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第五話 LIMITER RELEASE

みんなは、身に覚えのないことで責められたことがあるだろうか。

やってもいないことをやったと言われる。知りもしない人間から恨まれる。やってもないことに怒られる

理不尽だと思うだろう。俺もそう思う。だが、そんなあり得ない状況が今まさに起きていた。

人生でこんな一日があってたまるか。壁にもたれながら顔を上げる。その瞬間だった。仮面の少女が動いた。いや、動いたというより――突っ込んだ。目にも止まらない速度。黒い残像だけが廊下を走り抜ける。その先には赤髪の女。カレン・アークライト。俺は反射的に壁の陰へ飛び込んだ。

「うおっ!?」

慌てて身を縮める。本能が警鐘を鳴らしていた。あそこにいたら死ぬ。間違いなく死ぬ。カレンは仮面の少女を見据えたまま口元を歪める。

「神楽」

低く響く声。獲物を見つけた猛獣みたいな目だった。

「まさかここでお前と会うとはな」

神楽と呼ばれた少女は答えない。ただ静かに立っている。その姿は人形みたいに無機質だった。だが、不思議と目が離せない。カレンは続ける。

「やはりお前も神代悠人目当てで来たのか?」

その瞬間。背中の装備が展開した。ガコン。ガコン。重い金属音が響く。大型機関銃。病院で出していいサイズじゃない。絶対に違う。

「おい待て」思わず口から漏れる。

「ここ病院だぞ!?」

当然ながら誰も聞いていなかった。次の瞬間。ドドドドドドドドドドドッ!!轟音。機関銃が火を噴く。

一直線に伸びた廊下へ、無数の銃弾が叩き込まれた。壁が砕ける。床が抉れる。窓ガラスが吹き飛ぶ。

もはや病院ではない。完全に戦場だった。いや、戦場の方がまだ病院を大事にするんじゃないか?

神楽は一歩踏み出した。消えた。そう見えた。壁を蹴る。天井を蹴る。飛び交う銃弾の隙間を縫うように駆ける。弾丸が頬を掠める。髪を掠める。それでも当たらない。一発たりとも。まるで最初から弾道が見えているみたいだった。

「は……?」

思わず声が漏れる。意味が分からない。人間が避けられる速度じゃない。そもそも人間が機関銃を撃ちながら病院で戦うな。煙が廊下を満たしていく。白い煙幕の向こう。神楽の長い黒髪が静かに揺れた。仮面の隙間から覗く瞳だけが、氷みたいに冷たく光っている。そして、その正面。カレン・アークライト。赤と橙が混ざった長髪が揺れる。燃え上がる炎を閉じ込めたみたいな色だった。戦意を隠そうともせず、堂々と立つ姿は圧倒的だった。黒髪の鬼。赤髪の猛獣。病院の廊下を挟んで向かい合う二人を見て、俺は思った。――転生物って転生した奴が主人公だよな?

カレンは口元を吊り上げる。

「……さすがだな、黒雷の神楽」

カレンは獰猛に笑った。

「なら、私も本気で行かせてもらうよ」

その瞬間だった。カレンの首元に埋め込まれた装置が赤く発光する。ゴゥ――。熱風が吹き抜けた。

まるで見えない炎が空気そのものを焼いているみたいだった。赤橙色の光が首元から全身へ広がる。コートの裾が激しくはためく。床に散らばった金属片が熱で赤く染まり始めた。一方。神楽の右腕を青白い電流が駆け上がる。バチッ。バチバチッ。黒い装甲の隙間から漏れ出した雷光が静かに空気を裂いていた。

炎と雷。正反対の力。それなのに二人が放つ圧力は同じだった。

『超高エネルギー反応を検知』

EVEの警告が響く。

「接続開始――RAIGIN認証」

二人は同時に口を開いた。

「LIMITER RELEASE」

次の瞬間。世界の色が変わった。カレンの背後で炎のような赤い粒子が舞い上がる。その手には、人間が扱うには大きすぎる機関銃。砲身は赤熱し、まるで火竜の顎みたいに熱気を吐き出していた。対する神楽。いつの間に抜いたのか、一振りの日本刀を静かに構えている。刀身を走るのは雷。だが普通の雷じゃない。青白く光るはずの電流が、黒かった。夜そのものを削り出したような黒雷。バチバチと不吉な音を立てながら刀身へ絡みついている。思わず息を呑む。

(いや待てなんで銃と刀で互角そうなんだよ)

普通ならおかしい。どう考えても銃が勝つ。小学生でも分かる。刀で銃に勝てるなら軍隊はいらない。

だが。目の前で起きている光景は、その常識を笑うようなものだった。ドドドドドドドドドドドッ!!

