第6話 庭に咲いたミイラの華
共同生活が始まって一週間。
藤夏は悟った。
——この屋敷の管理人は、大家ではなく「猛獣使い」に近い。
朝食のテーブルでは、レオがボウル一杯のレタスをシャクシャクと咀嚼し、ヴィクターが鏡を見ながら肌のキメについて延々と語り、アーカードが「鉄分入りトマトスープ」を啜っている。
(……なんだかんだで、意外と……やっていけるかもしれない)
そんな甘い考えを抱いた矢先、事件は起きた。
ゴミ出しのために庭へ出た藤夏は、朝日を浴びて樫の木に吊るされた「それ」を見て、手にした指定ゴミ袋を落とした。
「……ひっ!?」
そこには、全身の水分と血を完全に抜かれたような、干からびた人間がぶら下がっていた。
虚ろな眼窩が藤夏を見下ろし、風に揺れてギギギ……と軋む。
(……いや、これ本物だろ!?いや、でも……触ったら呪われるやつじゃ……!?)
「殺人事件だぁぁぁ!! 今度こそ本物の死体だぁぁぁ!!」
藤夏は転げるようにリビングへ飛び込んだ。
「外! 外にミイラが!君たちの誰かが……飢えに耐えかねてやったんだろ!?」
震えながらアーカードを指差すと、彼はスープの匙を止め、心外そうに眉を寄せた。
「心外だね。僕は血を見ると貧血を起こすと何度も言っているだろう。あんな乾いたものは、見ただけで喉が詰まりそうだ」
「僕もパス」
レオがレタスを飲み込み、鼻をひくひくさせる。
「くんくん……あ、これ、ゴムと接着剤の匂いがするよ。あと、安っぽい香水。犯人はたぶん、そっちの趣味がある人間だね」
(……嗅覚の精度どうなってんだよ……)
「美しくない」
ヴィクターが断言した。
「あんなカサついた肌の死体を晒すなんて、私の美学への冒涜だ。保湿が足りないよ、保湿が」
(……いや、そこじゃない……!)
住人たちの「情けないほど潔白」な反応に藤夏が呆然としていると、鉄門の向こうからサイレンの音が近づいてきた。
「警察!? 誰が呼んだんだよ!」
「ああ、私だよ」
ヴィクターが澄ました顔で言った。
「庭に不細工なオブジェがあったから、粗大ゴミとして回収してもらおうと思ってね」
「馬鹿か! あれは警察が見たら死体に見えるんだよ!!それに、ゴミ回収は管轄外だからっ!」
藤夏が慌てて庭へ飛び出したが、時すでに遅し。
門を蹴破るようにして入ってきたのは、銀縁眼鏡を光らせた男——御成門刑事だった。
「大家さん。またお会いしましたね……。ほう、これは……」
御成門は木に吊るされた「ミイラ」を至近距離で観察し、手帳を取り出した。
藤夏は天を仰ぐ。
(終わった……今度こそ強制捜査だ……)
しかし御成門は、真剣な表情で頷いた。
「大家さん、あなたの美学には驚かされます。これは……『ドライ・エイジング・マネキン』ですな」
「……は?」
「最近の現代アートでは、あえて『枯渇』を表現するのが流行りだとか。吊るし方、燥具合、香り……実に精巧だ。しかし近隣住民が腰を抜かしていますので、一応ここは『事件現場』としてマークし、私も頻繁に見回りに来なければなりません」
(いや、香りって……ゴムと接着剤の匂いだよ……!)
御成門の鋭い眼光が、屋敷のカーテンの隙間から覗く「住人たちの目」に向けられた。
「……この屋敷には、何か……我々の想像を絶する『闇』が潜んでいる。私はそう直感していますよ」
(……そりゃ潜んでるよ! 宇宙規模の闇がな!!)
藤夏は叫びたいのを必死に堪えた。
その時、屋敷を囲む生垣の影で、双眼鏡を構えた男——鮫島が、にやりと口角を上げた。
(フフフ……警察すら欺くとは。やはりあの屋敷には、死をもたらす『呪いの財宝』が眠っているに違いない……!これはもう……国家レベルの陰謀だ……!)
勘違いした犯人の執着と、鋭すぎる刑事のマーク。
藤夏の「隠蔽と苦労」の日々は、ここからさらに加速していくことになる。




