二体。三体。二十三体全部。

「え?」

思わず立ち尽くす。

「俺の圧にビビったか?」

だがEVEは無視をしていた。

『嫌な予感がする』

EVEの横顔が僅かに曇る。その表情を見た瞬間。冗談を言う気も失せた。


「四郎、聞こえるか」

司令室。カレンが無線を開く。

『聞こえてますよ』

いつも通り気の抜けた声。だが司令室の空気は重かった。モニターには旧東京第七区。

赤い警告表示が次々と増えている。

『RAIGINの行動パターンが異常です』

「原因は」

『現在解析中ですが――』

そこで四郎の言葉が止まった。キーボードを叩く音だけが響く。そして。

『最悪の可能性があります』司令室の空気が凍る。

その瞬間だった。無線が割り込んだ。

『おいカレン』

豪快な声。十文字剛だった。

「十文字か」

『すげぇぞ』

笑っている。だがその声には興奮が混じっていた。

「どうした」

『ケルベロスどもが俺を完全に無視しやがった』

カレンの眉が動く。

『全員、エネルギー反応が出てる地点に向かってやがる』

十文字の視線の先。無数の機械獣が廃墟の向こうへ走っていく。まるで何かに呼ばれるように。

『こんなの初めて見るぜ』

その報告と同時だった。四郎が息を呑む。

『解析完了』

司令室の全員が振り返った。

『旧東京第七区地下研究エリアで異常エネルギー反応を確認』

カレンの目が細くなる。

『周辺RAIGINがエネルギー供給行動を開始しています』

嫌な予感だけが膨れ上がる。そして。四郎が静かに告げた。

『A級レギオン起動の可能性があります』

誰も口を開かなかった。モニターの数値だけが上昇を続ける。やがて。四郎の表情が変わった。

『識別コード確認』数秒の沈黙。

そして。

『フェンリル』

その名が告げられた瞬間。司令室の空気が変わった。

カレンの眉がぴくりと動く。

「……A級だと?」

四郎が静かに頷く。

『正直、僕たちだけで対処するのは危険です』

モニターには上昇し続けるエネルギー値。

数字は止まらない。

『RAIGIN協会へ応援要請を出した方がいいかもしれません最悪の場合は撤退も視野に――』

「チッ」

カレンが舌打ちした。

「上の連中は嫌いなんだよどうせ現場も知らずに好き勝手言う」

だが四郎は首を振る。

『好き嫌いの話じゃありませんA級ですよ下手したら死にますよ』

珍しく冗談のない声だった。

その時。無線が割り込む。十文字剛だった。

『悪いがそっちには行けねぇ』

カレンの眉がひそめられる。

『何があった』

十文字は笑った。だがその視線は目の前の一点から動いていない。廃ビルの上。そこに一人の人影が立っていた。虎の仮面。風になびく青髪。そして手に握られた長槍。

『どうやら俺たち以外にも先客がいるらしい』

十文字が肩を鳴らす。

『漂流者だあの虎の仮面…蒼槍の流星って言われてるやつだな。しかも結構強そうだぜ』

ビルの上の男――蒼空は静かに槍を構える。

その姿を見た瞬間。十文字の口元が獰猛に歪んだ。

『久々に楽しめそうだ』

ブツッ。

通信が切れる。

「馬鹿が……」

カレンが額を押さえた。A級レギオン。正体不明の漂流者。そして神代悠人。問題が一気に増えている。

「お前ら、出るぞ」

カレンが立ち上がる。周囲の兵士たちが一斉に動き出した。その後ろを颯太も追う。

「待ってください。俺も行きます!」

「勝手にしろ」

短くそう言って歩き出した。



♦︎


『悠人、ここは危険だから逃げるよ』

EVEの声が少しだけ鋭くなる。

「おう、分かった」

頷きかけた瞬間だった。目の前に人影が降ってきた。

ドンッ――!!

アスファルトが砕ける。黒い外套。鬼の仮面。そして刀。

「あ」

見覚えがある。トラウマだったからだ

何の説明もなく俺を殴り飛ばした女。

「お前――!」

次の瞬間。刀が振られた。

「うおっ!?」

反射的に身体を捻る。銀色の刃が鼻先を通り過ぎた。

遅れて頬に熱が走る。

切れている。

あと少し反応が遅ければ首だった。

「ちょっ、待て待て待て!!」

話し合いは!?そう叫ぶ暇もない。神楽は一歩踏み込む。再び刀が閃いた。速い。速すぎる。

俺じゃ見えない。完全に死ぬ。そう思った瞬間。

ガキィィィン!!

金属音が響く。神楽の刀が止まった。

EVEだった。いつの間にか俺の前に立っている。

神楽の刃を片腕で受け止めていた。

再び神楽が刀を構える。EVEが一歩前へ出た。

二人の視線が交差する。

空気が張り詰める。

俺は思わず息を呑んだ。

『悠人』

EVEが背を向けたまま言う。

『下がって』

「お、おう……」

素直に頷く。今ここにいたら死ぬ。

本能がそう告げていた。神楽の足が動く。

EVEの姿が揺らぐ。次の瞬間。ドォォォンッ!!

凄まじい衝撃音が旧東京に響いた。

砕けるアスファルト。吹き荒れる衝撃波。

そして。俺の視界から二人の姿が消えた。

「……は?」

何も見えなかった。

本当に。何も。

ただ一つだけ分かったことがある。

俺じゃ。

あの戦いにはついていけない。



旧東京第七区地下研究エリア。

「俺たちラッキーっすよね」

若い兵士が笑った。

「神代悠人だの漂流者だの、あんな化け物連中と戦わなくて済むんだから」

隣の兵士も苦笑する。

「馬鹿。聞かれたら怒られるぞ」

「どうせ聞こえませんって」

二人は警戒任務もそこそこに雑談を続ける。

「A級レギオンだっけ?どうせ昔の人間が大袈裟に――」

そこで言葉が止まった。何かがおかしい。

隣から返事が来ない。

「先輩?」

振り向く。そして。理解が止まった。

先輩の頭がなかった。

首から上だけが。綺麗に消えていた。

ドサリ。

身体だけが倒れる。

「……え?」

理解が追いつかない。

悲鳴すら出ない。その時だった。

背筋が凍った。何かいる。

背後。

本能が叫ぶ。振り返るな。逃げろ。

だが身体は動かない。

恐る恐る首を動かす。赤い光が二つ。

獣の眼だった。

「ひっ――」

声にならない。

次の瞬間。絶叫が地下へ響き渡った。

「うわあああああああああああああ!!」

封印されていた災厄が解き放たれた。

A級RAIGINフェンリル。

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