カレンの機関銃が火を吹く。廊下を埋め尽くす弾丸の嵐。壁が砕ける。床が抉れる。天井が吹き飛ぶ。

病院というより戦場だった。だが。

神楽は止まらない。バチッ――!黒い雷が刀身を走る。神楽が一歩踏み込んだ瞬間、その姿が掻き消えた。

「なっ――!?」

次の瞬間には十メートル先。さらに次の瞬間には二十メートル先。残像だけが廊下に残る。

銃弾が後を追う。しかし当たらない。一発も。空中で身体を捻りながら弾幕をすり抜けていく。

まるで雷そのものだった。カレンが笑う。

「いいぞ、神楽!」

背中のブースターが爆発した。ゴォォォォッ!!炎が噴き上がる。赤い閃光が廊下を駆け抜けた。

今度はカレンが消える。轟音と共に神楽へ肉薄した。神楽が刀を振るう。

カレンが機関銃を盾のように構える。激突。――ギィィィィン!!耳を裂く金属音。衝撃波が廊下を吹き飛ばした。ガラスが砕け散る。壁に亀裂が走る。俺は咄嗟に頭を抱えて伏せた。

(おかしいだろ!!病院でやる戦闘じゃねぇ!!)

雷が走る。炎が唸る。黒雷と紅蓮が真正面からぶつかり合う。そして――病院全体が大きく震えた。

『カレンさん!』

通信機から慌てた声が響く。橘四郎だった。

『これ以上戦闘を続けると建物が崩壊します!』

「今さらか!」

カレンが叫ぶ。その直後だった。メキッ――。嫌な音が響く。天井に走っていた亀裂が一気に広がった。次の瞬間。ドガァァァァン!!天井が崩落する。コンクリート片が降り注ぎ、病院全体が激しく揺れた。

壁が崩れる。窓ガラスが砕ける。床が悲鳴を上げる。完全に限界だった。病院は半壊した。煙が視界を覆う。白い粉塵の向こう側。神楽の姿が見えた。仮面の奥の瞳だけがこちらを見ている。その視線が真っ直ぐ俺へ向けられる。

「神代悠人……」

小さく呟く。それだけ言い残し、神楽の姿は煙の中へ消えていった。崩れた壁のせいで逃げ場もない。

気づけば俺は追い詰められていた。左には十文字剛。右にはカレン・アークライト。前に進めば捕まる。

後ろは壁。つまり終わりだ。

「詰みじゃねぇか……」

思わず呟く。十文字が楽しそうに笑った。

「観念しろ、神代悠人」

カレンもゆっくりと近付いてくる。燃えるような赤髪。獲物を逃がさない肉食獣の目。その視線だけで足がすくみそうになる。

(終わった……)

そう思った。その瞬間だった。

『警告』

EVEの声が響く。

『病院内RAIGINコア暴走、これを利用して転送を実行しますか?』

「……は?」

意味が分からない。だが考えている暇もなかった。

十文字はすでに距離を詰めている。カレンも目の前だ。選択肢なんて最初から存在しない。

「……はい」

半ば投げやりに呟いた。直後。病院全体が大きく揺れた。ゴゴゴゴゴゴ……。

地下から何かが唸っている。そんな音だった。床の隙間から青白い光が漏れ始める。

壁面を無数の光の線が走る。空間そのものが歪み始めた。景色が揺らぐ。

まるで蜃気楼みたいだった。

「なんだよ……これ」

『地下施設起動を確認、転送システム強制起動』

EVEが即座に答える。その瞬間。カレンの表情が変わった。初めて見る顔だった。焦り。明確な焦り。

「まずい!」

カレンが叫ぶ。

「十文字! 神代悠人を確保しろ!」

十文字が地面を蹴る。床が砕けた。一瞬で俺の目の前まで迫る。だが。

遅かった。青白い光が足元から噴き上がる。

「おい、待て!」

十文字が手を伸ばす。届かない。空間が裂ける。バチバチバチッ!!雷鳴のような音が病院中に響いた。

視界が歪む。景色が引き伸ばされる。体が浮く。重力の感覚が消えていく。

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

俺の叫び声が響く。カレンの姿が遠ざかる。十文字の手が空を掴む。崩れ落ちる病院。

青白く輝く光。全てが渦を巻きながら飲み込まれていく。

世界が白く染まった。

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