第5話 柊荘 管理運営規約って、なに?
クローゼットからレオが這い出し、サニーレタスを差し出す。
「今の刑事さん、いい匂いしたね。高級ポマードだよ、あれ。……あ、お腹空いた。レタス食べる?」
アーカードはソファでサプリを飲み、
ヴィクターは手鏡で肌ツヤをチェックしている。
(……なんだこの“日常”は。僕の人生、いつからこんな方向に……)
藤夏の中で、何かがぷつりと切れた。
「……出て行ってくれ!!」
三人を見回し、声を震わせながら叫ぶ。
「君たち、なんなんだよ! 吸血鬼だか狼男だか知らないけど、ここは僕の家だ!
警察に疑われるし、床はトマトまみれだし、もう耐えられない!今すぐ荷物をまとめて出て行ってくれ!!」
三人は顔を見合わせた。
「出て行く? 無理だよ」
レオがレタスを抱えたまま言う。
「僕、貯金ないし。バイト代は全部レタス代に消えるし。それに、この家の冷蔵庫の“湿度設定”が一番レタスに優しいんだよ? 出て行けるわけないじゃん」
「私も断る」
ヴィクターは鏡を傾け、完璧な角度を探しながら言う。
「ここの洗面所の鏡の角度は、私の美しさを120%引き出す“黄金比”なんだ。
他の家ではこうはいかない。美の追求に妥協はないのだよ」
「……僕も……」
アーカードはサプリの瓶を抱えたまま、弱々しく手を挙げた。
「外は日光が強すぎる。昨日なんて、玄関の隙間から差し込んだ朝日だけで貧血になったんだ。……それに、大家くん。君はまだ『あれ』を見ていないのかい?」
アーカードが文机を指差す。
そこには、藤子の遺言書と共に、一通の分厚い「賃貸借契約書」が置かれていた。
藤夏は震える手で書類を開いた。
《柊荘 管理運営規約》
【第1条】
管理人は、入居者(アーカード、レオ、ヴィクター)に対し、衣食住のすべてを無償で提供しなければならない。
(無償!? なんで僕が三人の生活をフルサポートする前提なんだよ……!)
【第7条:契約解除の制限】
入居者の種族的特性(吸血衝動、満月の遠吠え、パーツの脱落等)を理由に、契約を解除することはできない。
(パーツの脱落って何!? そんなの管理人の責任範囲じゃないだろ!!)
【第12条:違約金】
管理人が彼らを不当に追い出した場合、相続した『柊郵船』の株式および不動産のすべてを国庫に返納する。
(……国庫!? なんで国家レベルの話になってるんだよ!!)
「……な、なんだよこれ……! 奴隷契約じゃないか!!」
「おばあちゃん言ってたよ」
レオがレタスを齧りながら肩を叩く。
「僕らは“世界一手のかかる親戚”だから、しっかり面倒見てやってねって」
藤夏は、莫大な資産の株券と、目の前のポンコツモンスターたちを交互に見た。
追い出せば、一文無し。
住まわせれば、一生の苦労。
(……でも、逃げたらおばあちゃんに顔向けできないし……くそ……やるしかないのか……)
「……おばあちゃん……僕、やっぱり死にたい……」
藤夏は契約書を握りしめ、天井を仰いだ。
こうして、新米大家・柊藤夏と三人のモンスターによる、
「決して追い出せない」地獄の同居生活が幕を開けた。




