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第十二章 適合不能

神楽は刀を支えに体を起こした。

口の中に鉄の味が広がる。

頬を伝う温かい感触。血だった。

「っ……」

呼吸を整える。立ち上がろうとする。だが身体が重い。思った以上に消耗していた。

フェンリルの攻撃をまともに受けたわけじゃない。

それでもこの有様だ。もし直撃していたら。今頃立ってはいられなかった。神楽は視線を上げた。

その先ではEVEとフェンリルが対峙している。

EVEが右腕を向けた。掌に光が集まる。

そして放つ。青白い閃光が一直線に走った。

だが。

フェンリルは動かない。

ぎりぎりまで引き付ける。

そして。

首を少し傾けた。

光線は頬を掠めて通り過ぎる。

完全な回避。

悠人の背筋に冷たいものが走った。

さっきまでなら当たっていた。

少なくとも避け切れてはいなかった。

なのに今は違う。

EVEがいつ撃つのか。

どこを狙うのか。

どれくらいの速度なのか。

戦いながら覚えてしまったのだ。

「嘘だろ……」

悠人の喉が渇く。

神楽とEVEなら勝てると思っていた。

だが現実は違った。

フェンリルは静かならEVEを見ている。

獲物を見る目ではない。

観察する目だ。確実獲物が疲れるのも待っている。

機械なのにまるで野生の動物のようだ

悠人は拳を握った。

このまま続けば負ける。

確実に。

神楽は血を流している。

EVEの攻撃も通用しなくなっている。

対してフェンリルは違う。

戦えば戦うほど強くなっていた。

いや。

強くなっているんじゃない。

学習している。

神楽の癖。

EVEの攻撃タイミング。

回避の選択。

全部覚えている。

そして。

いつ仕留めるかを考えている。

悠人の背中を嫌な汗が流れた。

「どうすればいいんだよ……」

誰に向けた言葉でもない。

だが。

EVEは答えた。

「現在勝率23パーセント」

淡々とした声だった。

悠人は思わず笑った。

「23か」

神楽も近くまで下がってくる。

肩で息をしながら苦笑した。

「思ったより高いわね」

「普通は低いって言う場面だろ」

「ゼロじゃないなら十分よ」

神楽はそう言った。

その顔は疲れていた。

それでもまだ戦う気だった。

悠人はフェンリルを見る。

赤い双眼。

神楽は血だらけだ。

EVEは攻撃が読まれている。

どうする。

その時だった。

頭の中で何かが繋がる。

「……待てよ」

悠人が呟いた。

神楽が振り返る。

「何?」

悠人はフェンリルから目を離さない。

「あのさ」

唾を飲み込む。

「俺、ケルベロスと戦った時に変なものが見えたんだ」

EVEが怪訝そうな顔をする。

『変なもの?』

「エネルギーだよ」

悠人は自分でも上手く説明できなかった。

「あいつの中に集まってる何かが見えたんだ」

「弱点みたいな場所が」

EVEが僅かに悠人を見る。

悠人は続けた。

「だから時間を稼いでくれ。もしかしたらフェンリルの弱点も見えるかもしれない」

神楽は半信半疑だった。

当然だ。

適合率1%の作戦なんて信じる方がバカだ

それでも。

他に方法がなかった。

「だから神楽は攻撃を続けてくれ」

「EVE」

『なに』

「お前の予測能力で神楽をサポートしてくれ」

神楽が露骨に嫌そうな顔をした。

「なんで私がそいつの指示を聞かなきゃいけないのよ」

EVEも即答する。

『私も神楽と協力したいとは思わない』

予想通りだった。

悠人は思わず頭を抱える。

「だと思ったよ」

二人を見る。

「でもさ」

声に力を込めた。

「俺たち全員、生き残る理由があって戦ってるんだろ」

神楽が黙る。

EVEは少し驚いた顔をしてた。

悠人は続けた。

「負けたら終わりだぞ」

短い言葉だった。

だが。

十分だった。神楽が小さく舌打ちする。

EVEは少し微笑んだ。

そして。

『左』

EVEが言った。

神楽が反射的に飛ぶ。

直後。

フェンリルの爪が空を切った。

「……危な」

『次は後ろ』

神楽が動く。

牙が空を噛む。

神楽はEVEを見る。

EVEはフェンリルから目を離していない。

『予測は続ける死にたくないなら従って』

神楽は不服そうだった。

だが反論しない。

今はそれどころじゃない。悠人は小さく息を吐いた。

悠人はフェンリルを見据える。観察する。

だが。

分からない。

何も見えない。

「くそ……」

焦りだけが募る。

あの時は見えた。

ケルベロスと戦った時。

あの瞬間だけ。

身体の奥が熱くなって。

世界の見え方が変わった。

エネルギーの流れが見えた。

弱点が見えた。

なのに。

今は見えない。

「トリガーはなんなんだよ……」

思わず呟く。

RAIGIN。

人類が使う力。

だが人によって全然違う。

神楽は腕。

カレンは胸部。

十文字は背中。

じゃあフェンリルは?

あいつのRAIGINはどこにある?

そもそも身体のどこに付いているか?

頭か。

胸か。

背中か。

脚か。

分からない。

全く見えない。

フェンリルが神楽へ飛びかかる。神楽が避ける。

EVEが援護する。

悠人は戦いを見続ける。必死に。

目を凝らす。頼む。もう一度だけ。

見せてくれ。あの時みたいに。

そう願った瞬間だった。

フェンリルの身体に違和感が走る。

ほんの一瞬。

赤い光が流れたように見えた。

「……え?」悠人の目が止まる。今のは。

気のせいじゃない。

確かに見えた。

フェンリルの右前脚。

そこへ向かって。

何かが集まった。

血液じゃない。

筋肉でもない。

もっと別の何か。

灼けるような赤いエネルギー。

そして。

次の瞬間。

フェンリルの姿が消えた。

神楽が反応するより先に。

鋼鉄の爪が振るわれる。

神楽の身体が大きく吹き飛んだ。

「神楽!」

悠人が叫ぶ。

だが。

悠人の意識は別の場所へ向いていた。

フェンリルの右前脚。

間違いない。

あいつは攻撃の直前。

必ずそこへエネルギーを集中させている。

加速。

跳躍。

爪撃。

全ての起点になっている場所。心臓が高鳴る。

恐怖じゃない。

確信だった。

「見つけた……」

震える声が漏れる。

フェンリルが再び神楽へ襲いかかる。

だが今の悠人には見えていた。

赤い光の流れが。

力の集まる場所が。

そして。

その先にある弱点が。

「見つけたぞ……フェンリル」

悠人は拳を握る。

敗北しか見えなかった戦場で。

初めて勝利への糸口が見えた。

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