9. 魔法省の異端児
上着を置いてくるから待っててとクルアハはデュドネを置いて、団長室を退出した。デュドネはレヴィアンと二人きりにしないでほしいと切実に願った。デュドネは一対一で誰かと話すことが苦手であった。
「正直なところあいつが結婚するとは思わなかったな」
徐にレヴィアンが口を開いた。
クルアハはデュドネと結婚しなければ貴族という身分も副団長という地位も手に入れられなかった。クルアハも別に構わないと言っていたがあれは本気だったのかとデュドネは疑問に思った。
「あいつは別に地位や名誉、手柄でさえ執着しないからな……」
レヴィアンの頭の中にはクルアハが何ら頓着しない姿が映っているのだろう。きっとそれはデュドネがしらないクルアハだと少し胸が痛んだ。
「そういえば、デュドネくん。君はクルアハに惚れているんだね」
「ほ…………!」
にっこりとレヴィアンに不意に切り込まれ、デュドネは顔が熱くなることを感じた。レヴィアンの様子をチラリと見ると、凄まじい圧を感じた。笑っているけれど笑っていない。こちらを見定め、ちゃんとしてないと認めないぞとでも言いたげな、そう、まるでクルアハの父親もしくは兄のような圧を感じる。デュドネは自然と居住まいを正した。
「僕はクルアハさんに……、惹かれています」
「初々しいねぇ」
レヴィアンはにこにこと笑っている。何を考えているのか全然わからないとデュドネは慣れない腹の探り合いから早々に手を引くことにした。そして、ひとまず言いたいことは言えてよかったとデュドネは息を吐いた。
「でも、本当にそれでいいの?……魔法省の異端児くん」
プランタン団長が気になっていたことはそれかとデュドネは納得した。
魔法省の異端児という呼び名は決してデュドネの難ある性格のみが由来ではない。戦時中、デュドネが軍部を嫌い、魔法武器を作らなかったからだ。
魔法武器とは魔道具の中で特に攻撃魔法を有する武器のことだ。一般的に魔道具は防御魔法を有する物か生活一般を助ける道具で、人を傷つけるための物ではないとデュドネは認識している。
デュドネは守るための道具、便利な道具を作りたかった。人を殺すための道具は作りたくなかった。人を傷つけ、殺すための道具を作れと縋り付くような依頼しかしない軍部の要望を断るうちに変わり者と称され、いつしか魔法省の異端児として白い目で見られるようになった。魔法省の異端児と言うと、あーあの軍嫌いのねと情報が紐付いているが、それは少し違うとデュドネはクルアハの上司、前線で戦った騎士団団長に説明をしたかった。
「僕が魔法武器を作らなかった理由はご存知で?」
「戦争がお嫌いだからかな」
「……僕にとって道具は我が子同然。子には人を護ってほしいと僕だって真っ当な願いを持っている。だから、ただ人を殺すためだけの道具は作りたくない。……武器も使い手によっては護るための道具になるが……。信用できなかった」
「我々騎士団が?」
「いいや」
デュドネは鼻で笑った。国のために前線で戦う騎士団を嫌うほど愚かではない。
「安全なところで踏ん反り返っている奴ら。結局、僕の道具は奴らに委ねられる。とても許容できない」
安全地帯で指示だけ出す軍部の大臣・参謀がデュドネに作れと命令する倫理のない魔法武器。あんなものは作りたくなかった。そして、デュドネは命令を聞くとしか思っていない傲岸不遜な顔を思い出したため、やけに憎々しげに言い放った。
「アハハハハハハハッ、随分ハッキリ口に出すね!」
レヴィアンは机に突っ伏して笑った。何がそんなに面白いのか。何にせよ、彼はかなりの笑い上戸らしい。
「俺も上は取っ替えてやりたいくらい嫌いだよ。……で、クルアハはいいのか」
レヴィアンは笑いをやっとのことで収めて言った。彼はクルアハに贈った指輪の話をしているのだろう。確かに、デュドネは軍部の人間に魔道具を作ったことはなかった。そもそも、個人的に誰かのために作ることも久しぶりだった。どうして、クルアハに作ろうと思ったのだろう。先にくれたから?腕の良さに刺激されたから?あれは武器ではないから別に良かった?どれも一番の理由ではない。好きだから?それは後からきちんと気付いたことだから、きっと違う。
「……あの人なら正しく使ってくれるような気がしたから」
デュドネはしばらく考えた末にそう答えた。
「そっか」
デュドネの答えに対して、レヴィアンは感慨深げに笑った。
「そういえば、デュドネくん。戦場は常に物資が不足していてね。ソレイユ印の魔道具があればどんなに良かっただろうなぁ」
「……何が言いたい」
いきなりビジネスな話になったとデュドネは身構えた。
「戦場では敵に殺される奴よりも飢えや疫病にやられる奴の方が多かった。前線なんてそんなもんだ。俺もクルアハも無茶を言わない上と同じくらいに医療道具と食べ物がほしかった。もちろん、これからだってそうだ。戦争はもう金輪際しないが、医療道具はあって越したことはない」
デュドネは気まずそうに目を逸らした。そして、武器ではないならいいかなと心が傾いた。
「……軍部でもあなたからの依頼には耳を傾けよう。受けるかどうかは別だが」
「ありがとう!」
なんか術中にハマった気がするとデュドネはレヴィアンのにんまりとした笑みを見て思った。
「そういえば、クルアハは僕のこと知ってたのかな……」
デュドネの口から不安が漏れた。クルアハに会った時から、いや、会う前からずっと疑問に思っている。この人は、魔法省の異端児を知っているのだろうか。
「当然、知ってるよ。そして、どうでもいいと思っている。あいつの優しさは無関心由来だから気をつけなさい」
レヴィアンはいやにキッパリ断言し、目を三日月形に歪ませた。




