第8話 深夜の潜入者と闇の財宝
御成門刑事が去った後、柊荘には嵐の前の静けさが戻っていた。
一方その頃、屋敷の外で泥水を啜りながら機を窺っていた鮫島は、極限の緊張状態にあった。
(あの刑事すら丸め込むとは……柊藤夏の底知れぬ権力……いや、あの屋敷に眠る『闇の知識』の魔力か。ならば、奴が油断している今こそ、一族の悲願を果たす時!)
深夜。
藤夏が刑事対応と心労で泥のように眠り、屋敷の灯りがすべて消えた頃。
黒ずくめの鮫島が、ついに「魔窟」へと足を踏み入れた。
「……フフフ、呪いの屋敷というが、所詮は古びた洋館。私の執念が勝るのだ……!」
鮫島はピッキングで勝手口を突破し、おばあちゃんが大切にしていた「開かずの間」へと忍び込んだ。
暗闇の中、奇妙な音が響く。
(……ガリガリ、ガリガリ……)
「な、何だこの音は……!?犠牲者の断末魔を閉じ込めた“呪いの壁”の音……!?」
それはレオが寝ぼけて自分の尻尾を追いかけ、壁を必死に引っ掻いている音だった。
だが、何も知らない鮫島には呪いの音でしかない。
ゴクリと喉を鳴らした。
(……スゥー……ハァー……美しすぎる……)
「ひっ! 死神の吐息か!?魂を吸い取る儀式の声……!」
実はヴィクターがナイトクリームを塗り、鏡に向かって寝言で自分を褒めている声だった。
鮫島はガクガクと膝を震わせながらも、部屋の最奥に鎮座する古びた 「桐箱」 を見つけた。
「ついに見つけたぞ……!これこそが柊家を300年支え続けた、世界を支配する『闇の知識』……そして『古代文明の黄金』だ!!」
鮫島は震える手で箱を抱え、勝利を確信して逃げ出そうとした。
だが、その行く手を——
喉が渇いて起きてきた“住人たち”が塞いだ。
「……誰だい?僕のサプリメント(鉄分)の箱を持って行こうとしているのは……」
暗闇の中、貧血でふらふらと浮遊するように近づくアーカード。
「くんくん……この匂い……お昼のハンバーグのソースをこぼしたままの服……不潔だなぁ。……君、誰?」
金色の瞳を爛々と光らせ、牙を覗かせるレオ。
「夜中の3時はお肌のゴールデンタイムだ。私の睡眠を邪魔するなんて……万死に値する醜さだね」
美顔パックで顔が真っ白に発光しているヴィクターが、背後に音もなく立つ。
鮫島の脳が悲鳴を上げた。
「ひいいいぃぃ!!出たぁぁぁ!! 本物の化け物の巣窟だぁぁぁ!!」
鮫島は腰を抜かし、桐箱を抱えたまま開いた窓から庭へダイブした。
「助けてくれぇぇ!! 呪われる!! 喰われる!!」
しかし、着地した先には——
懐中電灯を構えた御成門刑事が立っていた。
「……大家さんから、不審な物音がしたと連絡を受けましてね。鮫島さん、その箱……中身を確認させてもらいましょうか」
現行犯だ。
言い訳は効かない。
鮫島は泣きながら桐箱を差し出した。
御成門刑事の手によって、300年の封印が解かれた。
鮫島が「闇の知識」だと信じて疑わなかった箱の中身は——
「……これは……」
御成門刑事が呆れたように声を漏らす。
中に入っていたのは、
300年前にアーカードが持ち込んだ、当時としては超高性能な真鍮製の懐中時計、
ヨーロッパの古い言葉で綴られた「二日酔いに効く薬草の配合表」、
そして、
「トマトを甘く育てるための土壌改善メモ」
「ト、トマトの……育て方……?黄金でも呪術書でもなく……?家庭菜園……?家庭菜園……!!?」
鮫島は絶叫し、その場に崩れ落ちた。
精神が限界を迎えた彼は、
「化け物がいた! 白い顔の巨人がいた!」
と支離滅裂な供述を始める。
御成門刑事は深いため息をついた。
「大家さん……。どうやら彼は、あなたの“意識高い系ライフスタイル”に圧倒され、幻覚を見てしまったようですな」
藤夏は、箱の中身を抱きしめながら必死で笑顔を作った。
「ええ、ええ……。まあ、うちの住人は少し“個性的”ですから……」
犯人逮捕。事件解決。
しかし藤夏の手元には、まだ明かされていない 「最後の真実」 が残されていた。




