第4話 居住者はモンスター…って、なに⁉
藤夏は半狂乱になりながらも、言われるがまま冷蔵庫の野菜室を漁った。
その奥に、妙に神々しい光を放つ瓶があった。
《特濃リコピン300%》
(……300%って何……? もう“濃縮”の概念を超えてない……?)
震える手で瓶を開け、床に伏した男アーカードの口に注ぎ込む。
「ぷはぁっ……! 生き返る……。やはり柊家の蔵出しトマトは、大地の鉄分の味がする……」
(生き返るって言ったよな今!? やっぱり死んでたの!?)
さっきまで瀕死だった男は、シャキッと立ち上がった。
口元を拭う仕草だけは無駄に気品があるが、シャツは真っ赤なままだ。
「……さて。改めて歓迎しよう、新米大家の藤夏くん」
「歓迎なんて、いらないよ……。僕はただ、おあちゃんの家を管理しに来ただけで……」
藤夏が震えながらソファに腰を下ろすと、三人が取り囲むように座った。
「僕はレオ。狼男の末裔だよ」
茶髪の青年が、犬のように耳(のような寝癖)をピクッと動かしながら言った。
「毛が抜けるから換毛期は掃除が大変だよ。あ、肉類はダメだから。ペスコ・ベジタリアンなんだよ。特にレタスがお気に入りなんだ」
(換毛期……? 人間に換毛期ってあったっけ……?ペスコ・ベジタリアン?なにそれ?)
「私はヴィクター。究極の美の化身だ」
白い泥パックを塗ったイケメンが、手鏡を優雅に傾けながら言う。
「フランケンシュタインの系譜だが、名前で呼んでくれたまえ。私の美しさに泥をぬるような掃除は許さないぞ。……その眉間のシワ、放置すると一生ものだ」
(パーツとかシワとか……美容院のカウンセリングかよ……僕のシワなんてほっといてくれよ)
「僕は……見ての通り、虚弱な吸血鬼さ」
アーカードが、まだ赤いシャツを押さえながら言った。
「日光と血が苦手でね。血を見ると貧血を起こすんだ……あ、お代わりのトマトジュースを頼む」
(血が苦手な吸血鬼って何……?血で貧血?存在意義どうなってるの……?)
「なんなんだよ、君たちは……! 怪物? 冗談だろ? コスプレか何か……!」
藤夏が頭を抱えた、その時だった。
ピンポーン!
静かな洋館に、場違いなほど明るいインターホンが鳴り響いた。
「ひっ!?」
藤夏は飛び上がった。
「お、誰か来たよ。宅急便かな? レタスの定期便かな?」
レオが嬉しそうに立ち上がろうとした瞬間、藤夏の脳裏に、葬儀の厳粛な光景がフラッシュバックする。
(待てよ……こいつらの正体がバレたら……おばあちゃんの“柊郵船”の名誉とか株とか、全部吹っ飛ぶんじゃ……!?)
藤夏はレオの襟首を掴んで引き戻した。
「待て! 出るな! 君たちは隠れてろ!」
「失礼します。近所で不審な悲鳴が聞こえたとの通報を受けまして——」
玄関の向こうから、低く落ち着いた声が響いた。
「……警察の、御成門です」
藤夏の顔から血の気が引く。
足元には血まみれ(トマト)の男。
横にはパック顔のイケメン。
そして犬のような耳(寝癖)の青年。
(終わった……人生、終わった……)
「……あ、あの……! 今行きます!ちょっと……今、大掛かりなトマトパーティーをしてまして!」
「トマトパーティー?」
御成門刑事の声が不審に揺れる。
「ス、スペインのトマトを投げ合うお祭りをしてて!」
玄関に向けて藤夏は必死に叫んだ。
「ヴィクター! パック剥がせ!アーカード、そのシャツ隠せ!レオ、君は……とりあえず吠えるな!!」
三人をクローゼットや物陰に押し込み、乱れた髪を手で整え、藤夏は玄関へ走った。
「はーい! ただいま開けます!」
扉を開けると、銀縁眼鏡を光らせた男が立っていた。
御成門刑事は鋭い眼光で、藤夏の背後の“赤いシミ”を見つめる。
「大家さん……。随分と……派手なパーティーのようですね」
「え、ええ! リコピンは裏切りませんから!」
御成門刑事は眼鏡を押し上げ、真剣な顔で頷いた。
「……ふむ。飛び散り方から見て、これは……高速回転で撹拌されたトマトの軌跡ですな。最近の若者の健康意識には驚かされます」
(なんでそんな専門的な誤解するんだよ……!)
「ふむ、事件性はないとみました」
「ええ、ありません。ご苦労様でした。それでは」
藤夏は引きつった笑顔で扉を閉め、鍵をかけた瞬間、へなへなと座り込んだ。
「……死ぬかと思った……」




