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第三話 最悪の歓迎

病院前は騒然としていた。何台もの装甲車が並び、その周囲を武装兵たちが取り囲む。上空では監視ドローンが旋回し、青白い光を病院へ浴びせ続けていた。その最前列。一人の女が静かに病院を見上げている。燃えるような赤髪。黒いロングコート。獲物を見据える猛獣のような鋭い眼光。太陽の光を受けた赤髪が風に揺れた。女―― カレン・アークライトは小さく呟く。

「例の神代悠人。目を覚ましたようだな」その時だった。背後に巨大な影が落ちる。

「やっとか」低く重い声。十文字剛だった。強化装甲に包まれた巨体。立っているだけで周囲を威圧する。

「神代悠人。少しは楽しませてくれるといいんだがな」

カレン・アークライトはニヤリと笑った。その隣で白髪の男が軽い調子で口を開く。白衣の上からジャケットを羽織った男―橘四郎だ。

「ええ。ついさっき確認されましたよ」

「カレンさん、患者と医師の避難は完了してます」

「そうか」

「ですが、一つお願いがあります」四郎は人差し指を立てる。

「病院は壊さないでくださいね?」カレンの眉がわずかに動いた。

「……努力はする」

「努力じゃ困るんですよ」即答だった。

「ここ、レギオン中央国家病院なんですから」

「知っている」

「建設費だけで都市一つ買えるんですよ?」

「それは知らなかった」

「でしょうね」四郎は盛大にため息を吐いた。「だから爆破とかやめてください」

「誰がそんなことをする」

「前回しましたよね?」

「……」

「しましたよね?」数秒の沈黙。カレンは何も言わなかった。代わりに視線だけ逸らした。四郎は頭を抱える。

「ああもう……」その時。通信が割り込んだ。『緊急報告』全員の表情が変わる。『対象、病室より離脱、隔離区域のロックを突破。神代悠人、逃走中』

一瞬の沈黙。そして――カレンが笑った。獲物を見つけた肉食獣のように。

「面白い」同時に背中の機械銃が展開した。

「総員出撃」赤い瞳が病院へ向く。「逃がすな」十文字が肩を鳴らした。

「ようやく仕事だな」四郎は顔を引きつらせる。

「だから病院は壊さないでくださいよ!?」誰も聞いていなかった。

武装部隊が一斉に病院へ突入を開始した。



ドアの前で立ち尽くしていた俺の耳に、あの声が響く。『生存ルートを検索します』直後。空中に青白い文字列が流れ始めた。

【対象:神代悠人】

【周辺地形スキャン中】

【監視網解析中】

【敵戦力算出中】

【生存率計算中】

文字が凄まじい速度で流れていく。「いや、なんだこれ……」思わず呟く。返事はない。代わりに文字だけが増えていく。

【生存率:1.6%】【代替ルート検索】【再計算】【再計算】【再計算】数字が何度も変動する。そして。ピッ。【生存ルート確立】【成功率:63.2%】

『完了しました』機械的な声が告げる。妙に落ち着いた声だった。不思議と、その声を聞いていると少しだけ安心してしまう。『神代悠人』

「……なんだ」

『これより生存プロトコルを実行します』文字が切り替わる。

【指示に従ってください。従わない場合の死亡率:98.4%】

「脅迫じゃねえか」

『事実です』即答だった。少し腹が立つ。だが反論できない。

『神代悠人。今から私の言う通りに行動してください』

『まず右を向いてください』

「は?」

『急いでください』

『残り十五秒です』

「いや説明しろよ!」

『時間切れになるので却下します』

「却下!?」

『右側のセキュリティパネルへ接触してください』

『残り十三秒』

「くそっ!」言われるまま右を見る。そこには壁に埋め込まれた認証パネルがあった。

『接触してください』

「これで何が――」

『残り十一秒』

「はいはい!」半ば投げやりに手を置く。『データを送信します』ピッ――青白い光が走った。次の瞬間。ガコン。ロック解除音が響く。壁の一部がゆっくりと開いた。その向こうには細い通路が続いている。『病院設計図との照合を確認。脱出経路を確保しました』

「了解! 案内頼む!」

『左側階段より部隊接近中!』

『右側通路へ進んでください』

「オーケー!」全力で走り出す。

『特殊部隊到着まで残り七秒』

「早く言えよ!」その直後だった。――バンッ!!

目の前の壁が爆発した。金属片が宙を舞う。煙の中から現れたのは、強化装甲を纏った巨体。十文字剛。

『警告』

『対象:十文字剛』

『適合率82%』

『死亡確率98%』

『勝率:測定不能』

『推奨行動:逃走』

「逃げ場がねぇんだよ!」十文字が笑う。「よう、神代悠人」指を鳴らした。

「お前に話を聞くために、ずっと待ってたんだぜ」

『緊急事態』

『生存ルートを再計算します』俺の後方からは特殊部隊が迫る足音。前には十文字。完全に挟まれた。

『計算中』

『計算中』

『計算中』

十文字が一歩前へ出る。床が軋んだ。近くで見ると本当にデカい。人間というより装甲車だ。

「安心しろ」ゴキゴキと首を鳴らす。

「殺しはしねぇよ」

「その後は?」

「保証できねぇな」

「最悪じゃねぇか!」その時

『再計算完了』

【生存率0.8%→17.2%】

『右前方二メートル、窓を破って外へ飛び出してください』

「は?」固まる。「窓?」

『窓です』

「ここ何階だと思ってる!?」

『十四階です』

「知ってるなら言うな!」

『残り五秒』

『四秒』

『三秒』

「くそぉぉぉぉぉ!」全力で走る。十文字が目を見開いた。「おい、まじか!?」次の瞬間。ガシャァァァン!!窓ガラスが粉々に砕け散る。俺の体は宙へ投げ出された。

「うわあああああああああああああああ!!」十四階。当然ながら足場などない。眼下には未来都市の景色。『安心してください』

「できるか!!」

『死亡確率は97.8%から76.4%へ減少しました』

「まだ高ぇよ!!」その瞬間。病院外壁付近を飛行していた大型ドローンへ激突した。ドゴォン!!衝撃で機体が吹き飛ぶ。俺も一緒に吹っ飛ぶ。そして。

ガシャァァァン!!八階の窓を突き破った。床を転がりながら停止する。「げほっ……!」病院の外。

十四階の窓から身を乗り出した十文字の笑い声が響いた。

「ハハハハハハハッ!!」

その目は獲物を追う獣そのものだった。「面白ぇじゃねぇか、神代悠人!!」

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