第七話 死にかけるほど強くなるらしい
それから俺は、この封鎖都市でEVEの特訓を受けることになった。特訓と言っても聞こえはいい。
実態は地獄だった。レギオンと戦わされる。死にかける。回復する。また戦わされる。
死にかける。その繰り返しだ。
「訓練ってもっとこう……筋トレとか走り込みとかじゃないのか?」
『実戦が一番効率いい』
「効率重視すぎるだろ!」
『死にそうになると成長する』
「その理論怖ぇよ!」
そんな日々の中で、EVEは色々なことを教えてくれた。まず、この世界ではRAIGINとの適合率によって、人間が引き出せる力が決まるらしい。
F級 2〜9%
E級 10〜19%
D級 20〜29%
C級 30〜39%
B級 40〜59%
A級 60〜79%
S級 80〜99%
SS級 100%
『100%は理論上の数値』
『到達者はいない』とのことだった。
ちなみに俺は――
1%。
F級ですらない。G級。
『逆に才能だと思う』
とEVEは言った。慰めになってない。まったくなってない。そして俺はもう一つ衝撃の事実を知った。
この身体の本来の持ち主。この世界の神代悠人。そいつは天才だったらしい。
論文。研究発表。学会。学生時代から何度も記事になっていたという。俺とは別人だった。
完全に別人だった。俺なんて高校卒業してからゲームばっかりしていた元引きこもりだ。
勝てる気がしない。EVEについても少し分かった。こいつは前の神代悠人が作った特殊RAIGINらしい。
本来のRAIGINは人格を持たない。会話もしない。ホログラムにもならない。だがEVEだけは違う。
前の神代悠人が、自分が目覚めた時に起動するよう作ったらしい。意味が分からない。
天才の考えることは本当に分からない。そんなことを考えていた時だった。
『悠人』
「ん?」
『前』
「前?」
顔を上げる。その瞬間だった。ガギャアアアアアアアアッ!!
「うわぁっ!?」
ケルベロスが突っ込んできた。しまった。完全に考え事をしていた。ドォンッ!!
視界がひっくり返る。背中から地面に叩きつけられた。肺の空気が全部抜ける。
「ぐぇっ!?」
気づけばケルベロスが馬乗りになっていた。重い。洒落にならないくらい重い。
巨大な牙が目の前まで迫る。
「やばっ――」
ガギギギギギッ!!咄嗟に鉄パイプを差し込む。火花が散る。腕が悲鳴を上げる。
力負けしている。完全に。
「おい!!」
俺は叫んだ。
「EVE!!」
『ふむ』
「ふむじゃねぇ!!」
信号機の上からEVEが見下ろしている。
『学習中かなと思って』
「今は授業参観じゃねぇ!!」
牙が少しずつ近づく。あと数センチ。鼻先まで来ている。終わった。本気でそう思った。
「EVEぇぇぇぇぇぇ!!」
半泣きで叫ぶ。するとEVEは小さくため息を吐いた。
『仕方ないな』
その瞬間。EVEが片手を持ち上げた。青白い光が掌に集まる。パチッ。パチッ。
空気が弾ける。周囲の瓦礫がふわりと浮き上がった。
「……え?」
思わず目を見開く。ケルベロスも危険を察知したのか、三つの首を一斉にEVEへ向けた。
だが。遅い。
『消えて』
次の瞬間。閃光が走った。ドォォォォォォンッ!!!轟音。衝撃波。視界が真っ白に染まる。
俺の身体まで吹き飛ばされた。
「うわぁぁぁぁぁっ!?」
何度か転がった後、恐る恐る顔を上げる。そこには。
一直線に抉れた街があった。道路が消えている。ビルの壁が吹き飛んでいる。
そして。ケルベロスがいた場所だけが綺麗になくなっていた。跡形もなく。完全に。
「…………」
数秒固まる。いや待て。今の何だ?ケルベロスどころか街ごと吹き飛ばしかけてなかったか?
