第二話 死亡確率98.4%
暗闇だった。音もない。光もない。どこまでも続く黒だけの世界。(……死んだのか)不思議と恐怖はなかった。包丁で刺されたのだ。むしろ、あの状況で生きている方がおかしい。最後に何を考えていたのも曖昧だった。有名になれなかったことか。それとも、あの男の首に付いていた奇妙な装置のことか。意識はゆっくりと溶けていく。その時だった。
『神経接続開始』『記憶同期中』『転送プロトコル起動』(……なんだ、それ)意味は分からない。だが、その声には聞き覚えがあった。死ぬ直前、あの男の首輪から聞こえた声。そして思い出す。――適合者。背筋が凍る。次の瞬間。全身を雷が貫いた。「――ッ!!」叫びたいのに声が出ない。神経が裏返るような衝撃が、脳の奥まで流れ込んでくる。その瞬間、不意にあの言葉が浮かぶ。
――彼は、雷の向こう側を見た。
(ふざけるな……)だが、その言葉だけがやけに鮮明だった。そして。世界が“流れ込んでくる”。金属の匂い。白い光。冷たい床。誰かの手。喉を締め上げられる感覚。息ができない。逃げられない。死ぬ。
「――ッ!!」意識が跳ねる。
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次に目を開けたとき、そこは白だった。真っ白な天井。柔らかすぎるベッド。(……生きてる?)体を起こす。痛みがない。傷もない。刺されたはずの胸も、何もなかったように静かだ。
「……どこだ、ここ」
白い部屋。だが病室にしては違和感がある。壁には埋め込まれた光のパネル。空気の流れさえ管理されているような静けさ。未来的すぎる空間。ふと視線を落とす。ベッド脇のプレート。そこにはこう書かれていた。神代悠人
「……は?」
鏡を見る。そこにいたのも、同じ顔だった。間違いなく“自分”だ。(転生って、こういうんじゃないだろ……)混乱したまま、ふらつく足で窓へ向かう。そして外を見た瞬間、言葉を失った。そこにあったのは、知っている世界じゃなかった。空へ突き刺さる超高層ビル。空中を滑る車列。空に浮かぶ光の道路。都市全体を覆うホログラムの広告。夜ではないのに、街は光に満ちていた。まるで“未来そのもの”だった。その中心に、それはあった。巨大な塔。青白い雷光を絶えず走らせる異常な建造物。その表面に刻まれた文字。
《RAIGIN》
「……ここは未来か?」
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その頃。病院から数キロ離れた中央警察局では、慌ただしく警報音が鳴り響いていた。巨大モニターに映し出されているのは、一人の少年。病室で目を覚ましたばかりの神代悠人だった。「指名手配犯が目を覚ました。至急、Valkyrie Unitは病院に向かうように」指令が飛ぶ。
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さて。落ち着こう。こういう時はまず深呼吸だ。吸って。吐いて。もう一回。よし。全然落ち着かない。
窓の向こうに広がっていたのは、どう考えても俺の知っている日本ではなかった。空を飛ぶ車。空中を走る列車。ビル全体を覆うホログラム広告。その辺の映画監督が見たら卒倒しそうな未来都市である。
「いや、未来すぎるだろ……」思わず呟く。どうやら俺は未来都市――いわゆるサイバーパンク世界に転生したらしい。いや、まだ転生かどうかも怪しいが。少なくとも元いた世界ではない。それだけは断言できる。問題はここからだ。普通こういうのは異世界転生と言えば剣と魔法である。
レベルを上げて。スキルを覚えて。ドラゴンを倒して。魔王をぶっ飛ばす。非常に分かりやすい。
だが今俺の目の前にいるのはドラゴンではなく飛行車だ。魔王城もない。代わりに超高層ビルがある。
ロマンの方向性が違う。窓越しに外を見下ろした俺は、思わず呟いた。
「……いや、あれ絶対俺を迎えに来てるだろ」病院の正面玄関前。いつの間にか武装車両が何台も停車していた。しかも普通のパトカーじゃない。装甲車である。どう見てもテロリスト制圧用である。さらに上空には無数のドローン。青い光を撒き散らしながら病院を包囲していた。逃走犯でも追っているのだろうか。そう思いたかった。本気で思いたかった。だが現実は残酷である。ドローンのカメラが一斉にこちらを向いていた。病室の窓。正確には――俺。
「いやいやいや」
思わず後ずさる。おかしい。俺は目を覚ましただけだ。寝起きである。朝起きたら警察に包囲されていた経験など人生で一度もない。普通ない。あったら困る。視線を下へ向ける。武装した兵士たちが車両から次々と降りてくる。全身を黒い装甲で固めている。持っている銃も銃というより未来兵器だ。光っている。なんか強そう。絶対撃たれたくない。その集団の中央。一人だけ異様な存在感を放つ人物がいた。
長い赤髪。黒いコート。鋭い眼差し。女性だった。だが美人とかそういう感想より先に思った。怖い。あれ絶対強い。ゲームだったら序盤で遭遇してはいけないタイプのキャラである。女はこちらを見上げていた。病院の十数階にいるはずの俺を。まるで最初から場所を知っているかのように。
「……なんで?」思わず呟いた。その瞬間。病院中に警報が鳴り響いた。『――緊急事態発生』甲高いアナウンスが流れる。
『館内の医師、看護師、患者は直ちに避難してください。繰り返します――』
嫌な予感しかしない。というか、さっきから嫌な予感しかしていない。すると。ガシャン――!突然、病室のドアが閉まった。続いて。ガコン。ガコン。ガコン。重いロック音が連続で響く。
「……おい」
嫌な汗が流れる。試しにドアノブを回す。開かない。思い切り引く。やっぱり開かない。
「おいおいおいおい」
俺は思わず笑った。笑うしかなかった。なぜなら。どう考えてもこれ。俺を閉じ込めてる。その時だった。
『初めまして、神代悠人私はあなたのRAIGINです。転生を確認しました。これより快適な生活をサポートします』
「……あ?」
突然、耳元で声がした。反射的に振り返る。誰もいない。病室には俺しかいない。だが声は続いた。『神代悠人/死亡確率:98.4%/転生直後対象。支援プロトコルを開始します』「は?」視界の端で青白い光が弾ける。何もなかった空間に文字が浮かび上がった。
【死亡予測】
・銃撃による大量出血 67.3%
・爆発物による死亡 14.8%
・高所落下 9.2%
・その他 7.3%
「……いや待て」意味が分からない。理解したくもない。目覚めたら未来都市。その上。死亡確率98.6%。意味が分からない。
『生存ルートへの案内を開始しますか?』文字が変化する。
【YES】
【NO】
「……」
病室の階段から重い足音が聞こえた。一人じゃない。複数だ。しかもどんどん近づいてきている。
『残り二十秒』青白い文字が無慈悲に告げる。『残り十九秒』
「……」
考える。いや考えて分かる状況じゃない。病院は封鎖。外には武装部隊。外にはドローン。そして死亡確率98.6%。選択肢なんて最初からなかった。俺は躊躇わずに【YES】へ手を伸ばした。触れた瞬間。文字が眩く輝く。
『了承しました』なぜだろう。その声は少しだけ嬉しそうに聞こえた。気のせいであってほしい。そして。
『生存プロトコルを開始します』