恐る恐るEVEを見る。信号機の上で足をぶらぶらさせている。まるで散歩の途中みたいな顔だった。
「お前……今の……」
『ん?』
「ん?じゃねぇよ! 処理規模がおかしいんだよ!」
そんな会話をしていた時だった。ピコン。目の前に青白いウィンドウが表示される。
【適合率上昇】
【1.0% → 1.3%】
【上昇値:+0.3%】
「…………」
俺は二度見した。やっぱり1.3%だった。
「渋すぎるだろ……」
思わず叫ぶ。
「命懸けで戦って、死にかけて、やっと0.3%!?」
『そんなことないわよ』
EVEが首を傾げる。
『0.3%上がるなんて珍しいもの』
「嘘つけ」
『本当』
即答だった。
『普通の人間は数年訓練しても0.1%上がれば優秀』
「……は?」
『0.3%なら十分異常』
からかいではなく。EVEは本気で言っているらしかった。俺はもう一度表示を見る。
【1.3%】
たったそれだけ。だが。EVEの表情は、なぜか少しだけ満足そうだった。
♦︎
巨大なモニターが並ぶ室内。オペレーターたちが慌ただしく端末を操作していた。
「まだ見つからないのか」
カレンが苛立った声を漏らす。その一言だけで室内の空気が重くなった。
オペレーターたちは顔を青くしながら作業を続ける。神代悠人の逃亡。
それは今、RAIGIN治安維持局最大の問題になっていた。その時だった。
『旧東京第七区にて異常エネルギー反応を確認』
機械音声が司令室へ響く。カレンの目が細くなった。
「旧東京第七区だと?」
一人のオペレーターが振り返る。
「はい。数分前です」
「反応規模は?」
「現在解析中ですが……かなり大規模です」
旧東京第七区かつてゲート襲撃事件が発生した封鎖区域。一般人は立ち入り禁止。
今ではレギオンしか存在しない死の街だ。その場所で異常反応。偶然とは思えなかった。
その時。自動ドアが勢いよく開く。
「カレンさん!」
駆け込んできたのは一人の少年だった。短い黒髪。まだ若さの残る顔立ち。
一ノ瀬颯太。治安維持局の新人隊員だ。
「悠人が目を覚ましたって本当ですか!?」
息を切らしながら叫ぶ。カレンは呆れたように眉をひそめた。
「颯太。まず落ち着け」
「でも――」
「神代悠人は現在逃亡中だ」
その言葉に颯太の表情が固まる。カレンはモニターへ視線を向けたまま続けた。
「病院から転移テレポートによって離脱現在行方不明そして今、旧東京第七区で異常エネルギー反応が確認された」
颯太もモニターを見る。
「悠人……」
「ゲート襲撃事件との関連も考えられる」
カレンは立ち上がった。黒いコートが揺れる。
「現地へ向かう」
その瞳には獲物を追う獣の光が宿っていた。カレンは颯太を見る。
「どうだ、颯太」
口元がわずかに歪む。
「お前も来るか?」
その言葉を聞いた瞬間。
颯太の表情が引き締まった。
♦︎
その頃――。旧東京から離れた廃ビルの屋上。夜風が吹き抜ける。
「雫!」
元気な声が響いた。青髪を揺らしながら、一人の少女が駆け寄ってくる。
虎の仮面を頭の上に乗せた少女――蒼空だった。
「旧東京第七区で大規模なエネルギー反応が出たらしいよ!」
その言葉を聞いた瞬間。黒い仮面の少女が振り返る。
「……その名前は使わないで」
冷たい声だった。蒼空は肩をすくめる。
「あー、ごめんごめん」
そしてニヤリと笑った。
「黒雷の神楽さん?」
ゴッ。鈍い音が響く。
「痛っ!?」
蒼空が頭を押さえてしゃがみ込む。神楽は無表情だった。
「理不尽すぎる……」
蒼空が涙目になる。神楽はため息を吐いた。そして夜空を見上げる。
「それで?」
「反応の正体は?」
蒼空も表情を引き締めた。
「まだ分からない」
「でも場所が場所だしね」
旧東京第七区。その名前だけで空気が変わる。
「あそこは封鎖区域しかも事件があった場所だからねー」
蒼空は笑う。そして。少しだけ真面目な顔になった。
「もしかしたら悠人かもしれない」
沈黙。風だけが吹く。神楽はゆっくりと目を閉じた。
悠人。蒼空が顔を見上げている。神楽その声音はいつになく真剣だった。
「私たちは漂流者、この世界の人間じゃない」
蒼空も黙って聞いている。神楽の瞳が夜の闇を射抜く。
「元の世界へ帰る方法を知っている可能性があるのは神代悠人だけ」
蒼空が小さく笑った。
「やっと会えるかもね」
次の瞬間。二人の姿が闇へ溶ける。それぞれの勢力が、旧東京第七区に向かった。




